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第12話 覚悟

 皇帝は執務室で書類に目を通していた。しかし全く内容が頭に入ってこない。先ほどの晩餐会で、アンジェリカの見せた涙が、頭からずっと離れなかった。


 皇室のしきたりについては誰もが知っていることで、周知の事実だと思っていた。だが、物心着く頃から監禁されていたアンジェリカには、初耳だったのだろう。


 少し考えればわかることだ。そんな簡単なことに、気づいてあげられなかった。あの子がどれほど傷ついただろうか。想像するだけで胸が痛い。


 ショックだっただろう。ずっと此処で暮らしていけると、そう思っていただろう。母親とも生き別れたあの子は、他の子供達と違って、皇宮を出たら身を寄せる所もない。そんなことにも、気がついてあげられなかった。


 皇帝は、ペンを置くと深く息を吐き出す。アンジェリカのために出来ることはしてあげたい。3年間辛い思いをさせてしまったのだから、これからは幸せに生きてほしい。


 だが、今の皇帝にしきたりを変えることは困難だった。このまま順調に進めば、ほぼ間違いなくクリストフェルが皇帝になる。つまり、4年後にアンジェリカは皇宮を出て行くことになるだろう。




 ふと、執務室の扉が軽くノックされた。皇帝は内容が頭に入らない書類仕事を端に除けると、重たい声で尋ねる。


「誰だ?」

「クリストフェルです。お父様、入ってもよろしいでしょうか?」


 皇帝がその言葉に許可を出せば、クリストフェルが扉を開けて入ってきた。そして、思い詰めたような皇帝の顔を見ると、彼は呆れたように笑って見せる。


「そんなに思い詰めていたんですか?」

「むう……」

「本当に、お父様はお優しいですね」


 そう言いながら、クリストフェルはソファに座った。ついでに部屋の中に控えていた侍女にお茶を持ってくるように伝えると、部屋の中には皇帝のクリストフェルの二人だけになる。


 皇帝も執務机から離れて、クリストフェルの向かいのソファに腰掛けた。そして、まだ16歳の息子に問いかける。


「私は優しいか? 冷酷な父親だとは思わないか?」

「いいえ。お父様は優しすぎます。この『しきたり』についても、優しすぎるくらいですよ」

「……なら、お前ならばどうする?」




 クリストフェルは父親の瞳を見つめ返す。この人は、優しい。本当に、息子の自分が呆れてしまうほどに。


 皇室のしきたりは、500年前から始まったものだ。数代前の皇帝から、ずっと守られている。だが現皇帝である父親は、自分が皇位に着いた際、このしきたりを、【改変した】のだ。


 そもそもこのしきたりが始まったのは、戦争に負けて、皇女を王国に引き渡したことが原因だった。ルクレッシオの皇室に伝わる伝統ある『瞳』を、他国に流出させた事を嘆いた当時の皇室は、今後二度と同じことが起きないように誓ったのだ。


 そして、『皇位継承の際、他の兄弟を全員殺す』という、狂ったようなしきたりが生まれたのだった。


 その『しきたり』はずっと守られてきた。500年の間に、多くの皇族が亡くなり、それと引き換えにこの美しい瞳は、皇族だけの色として守られてきた。


 だが、現皇帝は自分が皇位を継いだ時、そのしきたりを拒んだのだ。それは、唯一の兄弟である、愛する兄を守りたい一心であり、この瞳と兄の命は比べ物にならないという主張だった。


 勿論多くの貴族に反対されたが、それでも決して、兄を殺さなかった。そんな彼の事を、皇帝に相応しくないと呼ぶ声も多く、それはやがて緩やかに国内を混乱させていった。


 長男であるクリストフェルは、その混乱の事を知っている。覚えている。彼自身も当事者として。その頃の事を思い出してしまい、少し表情を暗くした。


 今はまるで過去のことのように誰も話題に出さないし、皇帝のことを相応しくないという者もいなくなった。それでも、クリストフェルの心の中には、ずっと蟠りが残り続けている。




