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14/19

第14話 誕生日パーティー

 一ヶ月は、あっという間に過ぎていった。


 私は様々な準備に追われて、ようやく誕生日パーティーを翌日に控えている。前日ともなれば準備も粗方終わり、私自身は少し時間に余裕もできて、皇宮内の公園に向かっていた。


 もちろん今も、最終準備に追われている人たちもたくさんいるとは思うが、私に出来ることは全てやった。あとは頑張ってほしいと祈るばかりだ。


 この一ヶ月、本当に忙しかった。基本的に私がすることは、侍女たちが用意したものの中から、自分が気に入ったものを選ぶ作業だ。たとえばドレスは何にするか。アクセサリはどれか。メインの料理は、デザートは何にするか。


 私が唯一気合を入れたのはデザートの選定だけで、それ以外は適当である。それでも、毎日皇宮内のあらゆるところへ連れて行かれて、アレコレを決めていたので、本当に大変だった。自分の自由な時間もほとんど無いようなものだ。


 それでも数少ない自由時間を、私はいつもこの公園で過ごしていた。理由は簡単で、ここへ来れば友達に会えるからだ。今日も、私が訪れると一足先に先客がいる。


「シモン! ユーリお兄様!」




 私が二人の名前を呼べば、手合わせをしていたらしい二人は木剣を下げて私の方を向いた。ユリウスはあの日からすっかり明るい印象になり、シモンに剣の稽古もつけてもらっている。


 最近は魔法の先生も雇ったらしく、魔法の個人授業も受けているそうだ。自分に足りないことを補って、得意なことや好きなことを伸ばそうとしている。その姿勢は、本気で皇帝を目指していると納得するのに十分だった。


 初めは、ユリウスではクリストフェルの足元にも及ばないと誰もが思っていたが、最近は少しずつ、周りも評価をあらためている。ユリウスは変わった。それもとても良い方向へ。


 私も、それ自体はとても素晴らしいことだと思う。けれどこの一ヶ月は、私が忙しかったせいで二人ばかり仲良くなって、私だけ仲間外れにされている感覚で少しだけ寂しかった。


「アンジー。今日の仕事は終わったの?」

「うん、バッチリ!」


 だから遊んでと、私は視線で二人に訴える。そうすれば、シモンとユリウスは顔を見合わせて笑っていた。そして、ユリウスは私に木剣を渡してくれる。


「手加減しろよ、シモン。妹に怪我させたら許さないからな」

「心配ねえよ。こいつ俺より強いから」

「ふふん、ちゃんと訓練してるか、お手並み拝見ね」




 この一ヶ月間で、私は少し体力もついたし、骨と皮ばかりだった腕も人並みの細さになっている。たくさん食べて、たくさん寝たおかげだろう。


 この調子で健康的な生活を送れば、すぐにエルサのように剣を振るえるはずだ。私とシモンは距離を取って剣を構えると、手合わせを開始する。


 結果から言えば、今回もシモンの勝ちだった。私の体力や力が弱いのも当然あるが、それ以前にシモンの成長が著しい。シモンは才能があるし、根は真面目なので、訓練にちゃんと参加すれば立派な騎士になれるだろう。


 その日を楽しみにしながら、私たちは三人で休憩していた。噴水の横にあるベンチで三人並んで腰掛けながら、他愛のない話に花を咲かせている。話題は自然と、明日のパーティーのことだった。


「そう言えば、誕生日パーティーには誰が来るの?」

「私も聞いたんだけど、全然覚えられなかった。多分この国の貴族は大体来るんじゃないかな?」

「そっか、じゃあポールソン伯爵もいらっしゃるかな……」


 そう言って、ユリウスは表情を暗くする。私は、ポールソン伯爵という名前に聞き覚えがあって、記憶の糸を手繰った。確かに、招待客のリストにはいたと思う。


 それから、セリーヌに「絶対に覚えるように」言われたリストの方に名前があったはずだ。




 ということは、皇室の関係者だろうか。私は必死に記憶を掘り起こす。貴族の名前はどれも似たようなもので覚え切れる気がしない。それに、どうせ4年後には自分と無関係な人たちだ。ちゃんと覚える必要もないと思っていた。


