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第17話 専属騎士

「ヴェルヘルム王国主催で行われるデビュタントだが、『ラグナル・ヴェルヘルム』王子のお披露目も兼ねているらしい」


 皇帝からそう説明されたのは、週に一度の晩餐会の席だった。私のデビュタントのことなど興味がないであろう、双子とエレオノーラはその話を無視して食事を続けている。


 横目に見れば、エレオノーラはこの4年で、恐ろしいほどの美人に成長していた。整った顔立ち、高い身長。金色の髪は細い絹糸のように輝いて滑らかで、赤い瞳は彼女の強い意志の象徴のように見える。


 しかし、その瞳の色と裏腹に、彼女の纏う空気は氷のように冷たかった。


 エレオノーラは、以前のように私に突っかかる事もなく、お互いの存在を無視するようにマゼンタ宮で暮らしている。私の望んだ状況で、とても過ごし易い事この上ない。


 18歳になった彼女は、どうやら私に構うほどの価値が無いという事実に、ようやく気がついたようだ。


 けれど、ふと考えてしまうときがある。もし私にエルサの記憶が蘇らなかったとしたら、今頃アンジェリカはどうなっていただろうか。


 まだ、あの地下室で惨めに暮らしていただろうか。それとも既に、死んでしまっているのだろうか。考えると、恐ろしかった。


 私はその考えから目をそらすように、エレオノーラから視線を外して、皇帝へ問いかける。


「ラグナル王子は、今まで社交界へ姿を見せたことはないのですか?」

「ああ。もう16歳だが、身体が弱いと聞いている」




 私はつい、レオナルドのことを思い出していた。今のヴェルヘルム王国の王族は、彼に子供がいなかったことを考えると、直接的な血の繋がりはほぼないとわかっている。


 それでも、健康で剣術バカだったレオナルドを思うと、今の王子が病弱なのはなんだか不思議な感覚だった。


「それで、だ。アンジェリカのデビュタントだが、クリストフェルに同行してもらうことになった」

「へっ!? 嫌です!」


 私は考え事をしていたせいで、つい正直にそう答えていた。そんな私を怪訝そうに皇帝が見返してくる。しまった。私はクリストフェルのことが苦手だが、世間的にはいい兄なのだから、こんな反応はおかしいのだろう。


 そんな私に助け舟を出すように、クリストフェルが優しく微笑みながら言った。


「照れなくても良いよ、アンジー。12歳でデビュタントを迎えること自体異例なんだから。通常は『婚約者』と同席したりするけど、君の年齢なら『お兄ちゃん』と一緒でも笑われたりしないさ」

「べ、別にそんなことを恥ずかしがっているわけでは……」

「それなら、僕が一緒に行っても良いのでは?」




 そこに口を挟んだのは、ユリウスだった。目の前の私ではなく、皇帝に対してそう主張する。


「兄がパートナーとなるなら、僕でも問題ありませんよね? アンジェリカとは僕が一番、仲も良いですし」

「……うむ、そうなのだが――」

「ユーリ」


 もごもごと言葉を選んでいる皇帝に代わって、クリストフェルが嗜めるように彼を呼んだ。そして、申し訳なさそうな表情でユリウスに告げる。


「今回はアンジェリカのデビュタントとは言え、『ルクレッシオ皇国』から公式的に『ヴェルヘルム王国』へ訪問するんだ。ただの遠足ではないんだよ」


 その言葉に、食堂が静まり返った。張り詰めた空気に、私は自然とうつむいてしまう。最近はこういう空気にも慣れてきたと思ったが、まだまだだったようだ。


 つまり今のは、ヴェルヘルムに対して公式的に、自分が次期皇帝であると、挨拶をしに行くと言っているようなものだ。皇帝にそう、命じられたのだと。


 わかってはいるが、もうクリストフェルが次期皇帝として決まったようなものなのだろう。それを日に日に実感する。


 ユリウスは、そう言われて返す言葉が無いのか黙ってしまう。それでも、クリストフェルに対して何かを訴えるように睨み続けているあたり、彼の成長を感じた。


 すると、エレオノーラが食器を置く音が食堂に響き渡る。カトラリーと食器のぶつかる金属音が、やたら五月蝿い。しかし彼女は打って変わって、気品深い態度で口元を拭うと、静かに席を立った。