「伯父様を守りたかった。その気持ちは分かりますが、私はやはり、お父様はしきたりに従うべきだったと思いますよ」

「ならば、お前は皇帝になった時、自分の弟妹たちを殺せるか?」


 その言葉に、クリストフェルは瞳を閉じる。妹と弟たちの顔が順番に脳裏へと浮かんだ。エレオノーラ、フェリクス、ヴィリアム、ユリウス、そしてアンジェリカ。


 決して彼らと仲が良いとは言えない。自分がいくら愛していても、他の弟妹たちが自分を愛していないことも知っている。暫く考えてから、クリストフェルはゆっくりと瞳を開けた。その顔は、悲しさを湛えている。


「――……私もやはり、貴方の息子なのでしょう」


 その言葉に、皇帝は安堵の息をついた。【あんな経験】をしておきながら、クリストフェルは弟妹たちを恨まず、優しい子に育ってくれて、本当に良い子だと思う。誰よりも優しく、誰よりも皇帝に相応しい子だ。


 他の弟妹たちに恨まれようとも、クリストフェルは絶対に彼らの事を殺さないだろう。例え、父親と同じ過ちを繰り返すことになったとしても。


 この瞳の色には、子供たちの命を奪うほどの価値がない。クリストフェルも同じ考えだと知れて、安心する。




 一方クリストフェルは、晩餐会でアンジェリカが見せた涙を思い出す。そして膝の上で固く手を握り締めると、ずっと考えていたことを口にした。


「お父様。私から提案があるのですが……――」


 すると、丁度そのタイミングで、再びドアをノックする音が聞こえてくる。お茶を淹れに行った侍女が戻ってきただろうか。魔が悪いなと、二人は会話を止めて、皇帝がドアの向こうへ声を投げた。


「誰だ?」

「ゆ、ユリウスです……」


 予想外の名前に、皇帝とクリストフェルは顔を見合わせる。それからお互い頷くと、皇帝はユリウスを招き入れた。


「入りなさい」


 ゆっくりと扉を開けて、ユリウスが入ってくる。赤い髪は彼の顔を覆い、表情を読むことはできない。しかし、どこか緊張した様子だと伝わってきた。


 ユリウスが皇帝の執務室を訪れるのは初めてだ。いつも怯えて、皇帝と目を合わすことも出来ない。そんな子が、今夜此処を訪れた。いったいどんな要件だろうか。


 ユリウスは、部屋の中にクリストフェルの姿を見とめると、驚いた反応を見せる。そんなユリウスにソファを譲ってやりながら、クリストフェルが言った。


「俺はこれで失礼するよ。お父様、お話の続きはまた明日……――」

「ま、待ってください!」




 立ち去ろうとするクリストフェルを、ユリウスは慌てて呼び止める。そして、一度大きく深呼吸すると、震える声をどうにか抑えて口を開いた。


「お二人に、聞いてほしいです……」

「ほう? いったい何の話だ」


 皇帝は、ユリウスから自分に話があるという状況が、非常に興味深かった。このまま影のように隠れて、目立たず、ひっそりと生きていくと思っていた、自分の5番目の子供。


 この子は、母親に良く似ている。まるで生き写しのように。


 そんなユリウスの顔を、見るのが辛いと思った時期もある。愛する第四皇妃を奪った子供を、憎んだ時期もある。けれどそんな気持ちすら忘れさせてくれたのが、アンジェリカの母親である『モニカ』だった。


 今では、ユリウスと対峙しても負の感情は浮かばない。この子の話に、ちゃんと耳を傾けることができる。


 ユリウスは、ソファに座ることもなく、皇帝とクリストフェルの顔を交互に見る。そして、前髪の奥の瞳に決意を宿して、言葉を紡いだ。


「僕から、提案があります……――」







 夢を見た。


 エルサは、一人で王宮を歩いていた。戦争が終わり、ヴェルヘルムの勝利で終わった後の話だ。その功績を讃えられ、エルサは王宮の専属魔導士となった。僅か二十歳にして最年少、更に平民からの抜擢は異例の快挙である。