 それでも、私はどうにかその名前を思い出すことが出来る。


「あ! ポールソン伯爵って、伯父様か!」


 ポールソン伯爵は、皇帝である父親の兄にあたる人だ。父親が皇帝になったとき皇宮から追放されて、ポールソン伯爵家に婿養子となった。そうだ、これだけは忘れてはいけなかった。


 しかしユリウスは暗い表情で一度頷く。それから重たい声でこう付け加えた。


「うん……。あと、僕の母方の実家でもある」


 私は思わずユリウスを見る。それは初耳だ。いや、聞いたかも知れないが、すっかり忘れていた。ユリウスの母親は病弱で、ユリウスを産んだ際に亡くなってしまったと聞いている。そのため、ユリウスは母親のことは全く覚えていないのだろう。


 それでも、母方の実家であれば、ユリウスにとっては強力な後ろ盾のはずだ。しかし、ユリウスはポールソン伯爵家と会うことを嫌がっているように見えた。


 そもそも、母方の実家の現当主が父方の伯父というのは、かなり不思議な感じがする。何か、私が知らないような事情でもあるのだろうか。




 そんなことを考えていると、ずっと黙っていたシモンが、おもむろに私の名前を呼んだ。


「なあ、アンジー」

「ん?」


 いつからか、私たちはクリストフェルが呼ぶのを真似して、お互いを愛称で呼び合っている。最初は少し照れ臭かったが、今はもうすっかり慣れてしまった。


 シモンは、私の顔を見ずに、少し言いずらそうに言葉を探していた。


「その……今、欲しいものとか、あるか?」

「欲しいもの? そうねえ……」


 聞かれて、私は考えてみる。しかし、この一ヶ月で私の欲しいものはほとんど手に入った。侍女たちも私に不便がないように何でも揃えてくれるし、皇帝も晩餐会で顔を合わせるたびに何か足りないものが無いか聞いてくる。


 なので、私は何も困っていなかった。欲しいのは平凡な生活だけ。それも4年後には手に入る。今の私は全ての人に申し訳ないほど恵まれていた。


「もう十分すぎるくらい与えられて、お腹いっぱいって感じね」

「……そっか、そうだよな」




 私の返答に、シモンは何故か残念そうに項垂れている。そんな私たちを見て、ユリウスも呆れたようにため息をついてから、誰に対してか分からない助け舟を出した。


「でもさ、アンジーは甘い物が好きだろ?」

「うん! でも最近は自分で作るのにハマってるんだ」

「それじゃあ、お花とか?」

「マゼンタ宮の庭園に行けば大体満足するかな……」

「うーん、それならアクセサリ!」

「えっと、もう少し髪が伸びたらヘアメイクできるアクセサリを揃えるつもりよ。ネックレスやイヤリングはもう十分かな。さっきからどうしたの?」


 まるで私の粗探しのようで、なんだかそわそわしてしまう。だが、ユリウスは私とシモンの顔を交互に見てから、深くため息をついた。


「まあ、高級な宝石を欲しがるような子じゃなくて良かったよ。ねえ、シモン?」

「う、うるせえ!」

「なになに? なんの話?」


 全く話が読めない私を無視して、シモンは何故か怒ったように一人で行ってしまう。その後ろ姿を見ながら、ユリウスは何度目かのため息をついていた。




「しまった、やり過ぎたか……」

「何を?」

「良かれと思ってやったことが、本人には余計なお世話だったみたい」


 結局要領を得ないまま、私は首を傾げる。男同士にしかわからないことかも知れない。前世の時も、こんな感覚になったことが何度かあった。


 仲間外れにされているようで少し寂しいが、仕方がない。私は気を取り直して、ベンチから立ち上がると、ユリウスに言った。


「お兄様、明日の誕生日パーティー、絶対に来てね!」

「もちろん。アンジーのお祝いだから、必ず出席するよ」


 その言葉に私は安心する。敵だらけのパーティーになることは間違い無いので、一人でも味方は多いに越したことはない。これを毎年企画したり、他の兄姉のパーティーにも出席する必要があると考えると、うんざりする。