「ご馳走様です」




 優雅に食堂を出ていく彼女を、止める者はいなかった。この話題は、エレオノーラにとって気分の良いものではなかっただろう。それでもまだ、彼女は皇帝になることを諦めてはいないのだ。


 何故そんなに皇帝になりたいのだろう。彼女の立場を考えれば、皇帝になれなかったとしても公爵家へ入ることになるだけだ。皇帝ほどではないにしろ、公爵家でも良い暮らしが出来るだろうに。


 しかし、私とエレオノーラは一生理解し合うことなど出来ないとわかっているので、これ以上彼女の思考を考えるのを止めた。


 エレオノーラが退室してから、皇帝は改めて私に向き直る。


「それで、もちろん護衛に騎士たちを付けるつもりだが、これを機にアンジェリカの専属騎士も選ぼうと考えている」

「いや、要りません!」


 これも思わず反射的に口に出していた。14歳のユリウスだって、つい半年前に専属騎士を決めたばかりだ。12歳の私にはまだ早いし、何よりもうすぐ皇宮を出ていくというのに、専属騎士を選んでも意味がない。


 騎士は皇室に忠誠を誓っているが、専属騎士になれば個人に対して忠誠を誓うことになる。騎士が忠誠を誓う相手は、一生に一人だけ。つまり、私の専属騎士になってしまえば、今後誰か個人に忠誠を誓うことが出来なくなってしまう。


 そんなの申し訳なさすぎる。騎士たちが護衛でついてくれるなら、それだけで十分だ。




 しかし、皇帝の中ではもう決定事項だったらしい。私がそう主張することも想定済みだったらしく、無視して日程を伝えられる。


「明日から募集を行い、三日後に選抜を行う。ギリギリ出発には間に合う手筈だから、心配するな」

「あの、お父様……――」

「それでは私も執務が溜まっているので、これで失礼する」


 まるで逃げるように、皇帝も食堂を出て行ってしまう。相変わらず、善意の押し付けのようでうんざりしてしまった。私はとにかく、私の専属騎士になる人が可哀想だ。


 せめて、ご年配だったり、怪我が原因で引退間近の騎士が選ばれて欲しい。そもそも、私の専属騎士に申し込む人など、そんなに多くはないだろう。


 ユリウスの時はそこそこの人数が志願していた。それは、ユリウスが努力をしていて、皇帝になる見込みがあるからだ。もしなれなかったとしても、ユリウスはポールソン伯爵家へ引き取られることになるだろうから、貴族であることに変わりない。


 だけど、私はこのままだと行き着く先は平民だ。私の騎士になっても、ついてくることに旨みがない。つまり騎士としてのメリットがないということだ。


 気が重い。形ばかりの専属騎士を選ぶことを億劫に思いながら、私もさっさと食事を終えるのだった。







 翌日。皇帝の宣言通り、私の専属騎士を募集する告知が発表された。更に二日後、応募した者たちでトーナメント式の試験を行う。


 興味がないと言ったのに、私はセリーヌに無理矢理連れ出されて、専属騎士選抜試験を見に来ていた。試験は皇室闘技場で行われる。案の定、ユリウスの時に比べると、応募者は圧倒的に少ないし、年配の騎士が多く見える。


 引退する前に、専属騎士になったという栄光だけもらっておこうという魂胆だろう。まあ、こちらとしてもそれくらいのモチベーションで来てくれた方が、気持ちが楽だ。


 そうして参加者たちを眺めていると、私は見知った顔を見つけてしまい、つい二度見した。そして、何も考えずに彼の元に駆け寄ると、後ろからその人物の肩を掴む。


 振り向いたシモンに、私は声を低くして言った。


「ちょっと来て……」


 シモンは、私の顔を見ると一度だけ頷いて、黙ってついてくる。ここだと他の人の視線が多すぎて話しづらいので、私は人目の無いところまでシモンを連れてくると、彼を問い質した。


