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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第三章 隠れ家|朝~昼|イオアンは古い物語を聞かされ、芝居の稽古に参加し、舞台で演じる
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第72話 王冠

目を真っ赤にしたエルが、カルハースが差し出した縄から後ずさった。

「そんなの嫌だよ……」


「駄目だ、お前に選択肢はない!」

とカルハースが厳しい口調で、エルに詰め寄った。

「本当にイオアン君に騙されていたのなら、これで証明しろ。そうでなければ、お前たちは共謀していたと見なすぞ!」


「騙されてないし、グルでもないよ! 何かの間違いなんだよ!」


「間違いじゃない! イオアン君自身が認めているんだ。結局、正体を明かす気はないようだがな。馬泥棒のことを報告されてみろ、我々が死ぬんだぞ。お前がわざわざ連れてきた、このイオアン君のせいでな!」


「……こんなことになるとは思わなかったんだよ」

「過ぎたことはいい。だから、それを挽回するチャンスを与えようというんだ」


「俺は挽回なんてしたくないよ……」

ぼろぼろとエルは涙をこぼした。


「エル、いいか」

とカルハースは、椅子の上のイオアンを見上げた。

「お前がやらないのなら私がやる。だが、お前の手で彼の首に縄をかけることが、せめてもの慈悲じゃないのか? 自分が招いたことの責任をとるんだ!」


泣きながらエルは、カルハースから縄の束を受け取ると、それを解いて、イオアンの真上を通っている梁に投げかけた。その頭上に縄の端が垂れるように調節し、イオアンの前に、もうひとつ椅子を置いた。


椅子の上に立ってもエルのほうが背が低いので、麻袋を被っているイオアンを見上げることになる。爪先立ちになってエルが、

「イオアン様……」

と囁きかけたので、イオアンも屈んで聞き取ろうとした。


椅子の左右にはダルトンとブシェルが立っているので、ふたりには聞こえないような小声でエルが、

「ねえ、俺だけには本当のことを教えてよ……」

と話しかけた。


「……そういうわけにはいかないんだ」

とイオアンも囁くように答えた。

いちばん自分の正体を知られたくない相手なのだから。

「エル、たぶん私の人生は……ここで終わることに決まっていたんだよ」


エルがすすり泣いた。


「そんなわけないに決まってるじゃないか……」

「エル……私は楽になりたいんだ」

「なんなんだよ、楽になりたいって!」


「私は間違った時代か、間違った場所に生まれたんだ。もしかしたら、その両方かもしれない。これからも同じ苦しみが続くんだろう。もう私は疲れたんだ」


「じゃあ、休めばいいじゃないか!」


「そうだな、休めればいいんだが……だが、心が休まったときがない。エル、私はお前が考えているような人間じゃないんだ。自分のことしか考えていない酷い人間なんだよ。だからもう、私のことは忘れてくれ……」


「俺だって、酷い人間だよ!」

そう叫んだエルは、しゃくり上げながら縄の先で輪をつくった。

「むかし好きだった人が、首を吊って死んだんだ……」


「……いまの私と同じようにか?」

「ううん、その人は自ら死んだんだ。見つけたときには、もう手遅れだった……」

「そうか……かわいそうに」


「そうじゃない、俺のせいで死んだんだよ。俺がその人を追い詰めた!」

エルは、麻袋を被ったイオアンを見上げた。

「だから、あんなことは二度と起こって欲しくない! 俺はこれ以上、罪を背負って生きるなんて無理だよ!」


そう叫んだエルは、イオアンの胸にすがりついて泣いた。イオアンは抱き着いてきたエルの体の震えを感じた。


「ねえ……ふたりでどこかへ逃げようよ」

とイオアンの耳元でエルが囁いた。

「海の綺麗な南大陸がいい。真っ白な砂浜がどこまで伸びてるんだ」


「何を言ってるんだエル、私はイグマスの外では生きていくのは無理だ。何の役にも立たない人間なんだから……」

「大丈夫だって、俺が食わせてあげる」

「私は体は弱いし、お前の重荷になってまで生きたくない」

「重荷なんかじゃないよ、死んじゃったら、そっちのほうが重たいよ!」


ブシェルが椅子の上のふたりを見上げ、次いで、カルハースへ顔を向けたが、カルハースは小さく首を振って、そのままにさせろと合図した。


イオアンは、麻袋の中で重たい溜息をついた。

「生きている以上、この重荷から私は逃げることはできないんだよ」

「どうしてさ?」

「石切り場で見せた首飾りを覚えてるだろう? これをつけている以上、私には責任があるんだ」

「そんなの捨てちゃえばいいじゃん!」

「駄目だ。それこそ私が生きている意味がなくなる……」

「そんなのおかしいだろ。その首飾りのために死ぬなんて!」

「そうだな……おかしいとは思う。だが、この首飾りなしに生きるよりは、首飾りをつけたままの自分で死にたいのさ、この愚かな私は……」


「じゃあ俺より、その首飾りのほうが大事だっていうのかよ!」

とエルがイオアンの胸を叩いた。


「そうじゃない。ようやく楽になれるチャンスなんだ。頼むよエル、私を逝かせてくれ。まだ奥方様のドレスを着ているのか?」


エルは鼻をすすり上げながら、ぼろぼろのドレスを見降ろした。

「そうだよ、もう汚れちゃったけど……」


「そうか、エルは死の天使だな。もう準備はできてるんだろう? その縄を首にかけてくれ。もう私は生きていく意思がない。早く舞台から降りたいんだ」


仕方なくエルは、イオアンの頭の上から王冠を被せるように首に縄をかけた。震える手で短剣を取り出すと、余った縄の先を切り落とす。


「エル、むかし好きだった人が死んだのはお前のせいじゃない。その人なりの何か事情があったんだ。誰にも分からないんだよ、他人の気持ちなんて。たぶん、その人も自分の重たさを支えきれなくて、楽な道を選んでしまった……だから、その人の代わりに、私がお前を許すよ。ブッケルムのことはありがとう。これからは頼んだぞ」


エルが泣き叫びながらイオアンを抱きしめると、それを見たカルハースが合図した。椅子の上のエルは、ダルトンによって引きずり下ろされた。


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