 だが、それもたった4年の辛抱だ。私は落ち込んだ時にはその言葉を合言葉としている。平和に、何事も起きずに、明日を乗り越えようと、私は何度も心に誓うのだった。







 誕生日パーティーは夕方から人が集まり始める。会場となるプラチナ宮の前に馬車が並ぶのを窓から見ながら、私は少なからず緊張していた。パーティーの主役になるのは、前世と合わせても初めての経験である。


 これなら戦場に出た方が全然マシだ。そう考えながら、私は鏡の前で自分の姿を確認した。肩より少し伸びた髪は、相変わらず毛先に掛けて金色に色づいている。


 どうにかヘアアレンジが出来る程度の長さになったが、まだまだ殺風景な髪型ではあった。それを補うように、イヤリングとネックレスは宝石をふんだんに使用している。目が痛いほどの輝きだ。


 更にドレスは髪の色に合わせてピンクと金色を基調としている。花の精霊のような愛らしいデザインで、私が適当に選んだものが決まってしまった。


 本当にこれで良かったのか分からないが、皆んな似合っていると褒めてくれるので、きっと大丈夫だ。


 緊張する。そうして部屋の中でそわそわと過ごすと、部屋の扉が開いて皇帝が立っていた。誕生日パーティーは、主役は必ず皇帝と共に入場するのが決まりだった。


 皇帝は、私の姿を見ると嬉しそうな笑顔を見せる。


「今日は一段と綺麗だな、アンジェリカ」

「あ……ありがとうございます。変じゃないでしょうか?」

「変なはずがないだろう。もしそんな事を言う輩がいれば、その場で切り捨ててやろう」




 冗談なのか本気なのか分からない事を言いながら、皇帝は私に手を差し出した。私は、おずおずとその手を取ると、皇帝にエスコートされて会場へと向かう。


 ヒールが歩きづらい。緊張で喉が乾く。会場の扉の前に立てば、自分の心臓の音が大きく聞こえた。そして、皇帝が命じれば、華やかな音楽と共に扉が開かれる。


「アンブロシウス・ルクレッシオ皇帝陛下、並びに、アンジェリカ・ルクレッシオ皇女殿下、御入来!」


 その声と共に目の前が光に包まれた。煌びやかに装飾されたプラチナ宮のパーティーホールの明かりが目に眩しい。


 思わず目を細めている間、皇帝に手を引かれて一歩前へ進み出れば、次に目を開いた時、会場中の人々の視線が私たちに集まっていた。幾対もの視線が、様々な感情を持って私たちに注がれている。


 それは、決して気分がいい物ではなかった。シンと静まり返る会場に、私は嫌な汗が流れる。そう、アンジェリカが公式の場に姿を見せるのは、これが初めてとなる。


 やがて、私の姿を見ることに満足した貴族から順に、頭を下げた。それは波のように、会場中の人たちが私たちに頭を下げていく。同じ皇族である兄姉たちと、皇妃たちを除いて。


 そしてその中で唯一、頭を下げない貴族がいる。その男は貴族たちの中で、じっと私たちのことを――いや、皇帝を見ていた。その男が何者なのか、私は少しわかる気がした。




 やがて、父親が手を挙げる。そして貴族たちに言った。


「みな、顔をあげてくれ。今日は私の末娘のために集まってくれて感謝する。パーティーを存分に楽しんでほしい」


 そう言うと、貴族たちは順々に頭を上げて、盛大な拍手が巻き起こる。そして、再び何事もなかったかのような喧騒に戻っていく。私はまだ幼いし、デビュタントも終えていないので、こういう場では発言を求められない。


 このままデビュタントを迎える前に皇宮を出る。そう強く思った。


 私たちが曲線を描く階段をゆっくりと降りてくると、近くにいた貴族たちから順に挨拶にやってくる。何処家の何某と順に挨拶をしてくれるが、私はニコニコと笑顔を作って彼らの挨拶を聞くに徹した。