「何してるの!?」

「専属騎士になりに来た」

「バカじゃないの!?」




 当然のようにそう言ってのけるシモンに、私はつい声を荒げてしまう。折角念願の騎士になれたというのに、私の専属騎士なんていう泥舟に乗るのはバカのすることだ。


 前途洋々の優秀な若者なのだから、この先優秀な主人に巡り合って、その人に対して忠誠を誓うべきだろう。私なんかに忠誠を誓うのは勿体無い。


 私は落ち着くために、一度深呼吸する。そして、わかっていないであろうシモンに、もう一度懇切丁寧に説明した。


「いい? 私はもうすぐ皇室を出ていくの。だから、シモンは私を守る必要は無いし、専属騎士にもなるだけ損。わかる?」

「……」

「わかったら、最初の試合で適当に負けて。良いわね」


 私は頭が痛くなる。ここまで言えば、いくら剣術しか脳がないシモンでも理解出来ただろう。そう思っていたのに、シモンは無言で私の後ろの壁に方手をついた。


 まるで逃げ場を塞ぐように、シモンは私を見つめてくる。まただ。こういうとき、シモンのことを妙に大人っぽく感じる。まだ14歳の少年だと言うのに、私を見つめる目が、どうしてこんなに何かを訴えているのだろう。


 私がその瞳から目をそらせずにいると、シモンはゆっくりと言葉を紡いだ。


「絶対に、嫌だ」

「……わざと負けること? プライドが傷つく?」

「俺以外のやつが、アンジーの専属騎士になるのが、絶対に嫌だ」




 シモンの言っている意味が、よく分からない。それは、4年間一緒に過ごしていたから、隣を奪われるのが嫌だとか、そういう独占欲だろうか。だとしても、ほんの一ヶ月程度の辛抱だ。そうすれば、私は皇宮からいなくなるのだから。


 ――あれ。


 そう思うと、なぜか胸が少しだけ痛んだ。あんなに待ち望んでいたことなのに、不思議な感覚だ。これを寂しさと呼ぶには、少し可愛すぎる気がする。


 もうすぐシモンと会えなくなる。ユリウスも一緒に、三人でいることが出来なくなる。そう考えると、前世も合わせたとしても、今まで感じたことのない胸の痛みを覚えた。


 目の前のシモンは、依然として真っ直ぐな瞳で私を見つめている。澄んだ空色の瞳は、私に何を言われようと退かない意思を感じさせた。


「俺は、アンジェリカの専属騎士を、誰にも譲るつもりはない」


 それだけ言うと、シモンは私を置いて踵を返す。こんなに聞き分けが悪いシモンは、久しぶりだ。最近は、私の言うことは素直に聞くことが多かったので、懐かしい感覚になる。


 けれど、それは悪くない感覚だった。


「なんなの、アイツ」


 胸がざわざわする。いや、この感覚はなんだろう。もっと別の表現があるはずだが、上手い言葉が見つからない。私は、何故か顔が火照っている気がして、空を見上げた。今日はそんなに日差しが強かっただろうか。


 今日は良い天気で、雲ひとつない青天である。その青い空を見ていると、シモンのことを思い出して、なかなか顔の火照りが収まらなかった。







 シモンは、難なく試合を勝ち進んでいく。彼の実力は知っていたが、騎士団の中でもこれほどとは思わなかった。


 引退間近の年配騎士とはいえ、経験値で言えば圧倒的に彼らが上だろう。それでも、まだ14歳のシモンは危なげなくトーナメントを勝ち進んでいく。


 シモンの未来を思うなら、どこかで負けて欲しいと思うべきだ。けれど、私は何故か、シモンのことを応援していた。そして、あっという間に決勝戦になる。


 シモンの決勝相手は、ヴォルゴード男爵家の老騎士だった。年老いているとはいえ、若い頃は騎士団長まであと一歩という所まで登り詰めた猛者である。いくらシモンでも簡単に勝つことはできないだろう。


