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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
110/136

第110話


 翌朝! ついに来た! 来てしまった!

 マツとの婚礼の儀! 婚祭パレードの日!


 お神輿に乗って担がれ、3里の道を歩く!

 わっしょい! わっしょい!


 ・・・いや、それは無理です。


 という事で、マサヒデは影武者を立て、マツは魔術でこっそりと、行く先の港に潜入してしまうのだ。


 マサヒデはまだ日の昇らぬうちに起きて、メイドや執事に囲まれ、素っ裸にされて、下帯から全部を着替え、髪を整え、顔に剃刀を当てられ・・・

 そのマサヒデを、リュウイチが腰の裏に手を回し、ぴしりと直立して見ている。


 今日は恥ずかしいから出ていてくれ、などとは言えない。

 風呂でも衆人環視の中で念入りに洗われて、ずっと萎縮していたのだ。

 す、と執事が離れ、さささ、とメイドも離れる。


「リュウイチ様」


「終わったか」


「は」


 うむ、とリュウイチが頷く。


「マサヒデ様、お立ち下さい」


「はい」


 立ち上がったマサヒデの周りを、ゆっくりとリュウイチが回る。

 最後に正面に立ち、そっとマサヒデの顎に手を伸ばし、くい、くい、と左右に向ける。顎から手を離した時、リュウイチが目で合図を送った。


「マサヒデ様、用を足すのであれば、今のうちです。大丈夫ですか」


「ん、ううむ・・・いや、行っておきます。皆さん、申し訳ありません」


「大丈夫。まだ時間は十分にあります」


「すみません」


 頭を下げてから、マサヒデは部屋を出て、便所に駆け込む。

 ドアを閉めて、かちゃりと鍵を閉めて・・・


「ご主人様」


「はい」


 この城の便所は、どこも落ち着かない程に広いものだ。

 ここでカオルとすり替わる。

 城に戻ってきてからも、便所か風呂場のどちらか。

 これはカオルの合図を、レイシクランの忍が教えてくれる。


 何故便所ですり替わるのかと言うと、あっという間にドレスや紋服を作れるカオルでも、今回は服が用意出来ないからである。

 用意される服の布地が特殊なもので、簡単に切ったり出来ない素材なのだ。

 市場にもまだ流通していない。


「お手伝い致します。お恥ずかしいでしょうが、下帯も全部」


「お願いします」


 カオルに手伝われ、服を脱いで素っ裸に。

 恥ずかしがっている暇はない。


「そちらに着替えを」


 言いながら、カオルも着替えていく。

 一瞬で着替え、ぴしぴしと襟を正し、帯を正し。


「では、しかとお預かり致します」


 マサヒデの脇差、刀匠ホルニの逸品。

 世間では『猪首斬』などとあだ名の付いた脇差。

 文字通り、マサヒデはこの脇差で、猪の首を骨ごと斬ったのだ。

 それで瑕も曲がりもない、まさに名刀。

 しかも現代刀匠の作である。


「よしと・・・こうかな」


 マサヒデは使用人の格好。

 外に出たら、また町人の格好に着替える。

 今日は1日城門が開くから、警備は厳重だが、クレール達が乗っていく馬車に紛れ込んで出る。

 クレールがどうしても見たい! という風にして、出たら人混みがー! と、すぐ帰るのだ。


 帰りは城に入る馬車に張り付いて行くとの事だが、これは大丈夫なのだろうか?

 一抹の不安があるが、レイシクランの忍達に任せるしかない。


「マサヒデ様、少々お待ちを」


 カオルがマサヒデの顔をぺたぺた触り、何かを貼り付ける。

 マサヒデを変装させているのだ。

 これは絶対秘密のブデン流忍術の技術だが、今回はそんな事は言っていられない。


「水で濡らせば取れます」


 自分と同じ顔をしている者が、自分と同じ声で喋る。

 鏡に映るのと左右が逆だから、ちょっと変な感じだ。

 声もいつも聞いている自分の声と、かなり違って聞こえる。

 自分の声はこのように聞こえているのか。


「汗は大丈夫ですか?」


「内側は大丈夫です。外から濡れた手拭いで拭けば、ぱらりと取れます。髪を濡らしませぬよう、お気を付け下さい。では、私、参ります。私が出て、30数えてから出て下さい。マサヒデ様もお気を付けて」


「カオルさん、死なないで下さいよ」


「・・・努力は、致します。では」



----------



(ううっ!?)


