第110話
翌朝! ついに来た! 来てしまった!
マツとの婚礼の儀! 婚祭パレードの日!
お神輿に乗って担がれ、3里の道を歩く!
わっしょい! わっしょい!
・・・いや、それは無理です。
という事で、マサヒデは影武者を立て、マツは魔術でこっそりと、行く先の港に潜入してしまうのだ。
マサヒデはまだ日の昇らぬうちに起きて、メイドや執事に囲まれ、素っ裸にされて、下帯から全部を着替え、髪を整え、顔に剃刀を当てられ・・・
そのマサヒデを、リュウイチが腰の裏に手を回し、ぴしりと直立して見ている。
今日は恥ずかしいから出ていてくれ、などとは言えない。
風呂でも衆人環視の中で念入りに洗われて、ずっと萎縮していたのだ。
す、と執事が離れ、さささ、とメイドも離れる。
「リュウイチ様」
「終わったか」
「は」
うむ、とリュウイチが頷く。
「マサヒデ様、お立ち下さい」
「はい」
立ち上がったマサヒデの周りを、ゆっくりとリュウイチが回る。
最後に正面に立ち、そっとマサヒデの顎に手を伸ばし、くい、くい、と左右に向ける。顎から手を離した時、リュウイチが目で合図を送った。
「マサヒデ様、用を足すのであれば、今のうちです。大丈夫ですか」
「ん、ううむ・・・いや、行っておきます。皆さん、申し訳ありません」
「大丈夫。まだ時間は十分にあります」
「すみません」
頭を下げてから、マサヒデは部屋を出て、便所に駆け込む。
ドアを閉めて、かちゃりと鍵を閉めて・・・
「ご主人様」
「はい」
この城の便所は、どこも落ち着かない程に広いものだ。
ここでカオルとすり替わる。
城に戻ってきてからも、便所か風呂場のどちらか。
これはカオルの合図を、レイシクランの忍が教えてくれる。
何故便所ですり替わるのかと言うと、あっという間にドレスや紋服を作れるカオルでも、今回は服が用意出来ないからである。
用意される服の布地が特殊なもので、簡単に切ったり出来ない素材なのだ。
市場にもまだ流通していない。
「お手伝い致します。お恥ずかしいでしょうが、下帯も全部」
「お願いします」
カオルに手伝われ、服を脱いで素っ裸に。
恥ずかしがっている暇はない。
「そちらに着替えを」
言いながら、カオルも着替えていく。
一瞬で着替え、ぴしぴしと襟を正し、帯を正し。
「では、しかとお預かり致します」
マサヒデの脇差、刀匠ホルニの逸品。
世間では『猪首斬』などとあだ名の付いた脇差。
文字通り、マサヒデはこの脇差で、猪の首を骨ごと斬ったのだ。
それで瑕も曲がりもない、まさに名刀。
しかも現代刀匠の作である。
「よしと・・・こうかな」
マサヒデは使用人の格好。
外に出たら、また町人の格好に着替える。
今日は1日城門が開くから、警備は厳重だが、クレール達が乗っていく馬車に紛れ込んで出る。
クレールがどうしても見たい! という風にして、出たら人混みがー! と、すぐ帰るのだ。
帰りは城に入る馬車に張り付いて行くとの事だが、これは大丈夫なのだろうか?
一抹の不安があるが、レイシクランの忍達に任せるしかない。
「マサヒデ様、少々お待ちを」
カオルがマサヒデの顔をぺたぺた触り、何かを貼り付ける。
マサヒデを変装させているのだ。
これは絶対秘密のブデン流忍術の技術だが、今回はそんな事は言っていられない。
「水で濡らせば取れます」
自分と同じ顔をしている者が、自分と同じ声で喋る。
鏡に映るのと左右が逆だから、ちょっと変な感じだ。
声もいつも聞いている自分の声と、かなり違って聞こえる。
自分の声はこのように聞こえているのか。
「汗は大丈夫ですか?」
「内側は大丈夫です。外から濡れた手拭いで拭けば、ぱらりと取れます。髪を濡らしませぬよう、お気を付け下さい。では、私、参ります。私が出て、30数えてから出て下さい。マサヒデ様もお気を付けて」
「カオルさん、死なないで下さいよ」
「・・・努力は、致します。では」
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(ううっ!?)