 私の予想通り、試合は白熱を極めた。疎らに見学に来ていた人々も、この試合だけは熱心に応援したりしている。ほとんどの人が冷やかし程度で参加していた試験だったが、この二人は本気度が違った。


 ヴォルゴード男爵家は騎士の家系なので、専属騎士になるのは最高の栄誉なのだろう。それが例え、私生児の子供であろうと。皇族は皇族だ。


 そしてシモンも、私に宣言した通り、専属騎士の座を誰にも譲らないという気迫があった。一歩も退かない白熱した試合は、永遠に続くかに思えたが、突然終わりを迎える。


 シモンが構えを変えた。あれは、私が初めてシモンと会った時に見せた、独学の構えだった。シモンに、あの構えが何なのか聞いてみたことがある。シモンはあれを、独学で編み出した、一番自分に合った型だと言っていた。


 けれど、騎士団ではマニュアル通りの綺麗な型を叩き込まれるし、実際そちらの型の方が効率も良い。だから、もう使わないと、そう言っていた。




 けれど、シモンはずっと自分が大事にしてきた独学の構えを覚えていたらしい。このままでは負けると思ったのか、シモンが構えを変えると、老騎士は目に見えて動揺していた。


 騎士としての暦が長いほど、騎士の模範的な型以外は見慣れないのだろう。戦争もないのだから、尚更だ。


 そして、シモンの動きが読めないままに、老騎士の剣が弾き飛ばされる。それは息を呑むように、一瞬で終わった。


 皇室闘技場を、歓声が包んだ。まさか、まだ14歳の新人騎士が、ベテラン騎士に勝つなど誰も思っていなかったのだろう。私も、内心ほっとしているのを感じた。シモンが勝ってくれたことに、安心している。


 何故だろう。シモンの夢を奪うような、酷いことだと思う。彼にはこれから、騎士としての輝かしい未来が待っているはずなのに、私の専属騎士になることが、足を引っ張ってしまうかも知れない。


 私は、皆が駆け寄ってシモンを称えている中、静かに席を立つと、闘技場を後にした。




 何故かは分からない。けれど、頭の中がごちゃごちゃしている。最近そんなことばかりだった。


 私の頭を通過しない、感情的な思考。そして、しっかり私の頭を通過する、理性的な思考。この2つが余りにも正反対なので、私自身が混乱していた。


 感情的に、私は今喜んでいる。けれど理性的には、シモンの未来を想って罪悪感を抱いている。どちらも私の思考で間違いない。


 エルサは、とても理性的な女性だった。感情的な思考など、ほとんど発生しないほどに。だからきっと、この感情的な思考は、アンジェリカのものなのだろう。それは、私がエルサではなくアンジェリカである証拠でもあった。


 そうなると、とても厄介なのが、この先の未来についてだ。私は理性的に、早く皇族を追放されて、自由で平凡な生活を手に入れたいと考えている。それなのに私の感情は、皇族から追放されることを寂しいと感じていた。


 そう、私は今更になって、シモンやユリウスと離れることを、嫌がっているのだ。自分で望んでいて、受け入れた道だというのに。


「厄介だな……」


 前世では感じたことのない感情ばかり、アンジェリカは持っている。それはアンジェリカが普通の女の子である証のように思えた。


 ――銀色の悪魔は、本当に『悪魔』だったのかも知れない。理性的で、感情が存在しないほどに。







 ユリウスは、今日の選抜試験の結果を聞いて、一人で皇室内の公園を訪れていた。噴水のある広場まで行くと、鼠色の頭が見える。いるだろうと想っていた先客に対して、ユリウスは無言で近づいた。