 正直、貴族の名前はほとんど覚えられていない。精一杯覚えたのは、セリーヌに最低限覚えておけと言われた5家くらいだ。


 先ずは『アーネル公爵家』。この国で最も有力かつ唯一の公爵家で、第二皇妃の実家でもある。つまり、エレオノーラの後ろ盾だ。なので、私は近づかないのが吉だろう。


 次に『ベルマン侯爵系』。第一皇妃の実家であり、今はアーネル公爵家を凌ぐ影響力を持つ。つまり、クリストフェルの後ろ盾になる。


 次に『ハルネス子爵家』。子爵家ながら有名な騎士や学者を多く排出しており、第三皇妃の実家でもある。つまりは双子の後ろ盾。ここも近づかないのが吉だろう。


 次に『ヴォルゴード男爵家』。主に騎士を輩出している貴族で、現皇帝の母方の実家に当たる。私から見ても一応親戚に当たるので、挨拶するべきだろう。


 そして最後に、『ポールソン伯爵家』。




「誕生日おめでとう、アンジェリカ」


 その時、私に直接声を掛けてくる人がいた。どの貴族も私の誕生日パーティーだと言うのに、皇帝にばかり話しかけて私に見向きもしないので、少し驚いてしまう。


 私は平民の子なので、どの貴族も軽んじているのがよく分かったし、それが当然だと思う。しかし、声を掛けてきた主は、とても親しげに私の名前を呼んだ。


 むしろ、これでも一応皇女の立場にある私を、呼び捨てにできる人間は、この場に少ないだろう。私が声のした方へ目を向ければ、先ほど唯一頭を下げていなかった男が立っている。


 金色の髪に、皇室の瞳。皇帝とよく似ているが、皇帝と比べると随分老けて見えた。それは彼が、皇帝の兄であることと、気苦労が絶えないことを物語っているようだ。


 私は、深く頭を下げる。初めて会うはずだが、この人が誰なのかすぐに見当がついた。


「初めまして伯父様。本日はお越し下さりありがとうございます」


 私が挨拶をすれば、他の貴族と話していた皇帝も気がついたらしい。振り返ると、とても嬉しそうな笑顔を見せている。


「おお、ヒューゴ! 久しぶりだな!」

「アンブロシウス。お前こそ、元気にしていたか?」




 二人はハグと共に、兄弟愛を確かめ合っているように見える。しかし、私の目にはそれが何処か表面上のように見えた。具体的には分からないが、何処かわざとらしく、仲睦まじいのを演じているようにも見える。


 そして、ヒューゴの隣にいた赤髪の美しい女性が控えめに頭を下げた。何処かユリウスと面影が似ているような気がする。


「そう言えば、紹介したことがなかったな。彼女は私の『新しい』妻、マヤ・ポールソンだ」

「ソフィアの妹の、マヤです。初めてお目に掛かります、陛下」


 そう言ったポールソン夫妻の言葉は、何処か刺々しい。ソフィアは、亡くなった第四皇妃の名前だったはずだ。つまり、この女性は第四皇妃の妹だろうか。


 皇帝は、マヤの顔を見ると、何も言えずに押し黙っている。その表情を見ると、マヤは妖しく笑った。


「姉が、お世話になりました」

「そ……そうか、ヒューゴはマヤ令嬢と結婚していたのか」

「ああ、そう言えばお前に伝えていなかったな。私たちには娘もいるんだ。紹介しよう」


 すると、二人の陰に隠れていた少女が、恥ずかしそうに前に進み出てくる。赤い髪は長く艶やかで、緑の瞳は新緑のように瑞々しい。母親に似た美しい少女は、小さな声で挨拶した。


「アストリッドです。初めまして……」

「この子も今年8歳になるんだ。アンジェリカと同い年だから、友達になってくれたら嬉しい」




 そう言って、ヒューゴは私の方を見る。私は、その瞳が何処までも冷たくて、少し怖くなった。しかし、彼のすぐそばにいる少女は、父親の言葉に対して嬉しそうに私を見ている。


 確かに、皇宮には歳の近い女の子はいない。そう言う意味では、従姉妹に当たるこの少女は、私の友達としてぴったりなのだろう。だが、何処か薄ら寒いものを感じる。何かの策略のようで、少し怖い。