 まだまだ戦争の後片付けが多く、目紛しい毎日を過ごしていた。その日も、遅くまで戦争の後処理に追われて、夕食を摂る時間もなく時刻は深夜に差し掛かっている。


 お腹を空かせて一人で歩いていると、剣が空を斬る音が聞こえてきた。聞き馴染みのある音に引き寄せられるように、エルサは音のする方へ足を向ける。そして、音の出所を探れば、予想通りの光景が見えてきた。


 レオナルドが、一人で剣の練習をしている。戦争も終わったと言うのに、熱心なことだ。エルサは、少し呆れたような口調で、戦友に声をかける。


「君は相変わらず剣術バカだね」


そう言われれば、レオナルドはエルサを一瞥した。それから、再び前を見て剣を振るいながらエルサに言う。


「魔術バカの君に言われたくないね」

「私たちはバカ同士お互い様。どうしたの、何か悩み事?」




 戦争中、レオナルドはいつも迷うと剣を握っていた。戦術に迷った時、読みが外れて多くの犠牲者を出した時、大きな選択を迫られた時。


 ずっと側で見てきたので、エルサには分かる。レオナルドはいま、何かに迷っていた。


 戦争も終わったと言うのに、いったい何に頭を悩ませているのだろう。だが、レオナルドが何かに迷った時に、話を聞いて助言をするのは、エルサの役割でもあった。それは、レオナルドが心を許す戦友としての務めである。


 今までもずっとそうだったように、エルサが尋ねれば、レオナルドは手を止めた。そしてゆっくりとエルサの顔を見ると、暗い表情でこう告げる。


「僕は、王になる」


 それは、全くもって意外でもない言葉だった。レオナルドはこの国唯一の王子で、戦争でも沢山の功績を上げた。民からも愛されて、兵士たちからの信頼も厚い。もちろん、エルサもレオナルドのことを尊敬している。


 遅かれ早かれ、彼が王位を継ぐのは明らかだった。戦争が終わってすぐなので、少し早いと感じるくらいだ。だが、エルサは自分の気持ちを正直に伝えた。


「そうなの、おめでとう」

「……」

「悩んでいるのは、それだけじゃなさそうね?」




 レオナルドは、エルサの祝福を素直に受け入れられない様子だった。王位を継ぐことは、彼にとって大きな問題ではないように見える。もっと他の何かが、彼の気持ちを沈めているようだ。


 エルサが首を傾げれば、レオナルドはエルサの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。その緑色の瞳は、何とも言えない感情で揺れている。エルサが見たことのないような、複雑な感情に見えた。


 レオナルドは、少し言葉に迷ってから、意を決したように口をひらく。


「……結婚することになる。ルクレッシオの皇女と」


 レオナルドは、苦しそうな顔でそう告げると、エルサから視線をそらした。その言葉をすぐには理解出来ずにいたが、エルサの頭も数秒すればだいぶ落ち着いてくる。


 つまり、敗戦国の皇女を嫁にもらうということだろう。それはレオナルドにとって、こんなに辛い表情をするほど、悔しいことなのだろうか。だが、政治的に必要なことだと、理解できる。


 エルサは、どうしたら良いか迷った。戦友が苦しんでいる。どうにか気持ちを楽にしてあげたい一心で、エルサはレオナルドの左手を自分の両手で握りしめた。


 レオナルドが、驚いたようにエルサを見る。月明かりに照らされたその顔を見ながら、エルサは心の底から微笑んだ。


「おめでとう! 自分のことのように嬉しいよ!」




 戦友がこんなに早く結婚することに驚きはするが、それがエルサの素直な気持ちだった。彼の結婚を、心から祝福したい。


 しかしレオナルドは、エルサの言葉にどこか愕然とした顔をする。そして、何かを言いたそうに口を開閉した後、一度固く口を閉じた。さまざまな言葉を飲み込んだ後、レオナルドは確かめるように口をひらく。