マサヒデに変装したカオルが、儀仗服の近衛兵にマツと並んで城門まで歩いて来て、驚きの声を上げそうになった。
城門の向こうの人だかりはどうだ! 蟻の這い出る隙間もない!
「トミヤスさんだあー!」「トミヤスはーん!」「私も嫁にしてー!」
「マーツ様ー!」「マツ姫ー!」「ひぁー! お綺麗やー!」
「おめでとうございまーす!」
う! とカオルが目を見開いた。あれは放映機材だ!
そうであった! この婚儀、世界に放映されるのだ!
「来ました! ご覧下さい! あれがマツ姫とトミヤス様です!
あれが剣豪と名高いマサヒデ=トミヤス様です! 私も大ファンです!
そのご活躍は、誰もが耳にしておられるでしょう!
今回の勇者祭では、2位以下を大きく突き放しております!
魔王様にも謁見を果たしております! 既に勇者決定と言って良いでしょう!
2位以下の参加者は、続々と勇者祭を下りております!
マツ様が手を振っておられます! なんとお美しい!
あっ! トミヤス様も手を振ってくれました! トミヤス様ー!」
放映機材の前で興奮して実況している者に、カオルが手を振る。
「トミヤス様は魔王家に入るのではなく、姫を娶るとの事です!
マツ様の方がトミヤス家に入るのです!
トミヤス家は高名ながらも身分は平民です! これは古今ない事です!
お二人の出会いは、勇者祭開催の数日後の事です!
トミヤス様の願いは、マツ様を娶りたいではございませんでした!
なんと、マツ様のお母上、王妃ユカリ様にご挨拶をしたい! ただそれだけ!
皆様、これが勇者なのです!」
「「「うおおおー!」」」
「「「勇者ーっ!」」」
「「「トミヤス様ー!」」」
「「「マツ姫ー!」」」
なんという声!
空気が震えている!
ばさ! と近衛兵が神輿に被せられた布を取った。
「今っ! 神輿が! その姿を見せましたーっ!」
だん! とシズクが旗を立て、神輿の前に立つ。
高さは2丈(6m)もある。
黒い布に、縁は金糸。
真ん中の白い盾から翼。
右に銀の杖、左に赤い竜、下に左右を向いた白狼。
そして、上に王冠。
杖はレイシクラン族を!
竜は龍人族を!
左右を向いた狼は、魔王の最初の兵、狼族を!
魔王の最初の仲間達を表すのだ!
そして盾は民を守らんとする魔王の心である!
これが魔王家の紋章なのだ!
「魔王家っ! トゥクライン家っ! 紋章旗が立ったーっ!
おおっと!? あの旗持ちは! 鬼族! あの鬼族の方は・・・
そう! あれはトミヤス様の弟子のシズク様です!
今回は近衛ではありません! シズク様が旗持ちだあーっ!
これは何と言う名誉! 誉! まさに誉です!」
カオルが前の神輿に向かって歩いていくと、さ、と近衛兵が御簾を上げた。
驚いた事に、お祭りの法被を着ている者は1人も居ない。
なんと、この近衛兵達は、近衛兵の金色の鎧を着たまま、神輿を担ぐのだ!
恐ろしい体力! 流石は魔王様の近衛兵である!
振り返って、城に向かって一礼。
振り返って、群衆に一礼。
神輿に一礼。
す、と神輿に乗り込むと、はさ、と御簾が下りた。
ぱーぱぱぱぱー! ぱーぱぱぱぱー! ぱぱー・・・
ラッパの音が高く鳴った。
ざざん! と近衛兵達が神輿の左右に並ぶ。
「さあー始まります! 婚礼のパレードー!