 そう思っている間に、アストリッドは私の側に駆け寄ってくる。そして、私の手を握ると無邪気な笑顔を見せた。


「初めまして皇女殿下。私と、友達になってくれませんか?」

「えっと……」


 私は思わず皇帝の顔色を窺う。皇帝は、何処か青い顔をしていたが、私の視線に気がつくと無理に笑って見せる。そして、一度頷いた。


「アンジェリカも、女の子の友達が欲しかっただろう。仲良くしてやりなさい」

「……はい、お父様」




 本当に良いのだろうか。私は目の前の少女に目をむける。私より背が高いのは、私が小さすぎるだけでこれが標準なのかも知れない。アストリッドは、一見無害そうに見える。


「そう言えば、ユリウスは何処にいる?」

「ああ、アレは後で来るよ。本当は最初から出席する予定だったが、体調が悪くてな」


 ヒューゴに言われてみれば、ユリウスの姿が見えない。昨日は元気そうに見えたし、必ず出席すると約束してくれたのに、おかしな話な気がする。


 しかしヒューゴは、その言葉を聞くと残念そうに目を細めた。


「そうか、最後に会ったのは赤子の時だったから、顔を見ておきたいんだ。きっと、母親によく似ているのだろう」

「……そうだな」


 ユリウスの話をするときのヒューゴは、何処か恐ろしい目つきをしていた。それは、怨念にも愛憎にも狂気にも似ている。もしかすると、皇帝が意図的にユリウスとヒューゴを合わせないようにしているのだろうか。




 そのとき。




 私の身体に、飛沫が掛かる。見れば、エレオノーラが隣に立っていた。主役の私よりも煌びやかなドレスを着て、手には空のグラスを持っている。


 グラスの中身は、私のドレスを濡らしていた。


 隣で、アストリッドが小さく悲鳴を上げるのが聞こえる。私は、侍女たちが用意してくれたドレスがジュースで汚れているのを、見下ろしてから、ゆっくりとエレオノーラを見た。


 エレオノーラは一度ほくそ笑んでから、直ぐに心配そうな表情に切り替わる。


「大変! 大丈夫、アンジェリカ!? 私の不注意でごめんなさい。でもこのドレスでパーティに参列し続けるのは無理ね、直ぐに控え室に行かないと」


 まるで心配する優しい姉のような声色で、私の肩に触れる。そして私の耳元で低く呟いた。


「此処は、アンタみたいな子がいて良い場所では無いのよ」




 私は、深く息をついた。


 本当に、なんて浅はかな女なのだろう。私がここで怒ったとしても、泣いたとしても、皇族としての品位が――などと私のことを貶めるつもりのようだ。


 本当に、性根が悪くて、残念な女。


 ざわざわとしながら私の様子を窺う貴族たちを横目に見る。皇帝も、驚いたように私とエレオノーラを見ていた。


 大体どういう状況か予想はついているかも知れないが、アーネル公爵家もいる状況で証拠もなく、エレオノーラを叱ることはできないだろう。


 仕方がない。私は冷静に息をついた。先ほどまであんなに緊張していたのに、今はその緊張も感じなかった。そう、ここは戦場だ。500年前に、嫌になるほど身を投じた場所だ。


 私はエレオノーラに背を向けて、彼らに向き直る。そして、毅然とした態度で言った。


「このような姿で、申し訳ございません。ですが、ご心配には及びません」




 私の中に、ずっと葛藤があった。けれど、それももうどうでも良い話だ。だって私は、何はともあれ4年後に自由の身なのだから。


 息を吸い込む。そして、身体の中の魔力を操ると、私は自分のドレスにその魔力を集中させてから、呪文を唱えた。


 それは【復元の魔法】。戦場でも、傷ついた仲間を治したり、壊れた建物を元に戻したりしてきた魔法だ。時には、都市を丸ごと1つ、復元したこともある。


 私が、この場の誰にも聞き取れない呪文を唱えれば、みるみる内にドレスへ染み込んだジュースが滴となって躍り出ると、まるで住処へ帰るようにエレオノーラの持つグラスの中へと収まっていく。


 その幻想的な様子を誰もが息を呑んで見守っていた。


 魔法のおかげで、私のドレスはシミひとつ無い元の状態へと復元される。私は綺麗になったドレスの裾を摘んで美しい礼を見せた。この会場の、全てのひとたちへ向けて。


「お騒がせして申し訳ございません。引き続き、パーティーをお楽しみください」

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