「エルサは、僕が結婚して、嬉しいの?」

「そりゃあそうでしょ! 皇女様ってどんな人だろうね、綺麗な人だと良いなあ」

「……本当に? エルサは、何とも思わないの?」


 レオナルドは、自分の持っていた剣を捨てると、両手でエルサの手を握り返した。レオナルドらしくない態度と表情に、エルサは困惑する。どうして彼はこんなに必死なのだろう。


 その理由もわからないまま、エルサは素直に同じことを口にした。


「だから、嬉しいって言ってるでしょ?」

「……僕はもし、エルサが誰かと結婚するなら、嬉しくない」

「何それひっどい! ちゃんとお祝いしなさいよ! まあ、私は君と違ってまだまだ先だろうけどね」




 そう言ってエルサはそっぽを向く。その横顔を見つめながら、レオナルドはか細い声で言った。


「――……そんな日が、一生来なければ良いのに」

「何? なんか言った?」

「いや……――」


 レオナルドは慌てて頭を振る。そして、思い詰めたような表情のまま、エルサに言った。


「エルサは絶対に、僕の結婚式に来ないでほしい」

「何よそれ! そんなに私に祝われるのが嫌なわけ!?」

「……そうだよ」

「ムカつく! じゃあレオも私の結婚式には絶対に呼んであげないからっ!」


 そうエルサが怒鳴っても、レオナルドは気にした風もなく落とした剣を拾うと、エルサに背中を向けた。そうして見えなくなって行くレオナルドの背中を、エルサは怒りと困惑の複雑な感情の中で見つめる。


 ――結局、この後すぐにレオナルドは王様になり、エルサは彼と話をする機会が目に見えて減っていった。そして、エルサは死ぬまでの間に、結局誰とも結婚どころか、恋愛すら出来ないのであった。







 また懐かしい夢を見たせいで、私は目を覚ますとどこか頭が呆としていた。


 それと同時に、やはり知りたくなる。どうして私はアンジェリカとして生まれ変わったのか。その理由を。


 ひとつ考えたことがある。現代の魔法では不可能かも知れないが、エルサの知る『魔法』であれば、死んだ人の記憶を現代に蘇らせるなんて芸当も可能かも知れない。


 エルサが覚えていた魔法はほとんどが戦いに使用する物だったので、破壊と破滅の呪文ばかりだった。ならば、エルサの知らない種類の古代魔法があってもおかしくないだろう。


 いったい誰が、何のために、エルサの記憶を500年後に蘇らせたのか。その理由を知りたい、知らなくてはいけないと思った。


 私は今日も一人で図書館へ来ていた。調べ物をするなら、やはり此処が足掛かりとなる。前回は大雑把に魔法の本を探してしまったが、古代魔法に絞って探せば、また何か違うものが見つかるかも知れない。


 そんな思いで図書館の中をぐるぐる彷徨ってみるが、どこに何の本があるのか広すぎて検討がつかなかった。しまった、誰か侍女を連れて来ればよかったと後悔していると、ふと人の姿を見つける。


 よかった。この人に聞いてみよう。そう思って私はその人に声をかけた。




「すみません」

「ああ。アンジェリカ!」


 振り返った人は、嬉しそうに私の名前を呼んだ。しかし、私は相手が誰なのかすぐには分からず、つい言葉が詰まる。とても親しげだが、こんな知り合いがいただろうか。


 赤い髪に、緑の瞳。そしてどこか聞き覚えのある声。私は記憶を辿り、ようやくひとつの名前に辿りついた。


「え、ユリウスお兄様!?」


 私が驚くのも無理はなく、ユリウスはいつもの暗い髪型ではなく、さっぱりと髪の毛を整えていた。アシンメトリーに切り揃えられた髪は、彼の端正な顔をよく見せてくれる。


 今まで前髪で隠していたのが勿体無いほどの美しい顔立ちに、私は思わず愕然とした。


「うん、髪を切ってみたんだけど……どうかな?」

「とってもお似合いです!」


 私はつい食い気味にそう答えた。私にそう言われて、ユリウスはどこか照れくさそうに笑っている。




 しかし、どういう心境の変化だろう。ユリウスは今まで自分の顔を晒すのが嫌だったように思える。そんなことを考えながら、私があまりにもジロジロとユリウスの顔を見ていたせいか、彼は少し困ったように笑った。