 足音を聞いて、シモンが振り返る。しかし、ユリウスの顔を見ると、残念そうに項垂れた。


「なんだ、ユーリか」

「何だとは何だ。祝ってあげないぞ?」


 シモンがアンジェリカの専属騎士になったのは、ユリウスにとっては喜ばしいことである。大好きな親友が、大好きな妹の専属騎士になった。こんなに幸せなことはないだろう。


 ユリウスはシモンの隣に座ると、星空を眺めた。この時間だと、もうアンジェリカは来ないだろう。シモンはいったい何時からここで彼女を待っていたのだろうか。


 ユリウスは、いつからかアンジェリカがもう、皇室に残ることを諦めていると感じていた。いや、最初からだったのかも知れない。あの子は、もうとっくに覚悟ができているのだ。


 覚悟ができていないのは、自分たちの方だった。それで、あの手この手で三人一緒にいる方法を模索してきたが、もうタイムリミットが近い。


 このままだと、自分たちはバラバラになるだろう。




「アンジーは、シモンが専属騎士になって喜んでくれた?」

「いや。バカだって言われた」

「うん、言いそうだね」


 シモンが出来る最後の手段は、アンジェリカの専属騎士になることだったのだろう。専属騎士には、どこまでだって主人について行く権利がある。


 主人に「付いてくるな」と命令されない限りは、ずっと一緒にいることが出来る。例え、アンジェリカが平民になったとしても。


 けれど、ユリウスはどんなに考えても、このまま二人と一緒にいることはできそうになかった。


 一番理想なのは自分が皇帝になって、アンジェリカを補佐官に迎えて、シモンがアンジェリカの専属騎士になる道だったが、どうやらそれももう難しそうだ。


 もうすぐ、この関係は終わってしまう。


「良いなあシモンは」

「……」

「僕は、アンジーのデビュタントすらお祝いできないんだ」




 先日、晩餐会で言われた言葉を思い出して、ユリウスは不貞腐れたようにそう片肘をついた。こんなにアンジェリカのことが大好きなのに、彼女の最後の晴れ舞台を。兄として身納めることもできないなんて。


 このまま運が良ければ、ユリウスは補佐官になれるかも知れない。自分の提案したことが、自分に返ってくるのは不思議な感覚だが、ユリウスとしてはシモンとアンジェリカのいない皇室にはあまり興味がなかった。


 ――まあでも、ポールソン伯爵家を継げと言われるよりは、マシかもしれない。


 ユリウスがそう思っていると、無口だったシモンが不意に口を開いた。


「聞いてもいいか?」

「ん?」

「どうしてお前は、ポールソン伯爵家が嫌いなんだ?」


 まるで心を読まれたような質問に、ユリウスは内心驚いた。しかし、二人がそのことを不思議に思っているのは知っていたので、聞かれるのも時間の問題だと、分かってもいた。


 ユリウスは、自分の両手に視線を落とす。あまりこの話は、他の人に知ってほしくない。特に大好きな二人には。


 けれどいつまでも内緒にしておくのは罪悪感を感じるので、ユリウスは交換条件を提案することにした。




「分かった、話すよ。その代わりさ……」

「その代わり?」

「シモンがいつ、アンジーに気持ちを伝えるつもりなのか、教えてよ」


 ユリウスが意地悪な表情でそう聞くと、シモンは鬱陶しそうな表情でそれに返した。ユリウスから見れば、シモンの気持ちは誰が見てもバレバレだと思うのだが、どういうわけかアンジェリカには一切伝わっていなかった。


 兄として知っておく権利があるだろうと思ってそう質問したのだが、シモンからの答えは簡潔である。


「伝えるつもりはない。以上」

「えー、なんで?」

「うるさい。ほら、俺は答えたんだから、お前の話だ」


 何だが不公平な気がする。しかし、ユリウスもこれ以上追及するのは止めようと諦めた。そして、自分とポールソン家の、複雑な血縁関係について、想いを馳せる。


 この話は、自分も乳母や皇帝から伝え聞いたもので、真偽は確かでない。それでも、ポールソン家の自分に対する執着を見る限り、嘘ではないのだと確信している。


 ユリウスは、ゆっくりと言葉を選んで、話し始めた。


「シモンにはアンジェリカより先に伝えておくね。僕の――もう一人の『兄』の話を」

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