惜しくも参加出来ません方々も、ご安心下さい! 放映は続けます!
この後の予定を申し上げます!
丁度お昼頃となります! 若きお二人が、魔王様のお言葉を賜ります!
そして晩餐会では、マサヒデ=トミヤス様の演舞が行われます!
どちらも放映致します! 是非最後までご覧下さい!」
(何っ!?)
神輿の中でカオルが仰天している。
まさか、晩餐会でのマサヒデの演舞も放映されるとは!?
(ご主人様!)
絶対に失敗は許されない!
マサヒデが言うには、近衛兵の鎧を斬ればよい、だけであったが、大丈夫か!?
超頑丈な鍛冶族の鎧だ! それも特注品!
「いくぞおーっ!」
「「「おおうっ!」」」
「おおーっ!」
シズクの声!
近衛兵達の声!
イザベルの声も混じっている!
「うわっ」
ごん! と神輿が持ち上げられ、少し声が出てしまった。
「わっしょーいっ」
「「「おおう」」」
「わっしょーいっ」
「「「おおう」」」
その時、きん! と音が鳴った。
「はっ?」
接地感がなくなり、慌てて宙で体を整え、着地。
同時に、どすん、と音がして、そちらを見ると、
「あいたっ!」
マツが尻もちをついていた。
騒がしい音は一切なくなって、前を神輿が進んで行き、イザベルが黒影に乗って殿で歩いて行く。
これはマツの魔術だ。
「もう! マサヒデ様! 助けてくれませんか!」
マツがマサヒデの姿のカオルを見て、手を差し出した。
「お、奥方様・・・?」
マサヒデから出たのは、聞き慣れた女の声。
「ああっ!? カオルさん!?」
カオルが慌てて駆け寄り、マツの手を取って引っ張る。
マツが立ち上がって、角隠しを直し、きっとカオルを睨む。
「影武者だったんですか!?」
「は・・・あ、いや! 流石にご主人様も身体が持ちませぬので。夜会で演舞もございますし」
「ええっ!? 婚礼の儀なんですよ!?」
「あの、港で本物のご主人様と変わりますので、お言葉を賜る際には・・・」
「むー!」
ぷっ! とカオルが笑って、
「それに、奥方様も、神輿に乗っておられませんではありませんか」
「うっ!?」
「ふふ。さ、奥方様、参りましょう。あの神輿、中々に早いです」
「むむむ・・・」
カオルが草履を脱いで、マツの足元に置く。
「その高い草履では、歩くに難しいでしょう。こちらを」
「全く! マサヒデ様も、先に言って下されば良かったのに・・・」
がらがらがら・・・とは音も立てず、2人をすり抜けて、馬車が走っていく。
すり抜けた一瞬、馬車の中が見えた。
「あれ? 今のはクレールさん?」
「あの馬車に、ご主人様が隠れております。外でぱっと」
「もう! 上手く考えましたね!」
「ふふ。昨日は大変だったのですよ。リュウイチ様ともご相談して・・・」
「最初から私に言って下されば!」
「ふふふ。最初からご主人様も、と仰られれば良かったのです。さ、急ぎましょう」
「カオルさん。歩かなくても良いのですよ。さ! お手を!」
風の魔術で飛んでいくつもりだ。
「奥方様、着付けが」
「私は大丈夫ですからー! カオルさんも、さっと着付け出来ますよねー!」
むずとカオルの手を掴み、マツが、ふん! と鼻を鳴らすと、風が巻いた。
「少々! 少々お待ちを! 草履!」
「行きまーすっ!」
慌てて、マツの前に置いた草履を履き直す。
瞬間、身体が浮き上がった。
「ああーっ!?」
音のない空間を、花嫁姿のマツと、花婿姿のカオルが飛んで行った。