 マサヒデに変装したカオルが、儀仗服の近衛兵にマツと並んで城門まで歩いて来て、驚きの声を上げそうになった。

 城門の向こうの人だかりはどうだ! 蟻の這い出る隙間もない!


「トミヤスさんだあー!」「トミヤスはーん!」「私も嫁にしてー!」

「マーツ様ー!」「マツ姫ー!」「ひぁー! お綺麗やー!」

「おめでとうございまーす!」


 う! とカオルが目を見開いた。あれは放映機材だ!

 そうであった! この婚儀、世界に放映されるのだ!


「来ました! ご覧下さい! あれがマツ姫とトミヤス様です!

 あれが剣豪と名高いマサヒデ=トミヤス様です! 私も大ファンです!

 そのご活躍は、誰もが耳にしておられるでしょう!

 今回の勇者祭では、2位以下を大きく突き放しております!

 魔王様にも謁見を果たしております! 既に勇者決定と言って良いでしょう!

 2位以下の参加者は、続々と勇者祭を下りております!

 マツ様が手を振っておられます! なんとお美しい!

 あっ! トミヤス様も手を振ってくれました! トミヤス様ー!」


 放映機材の前で興奮して実況している者に、カオルが手を振る。


「トミヤス様は魔王家に入るのではなく、姫を娶るとの事です!

 マツ様の方がトミヤス家に入るのです!

 トミヤス家は高名ながらも身分は平民です! これは古今ない事です!

 お二人の出会いは、勇者祭開催の数日後の事です!

 トミヤス様の願いは、マツ様を娶りたいではございませんでした!

 なんと、マツ様のお母上、王妃ユカリ様にご挨拶をしたい! ただそれだけ!

 皆様、これが勇者なのです!」


「「「うおおおー!」」」

「「「勇者ーっ!」」」

「「「トミヤス様ー!」」」

「「「マツ姫ー!」」」


 なんという声!

 空気が震えている!


 ばさ! と近衛兵が神輿に被せられた布を取った。


「今っ! 神輿が! その姿を見せましたーっ!」


 だん! とシズクが旗を立て、神輿の前に立つ。

 高さは2丈(6m)もある。


 黒い布に、縁は金糸。

 真ん中の白い盾から翼。

 右に銀の杖、左に赤い竜、下に左右を向いた白狼。

 そして、上に王冠。


 杖はレイシクラン族を!

 竜は龍人族を!

 左右を向いた狼は、魔王の最初の兵、狼族を!

 魔王の最初の仲間達を表すのだ!

 そして盾は民を守らんとする魔王の心である!

 これが魔王家の紋章なのだ!


「魔王家っ! トゥクライン家っ! 紋章旗が立ったーっ!

 おおっと!? あの旗持ちは! 鬼族! あの鬼族の方は・・・

 そう! あれはトミヤス様の弟子のシズク様です!

 今回は近衛ではありません! シズク様が旗持ちだあーっ!

 これは何と言う名誉! 誉! まさに誉です!」


 カオルが前の神輿に向かって歩いていくと、さ、と近衛兵が御簾を上げた。

 驚いた事に、お祭りの法被を着ている者は1人も居ない。

 なんと、この近衛兵達は、近衛兵の金色の鎧を着たまま、神輿を担ぐのだ!

 恐ろしい体力! 流石は魔王様の近衛兵である!


 振り返って、城に向かって一礼。

 振り返って、群衆に一礼。

 神輿に一礼。

 す、と神輿に乗り込むと、はさ、と御簾が下りた。


 ぱーぱぱぱぱー! ぱーぱぱぱぱー! ぱぱー・・・

 ラッパの音が高く鳴った。

 ざざん! と近衛兵達が神輿の左右に並ぶ。


「さあー始まります! 婚礼のパレードー!

