第111話
マツとマサヒデに化けたカオルが先に港に着く。
ばさばさと降り立つと、既に港にも人が大勢集まって、何事か喋っているが、声は聞こえない。ここはマツの魔術で作られた別の空間。
「全く、カオルさんは・・・」
カオルがマサヒデの仮面を剥がし、ふう、と息をつく。
「奥方様、ここは私が謝るべき所なのでしょうか」
「む・・・もう良いです! 許してあげます! ふーん!」
「ふふ」
花嫁衣装で拗ねるマツは、女の目で見ても可愛いものに映った。
「時に奥方様、どうなさいましょう。まだ、神輿がここに来るまで、2刻(4時間)はございますが」
「ちゃんと考えております」
マツが海の方を指差す。
あれはレイシクラン家の船、シルバー・プリンセス号。
「あそこでこっそり暇を潰しましょう」
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集まった群衆に見えないよう、港と反対側の甲板に降り立ち、ぱっとマツが術を解くと、わあっと声が聞こえてきた。
凄い歓声が海まで聞こえ、波の音をかき消す。
「ううむ、ジョアルもそうでしたが、魔の国はお祭りが好きなのですね」
「ええ。ですけれど、私は日輪国のお祭りの方が好きですよ」
くす、とカオルが笑った。
「収穫祭は覚えておられますか」
「勿論! カオルさん、見事な舞でしたね! 鬼退治!」(※勇者祭 841話)
「奥方様。花火は、覚えておられますか」
「はい」
「ご主人様に、腕を絡めて。私の方が綺麗ですと言って下さい。言いません。いつも綺麗だから」
「うふふ。聞こえておりましたか」
カオルが耳を摘む。
「この忍の耳には、しかと聞こえておりました」
「クレールさんが凄い目で私を見ておりましたね。視線だけで、頭に穴が空きそうでしたよ」
「ふふ」
談笑していると、船員が警棒やら縄やらを持って走って来て、あっ! と声を上げた。マツとマサヒデ(に変装したカオル)ではないか・・・
「しーっ!」
カオルが口に指を当て、にやっと笑った。
「静かに。ここに私達がいることは、口外無用に願います」
「しかし! 少々! いや、お神輿に乗って」
「しー!」
カオルが口に指を当て、手で船員達を招く。
姿は見えないが、船員達の後ろに、この船に常駐するレイシクランの忍達もいる。
慎重に気配を探る。魔王家の忍は居ない。
「ふふふ。お神輿に担がれて3里もなんて、マツさんの身体では無理ですから。後でこっそりと、というわけです。皆さん、この事、決して漏らさないで下さい。空の神輿を担いでいたなんて、近衛の皆様ががっかりしてしまいますし」
「は、はい」
「神輿がここに来るまで、まだ2刻はありますから、少しここで休ませてもらえますか。魔王様も、まさか既に港にいるなんて思わないですよ。ふふふ」
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その頃、市中の裏通り。
レイシクランの忍が、細い十字路を何の顔もなく、自然に通る。
通りつつ、さり気なく左右を見て、向こう側に抜けてから、手で合図。
ささ! とマサヒデ達が駆け込む。
「今の所、順調ですな」
「ええ・・・皆さん、ほとんどが表通りの方に行ってるんですね」
「されどマサヒデ様、油断は禁物ですぞ」
小さな声で忍が言って、うわあ、と口を上に開けて、大きな欠伸。
と見せかけ、上を確認している。
「人の気配はありませんな。急ぎましょう。まだ神輿より早いですが、そう離れてもおりませぬ。変装しておられますから、大丈夫かと思いますが」
マサヒデも鍛えているから健脚。その気になれば、歩くペースは獣人族並だ。
本物の獣人族のように、そのまま何日も歩ける、という程ではないが。
「臭い、大丈夫ですかね。獣人族の人達」
「大丈夫です。カオル殿が服に紛れの臭いを染み込ませております。イザベル様でも追えますまい」
「なら大丈夫そうですね」
「ですが、その紛れの臭い、長持ちは致しませぬそうです。それゆえ、ロ=マーン市中の潜入会議の際も、案として出ずに終わったのです。急ぎ参りましょう。港に近付けば、潮の香で分かりませぬが、港でまたカオル殿に塗ってもらいませぬと、帰り道に獣人族の者にバレます」
はて、とマサヒデが眉をひそめる。
「そういえば、魔王様って、鼻はどうなんです?」
忍がぎくっとして、一瞬止まった。
どうなのだろう!?