「ちょっとした心境の変化だよ。でも、アンジェリカに気に入ってもらえたなら良かった」

「どういう心境の変化ですか?」

「えっと、昨日ちょっと……お父様とお話ししたんだ」


 それはとても意外な答えだった。ユリウスは誰よりも皇帝を苦手としている思っていた。皇帝と話した内容より、皇帝と話そうと思った心境の変化の方が気になる。


 すると、ユリウスも私の顔を見つめ返してきた。可哀想なものを見るような表情に、私は居心地の悪さを感じる。そうだ、昨日は晩餐会から泣いて逃げ出したのだ。まさか嬉し泣きだとはバレていないとは思うが、あまり理由を追及されたくない。


 ユリウスは、私が目をそらすのを見て、何かを心に決める。そして、決意を固めるように私の名前を呼んだ。


「アンジェリカ」

「は、はい?」


 名前を呼ばれれば、私もそらした瞳を再びユリウスに戻すしかない。そうして目が合うと、ユリウスは優しげな瞳の中に、確かに強い意志を感じさせた。


「僕が、皇帝になるよ」




 その言葉の意味を理解するのに、数秒掛かる。


 今、皇帝になると言っただろうか。ユリウスが、クリストフェルを差し置いて。確かにまだクリストフェルが正式な後継者とは決まっていない。誰が後継者か決まるのは、4年後だ。


 だが、この4年の間にユリウスがクリストフェルを上回れるとは、今のところ想像もできなかった。けれど、ユリウスは本気だ。冗談や、軽い気持ちではないことがわかる。


 私がその言葉に反応できないでいると、ユリウスは宣言だけして満足したらしく、すぐに話題を変えた。


「ところでアンジェリカは何の用事で来たの?」

「あ、えっと……古代魔法についてもっと知りたくて。この前お兄様は喪われたと言ってたけど、たとえば現代にも残っている可能性はないか、とか」


 ユリウスの宣言に上手く反応できなかったので、私もその話題転換へ乗っかることにした。そして、ユリウスは私の用事を聞くと、少し考えてから歩き出す。私はその後を黙って追った。


「古代魔法は現代では喪われてしまったけど、アンジェリカの言う通り、密かに受け継がれているって都市伝説もあるんだ」

「本当ですか?」

「うん。彼らは『妖精神教』っていう、一種の宗教団体なんだけど、妖精族を神として祀っているんだよね。だから、妖精族の残した古代魔法も、彼らは密かに受け継いでいるんじゃないかって噂なんだ」




 宗教団体とは、確かに都市伝説じみた内容だと思う。それにそのような名前の宗教は、私も聞いたことがなかった。


 ユリウスは、目当ての本棚の前で足を止めると、妖精神教について書かれた本を探し始める。そして、数冊の本を棚から取り出すと、それをアンジェリカに手渡した。


「はい。古代魔法について書いてあるかは分からないけど、妖精神教について書いてある本はここら辺かな」

「ありがとうございます、お兄様……」

「また困ったことがあったら、いつでも僕を頼ってね」


 まるでクリストフェルのような言葉を残して、ユリウスは行ってしまう。その後ろ姿や喋り方が、私の知るユリウスのものとは少し違くて、私は不思議な気分だった。


 ユリウスはいったい、皇帝と何の話をしたのだろう。いったい何が、彼をあそこまで変えたのだろう。


 皇帝になる。そう宣言したユリウスの気持ちが分からないまま、私は探してもらった本を抱え直す。そしてユリウスのことが気になって何度か後ろを振り返りながら、私は図書館の出口へと向かうのだった。

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