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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第三章 隠れ家の厩舎|昼|イオアンはエルと別れる
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第78話 告白2

「……分かったよ。俺とブッケルムへの気持ちは嘘じゃない」

エルがイオアンへ顔を向けた。

「でも、どうして俺に教えてくれなかったんだよ」


「私がセウ家の嫡男であることをか?」

「そう。首を吊るぐらいなら、話してくれれば良かったのに……」


「……嫌われるのが怖かった。私からアルケタが離れ、バルバドスも離れ、ブッケルムまで手放すことになった。そのうえ、新しい友人であるお前まで失うことが耐えられなかった。もちろん私たちの住む世界は違うだろう。そうだとしても、どうせ死ぬのなら、美しい関係のままにしておきたかった……」


「でも俺には分からないよ、なんで死のうとするんだ?」

エルは首を横に振った。

「いろいろ苦労もあると思うけど、セウ家の嫡男なんだ、力はあるんだろう? 自分の好きなようにすればいいじゃないか」


「それは……私がいないほうがいいからだ」

「そんなわけないだろ!」


「……ベッドで寝たきりだった頃、私が寝ていると思って、家臣たちがよく小声で相談していたものだ。ほとんどの者が、アルケタがセウ家を継ぐことを期待していた。私だって同じ立場なら、そう思うだろう。だが父上はそんな素振りは絶対に見せなかった。いっぽうでタタリオン家のほとんどの重臣たちは、私が後を継ぐことを望んでいた。圧倒的な力をもつ父上や、市民や兵士たちに人気のあるアルケタより、私のほうが御しやすいと考えていたんだろう。


それも分からなくはないんだ。どこの伯爵家や領主だって、必死に生き残りをかけて戦っている。そして父上も元気だとはいえ高齢だ。つまりセウ家の後継者を巡って、セウ家だけでなく、タタリオン家が二分されている状況だった。もちろん私だって、自分を中心に世界が回っていると考えてるわけじゃない。だが、十代の少年の心は敏感だ。深夜ベッドの中でいろいろ考えているうちに、自分がいなくなればいい。そうすれば、すべてが丸く収まると考えるようになった……。


いや、本心は違うな。私が死を望んだのには、もっと単純な理由があった。ずっと私は怯えていたんだ。恐怖から自由になりたかった。自分の無能さが暴かれるんじゃないかといつも他人の目を気にしていた。そして、それ以上に私は自分が恐ろしかった。自分の中にどす黒い欲望が蠢いているのを感じていた。すべてを支配したい、すべてを破壊したいという衝動的な欲求。その力に飲み込まれそうだった……。


だから、できることなら〈綺麗な首飾り〉を誰かに渡して楽になりたかった。だが、それも選べない。父上が許してくれないからではなく、私自身が首飾りを手放せないからだ。首飾りを放棄したら私は無になってしまう。この世に存在する価値がなくなる。だから私は身動きが取れなかった。もう行き止まりだった……」


「……それで、死にたかったの?」

とエルが囁くように小さな声で訊いた。


「……だが、結局それすらもできなかった」

エルの言葉が聞こえていないようにイオアンは続けた。

「二度試みて、二度失敗した。おそらく私は神々にも馬鹿にされているんだろう」


エルが立ち上がって、イオアンを見上げた。

「その首飾りを手放しても、きっとイオアン様は生きていけるよ。セウ家の嫡男なんて忘れて、楽になればいい」


初めてエルがいるのに気づいたかのように、イオアンがじろりとエルを見つめた。


「お前なんかに私の何が分かる? 私にしかできないことがあるんだ。特別な使命があるんだ。私は選ばれし人間なんだよ!」

話しているうちに、さらにイオアンは激高してきた。

「そのためには〈綺麗な首飾り〉が必要なんだ! 秘密を解き明かし、いつか首飾りの強大な力が必要になるときが来る。何年かかるか分からない、何十年かかるかもしれない。しかし、いつか来るそのときまで私は耐えないといけないんだ。そう、確かにいまの私は無能だ。私を見下している人間がたくさんいることも知っている。だが、何かのきっかけさえあれば殻を破ることができる。このくだらない地上を離れ、空を舞う美しい蝶になれるはずなんだ!」


「……エル、分かるか?」

呆気に取られているエルの肩を、イオアンがぎゅっと掴んだ。

「そういう声がいつもする。根本的に私は邪悪な人間なんだ。すべてを無茶苦茶にしたい、焼き尽くしてしまいたい、そういう気持ちになるときがある。本当に自分が恐ろしくなるんだ。そして、そんな内なる邪悪さと戦うのにもう疲れたんだ……」


そう口にするとイオアンは膝から崩れ落ち、顔を覆って泣き出した。


エルはしばらく驚いた表情で号泣するイオアンを眺めていたが、一歩前に出ると、泣いているイオアンを抱きしめた。イオアンは母親のスカートに縋りつく子供のように、エルのドレスに顔を埋めて泣き続けた。


エルは優しい表情でイオアンを見下ろすと、その銀髪に手を差し入れて頭を撫でた。しばらくイオアンは自分の反応を制御できなかった。この体のどこにひそんでいたのかと思うほどの大量の涙と感情が溢れ出していく。


「……俺は、故郷で大切な人に酷いことをしたんだ」

上からあやすようなエルの声が聞こえた。

「その人から貝殻の首飾りをもらったのに踏み潰して、素敵な思い出も一緒にぐしゃぐしゃにしてしまった。ずっとそれが引っかかっていた。もうあの人のことを思い出すこともできない。でも、これからは違う……」


頭を撫でるエルの手が止まった。

エルが首に巻いてくれた包帯に触れている。

イオアンのうなじのあたりに、まさぐるエルの指先を感じた。

血を吸って固くなっているが、川のほとりでエルがペティコートを引き裂いて、手当をしてくれたことを、イオアンは泣きながら思い出している。


「……いまイオアン様から新しい首飾りをもらったよ。だから俺は、これからはずっと綺麗な気持ちを思い出すことができる……」


エルが鼻をすすり上げる声が聞こえ、その指先がイオアンのうなじから離れた。上からエルの優しい声が聞こえてくる。


「……イオアン様は椅子の上でこう言ったよね。あの人にはあの人の苦しみがあったんだろうと。俺は分かってるつもりだった。でもイオアン様の話を聞いて、みんなそれぞれ違う心を持ってるんだなって気づいたよ。もしかしたら俺は、あの人を怒っていたのかもしれない。先にいなくなって許せなかったのかもしれない。でもいまは許せるような気がする。あの人のことも、復讐しようとしてた今までの自分も。だから、憎しみに縛られていた心も解けそうな気がする……」


エルのひそやかな告白を聞きながら、イオアンは涙が枯れ果てるまで、純白のドレスに顔を埋めて泣いていたのだった。


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