恐ろしい力と魔力がある、としか・・・
獣や魔獣の群れと戦いを重ね、神と神の戦いにも参加してきた男。
その鼻はどうなのだろう!?
魔王様の身体については資料がないので、さっぱり分からない。
ささ、と歩きながら、忍が小さく首を振る。
「分かりませぬ」
「え」
「や! マサヒデ様、既に動いてしまいました。もはや考えても詮無き事」
「・・・」
「行くしか! 魔王様にバレても、お叱りで済みます! 民衆にバレねば良いのです!」
「はい・・・はい、そうですよね。もう動いてしまったんですから」
「参りましょう!」
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シルバー・プリンセス号では、マツとカオルの優雅なティータイム。
マツも着替えて、のんびりと読売を読んでいる。
「まあ・・・」
「どうなさいました」
「ううん、米衆連合、大丈夫かしら」
「何か不穏な動きでも」
マツが眉を寄せ、
「今、スティアン伯爵が元首に猛反発してるんですって。帰りに寄ろうと思ってましたけど、平気でしょうか」
「むう・・・情報省から、帰りは気を付けろと注意が届いておりましたが」
「ううん、スティアン伯爵にはお会いしたかったですけど、情勢によっては諦めないといけませんね」
つつー・・・
「む、奥方様、ご主人様の記事が」
「あら」
「勇者確定! マサヒデ=トミヤス! 剣聖カゲミツ、魔の国へ!? だそうです」
「うふふ。お父様はまだ日輪国ですよ。もうサカバヤシ様もお帰りになられたでしょうし、お忙しいはずです」
「ジンゴロウ様ですか」
「うふふ。覚えてます? 私が直した、あの大事なお刀」
「勿論です。サカバヤシの太刀」
マツがくすくす笑いながら、
「あれ、御子息のジンノジョウ様、お父上のジンゴロウ様に話してなかったんです。私、それを知らずにうっかり! カゲやん! 斬ったのか! なんて、顔を真赤にしてお怒りに! 怖かったですよ」(※勇者祭3 64話)
「カゲ・・・カゲやん?」
「そう! カオルさんも知らなかったでしょう。お父上とサカバヤシ様って、カゲやん、ジンちゃんって呼び合う仲なんです」
カオルが目を丸くしてしまった。
「ぞ・・・存じませんでした・・・」
「そうそう! 一剣流のナガタニさんという方もおいでになられましたよ。指導員になったんです」
「おお、ナガタニ様ですか。確かに、指導員にも相応しいお方です」
「あと、虎族のマスダさん。なんと師範代!」
「なんと!? あのマスダが!? 本当にトミヤス道場に!?」
「はい。たまにうちに来て、一緒にお酒を呑んだり、お食事もしたり。面白い方ですよね。マサヒデ様の大ファンだ、なんて、私も嬉しくて」
マツはにこにこ笑っているが、マスダが以前何をしていたのかは知らないのだろう。殺し良しのマフィア闘技場で、永世チャンピオンだった男だ。
「マスダ・・・様が、以前は何をしていたのかは、ご存知で?」
「米衆連合で修行をしておられたとか」
「ああ・・・なるほど」
やはり知らないのだ。知らない方が良い事もある。
マサヒデは王宮宛の手紙に書いたであろうが、おそらくマツに届ける際に削られたのだろう。マフィア経営の闘技場で殺し合いなど、米衆連合の恥部だ。
「恐ろしい方でしたが、ご主人様と立ち会った際は、ご主人様の方を恐ろしく感じました。あの立ち会いは凄いもので」
「まあ! 聞かせて下さいます? 立ち会いの様子、手紙には書いてなくて」
「やはり削られていたのですね」
マスダが人を殺しまくっていたとかは知らないのだ。
「削られた?」
「あれは、不死町という町でしたか。マフィア経営の闘技場がございまして」
「え」
「そんなものがあったと知れたら、米衆連合の恥でございますから。それに、取り締まるとなれば、不死町の稼ぎ、多額の税金ががつんと減ります」
「た、確かに・・・」
「ふ。なあなあな所があるのです。多数の豪商、貴族が、その闘技場に観戦に行き、金を落としております。全くもって、気分の悪い町でございました」
削られた部分は他にもあろう。
マスダは普通にカゲミツに話しているだろうが、あのカゲミツの事。
『ふうん、そう。じゃあ腕見せて。中々だな。良し、師範代だ!』
そんな感じだったのではなかろうか。
カオルの話を聞きながら、マツは楽しそうだ。
さて、魔王様はいつ頃に港に来るだろうか・・・