 惜しくも参加出来ません方々も、ご安心下さい! 放映は続けます!

 この後の予定を申し上げます!

 丁度お昼頃となります! 若きお二人が、魔王様のお言葉を賜ります!

 そして晩餐会では、マサヒデ=トミヤス様の演舞が行われます!

 どちらも放映致します! 是非最後までご覧下さい!」


(何っ!?)


 神輿の中でカオルが仰天している。

 まさか、晩餐会でのマサヒデの演舞も放映されるとは!?


(ご主人様!)


 絶対に失敗は許されない!

 マサヒデが言うには、近衛兵の鎧を斬ればよい、だけであったが、大丈夫か!?

 超頑丈な鍛冶族の鎧だ! それも特注品!


「いくぞおーっ!」


「「「おおうっ!」」」


「おおーっ!」


 シズクの声!

 近衛兵達の声!

 イザベルの声も混じっている!


「うわっ」


 ごん! と神輿が持ち上げられ、少し声が出てしまった。


「わっしょーいっ」


「「「おおう」」」


「わっしょーいっ」


「「「おおう」」」


 その時、きん! と音が鳴った。


「はっ?」


 接地感がなくなり、慌てて宙で体を整え、着地。

 同時に、どすん、と音がして、そちらを見ると、


「あいたっ!」


 マツが尻もちをついていた。

 騒がしい音は一切なくなって、前を神輿が進んで行き、イザベルが黒影に乗って殿で歩いて行く。

 これはマツの魔術だ。


「もう! マサヒデ様! 助けてくれませんか!」


 マツがマサヒデの姿のカオルを見て、手を差し出した。


「お、奥方様・・・?」


 マサヒデから出たのは、聞き慣れた女の声。


「ああっ!? カオルさん!?」


 カオルが慌てて駆け寄り、マツの手を取って引っ張る。

 マツが立ち上がって、角隠しを直し、きっとカオルを睨む。


「影武者だったんですか!?」


「は・・・あ、いや! 流石にご主人様も身体が持ちませぬので。夜会で演舞もございますし」


「ええっ!? 婚礼の儀なんですよ!?」


「あの、港で本物のご主人様と変わりますので、お言葉を賜る際には・・・」


「むー!」


 ぷっ! とカオルが笑って、


「それに、奥方様も、神輿に乗っておられませんではありませんか」


「うっ!?」


「ふふ。さ、奥方様、参りましょう。あの神輿、中々に早いです」


「むむむ・・・」


 カオルが草履を脱いで、マツの足元に置く。


「その高い草履では、歩くに難しいでしょう。こちらを」


「全く! マサヒデ様も、先に言って下されば良かったのに・・・」


 がらがらがら・・・とは音も立てず、2人をすり抜けて、馬車が走っていく。

 すり抜けた一瞬、馬車の中が見えた。


「あれ? 今のはクレールさん?」


「あの馬車に、ご主人様が隠れております。外でぱっと」


「もう! 上手く考えましたね!」


「ふふ。昨日は大変だったのですよ。リュウイチ様ともご相談して・・・」


「最初から私に言って下されば!」


「ふふふ。最初からご主人様も、と仰られれば良かったのです。さ、急ぎましょう」


「カオルさん。歩かなくても良いのですよ。さ! お手を!」


 風の魔術で飛んでいくつもりだ。


「奥方様、着付けが」


「私は大丈夫ですからー! カオルさんも、さっと着付け出来ますよねー!」


 むずとカオルの手を掴み、マツが、ふん! と鼻を鳴らすと、風が巻いた。


「少々! 少々お待ちを! 草履!」


「行きまーすっ!」


 慌てて、マツの前に置いた草履を履き直す。

 瞬間、身体が浮き上がった。


「ああーっ!?」


 音のない空間を、花嫁姿のマツと、花婿姿のカオルが飛んで行った。


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