第71話 馬泥棒2
これは、私を脅かすための嘘じゃないのか?
他の公爵家ではなく、どうしてタタリオン家だけを狙ったんだ?
だいたい軍の軍馬なら焼印がしてあるから、市場に売りに出したところで、すぐに通報されるだろう。
やはり、百五十頭の軍馬を盗み続けるなど、不可能なはずだ――。
「……私には信じられない。計算高いお前が、そんな危険を冒してまで軍馬を盗み続けるとは思えない」
「確かにな。だが、我々はただの馬泥棒とは違う。勝算があったからこそだ」
「なんだ勝算というのは?」
「見つからずに盗み出し、確実に金を得られるという仕組みだ」
「盗賊たちには、そんな仕組みがあるのか?」
「我々は盗賊ではない。ただの馬泥棒とは違うと言っただろう。これは、意図的かつ隠蔽された軍事行動なのだよ」
「なに!?」
「我々の雇用主はとある領主でね。その方に命じられて、タタリオン家からそれだけの軍馬を盗み出していたわけだ」
「……そうか!」
とイオアンは麻袋の中から叫んだ。
「それなら市場を通さずに、盗んだ軍馬の代金が直接支払われ、お前たちは維持費も隠す必要もないというわけか……しかし、それでは〈首なし騎士団〉の、どの公爵家にも従わないという規則から逸脱するんじゃないのか?」
「これは対等な取引だからな、相手に従属してるわけではないが、騎士団の信頼を大きく損なう犯罪であることは間違いない。だからこそ、この盗みは誰にも知られてはならなかったんだ。他の騎士たちに知られたら、私たちの命はないからな」
「なぜ、そんな大それたことを……」
「理由か? 我々だって望んでやってたわけじゃない。セウ伯爵が偽証したせいで、生活する術を失ったからだ。生きていくために仕方がなかったのだよ」
そうか、そうだった!
父上が嘘をつかなければ、この者たちも昔の生活を送っていたはずなんだ。
もう、誰が正しいのか分からなくなってきた――。
「それで、その領主の名前は?」
「知りたいかね?」
「もちろんだ! タタリオン家に敵対している領主なら知りたい」
「おそらく、思ってもみない名前のはずだ」
「なぜだ?」
「いまは同盟を組んでいる振りをしているかもしれない」
「では、我々を騙しているということか!」
「我々は詳しいことは訊かなかった。その領主も我々に説明することはなかった。だから彼らの意図は知らない。だが、その領主の名前を知りたかったら、まずは君が正体を明かすことだな。そうしたら我々も教えよう」
とうとう明かすのか?
私がセウ家の嫡男であると告白すれば、その領主の名前を知ることができる。
しかし――それが何になるんだ?
私はメルクリウスに誓った以上、馬泥棒の話も、それを命じた領主の名前も、誰にも話すことはできないのだ。
その領主は、タタリオン家から盗んだ百五十頭の軍馬を保有している以上、いずれ思いもよらない形で攻撃してくるだろう。
西部戦線か東部戦線か?
それだけでも分かれば予測はつくが、どちらにせよ警告することもできない。
私は指をくわえて見守ることしかできないのか?
それがセウ家の嫡男として、あるべき行動だとは思えない。
誓いを破っても報告すべきではないのか?
たとえ、私が神々に呪われようとも。
いや、駄目だ。
災いは、エルとブッケルムへ向かうはずだ。
そのように、メルクリウスに私が誓いを立てたのだから。
私が誓いを破って、タタリオン家への忠誠を果たしたとしても、エルたちに何かあれば罪の意識に耐えられなくなり、いずれ私は命を断つだろう――。
だとしたら、私が正体を明かすことに何の意味がある?
すべては無意味になるのだから。
頭が重たく、締め付けられるように痛い。
押し潰されそうな不安で、胸が苦しく、うまく息が吸えていないからか?
もうこれ以上、私に考えるのは無理だ――。
「イオアン君、黙っていないで、早く正体を明かしたまえ」
のろのろとイオアンは答えた。
「私は……正体を……明かさないことにした」
「馬鹿な!」
激高したカルハースの声が下から聞こえてきた。
「そんなことを許すと思っているのか! 我々の秘密を聞いた以上、君は約束通り、告白する義務がある!」
「分かっている……」
イオアンが疲れたように答えた。
「だが、いまの話を聞いて、タタリオン家に報告しないなど不可能だ。私は必ず約束を破るだろう。だから、いま殺すがいい」
「本気で君は死ぬつもりなのか……?」
とカルハースが愕然とした。
「これは遊びじゃないんだぞ! 正体を明かして黙っていればいい。自分の職務のために命を捨てる気か? まったく馬鹿馬鹿しい。生きるための仕事だろうが! 仕事のために死んでどうする!」
イオアンには反論する気力もなかった。すると、
「そうだよ。報告なんてどうだっていいだろ!」
というエルの叫び声が聞こえた。
「そんなのしなくていいじゃん! もしイオアン様が密偵でも、カルハースは罰さないって言ってるんだから。ねえ、本当のことを教えてよ!」
エルの叫びに胸を突かれたが、イオアンにはどうすることもできなかった。
私はタタリオン家の密偵ではない。
セウ家の嫡男なのだ。
〈綺麗な首飾り〉をつけていることでしか価値がない人間なんだ。
だが真実を知ったら、エルは裏切られたと思うだろう。
それだけは耐えられない――。
「エル、申し訳ない……」
とイオアンは掠れた声で答えた。
「私の存在は、お前が憎んでいるセウ家のためにあるんだ」
「もう! セウ家とかどうでもいいじゃん!!」
というエルの叫び声が心に痛い。
「死んじゃうんだよ? 俺のために本当のことを話してよ、ねえったら!」
「あのとき……私は覚悟した」
言葉にすると熱いものがこみ上げ、体が震えてきた。
「これは、お前とブッケルムを逃がした代償なんだ。本当は、石切り場で死ぬべきだった。だからここで、何者でもない私は死を選ぶべきなんだ……」
「もう、なに言ってんだよ!」
とエルが泣き叫び、それを宥めるカルハースの声が聞こえてきた。
「エル、とても残念だよ。イオアン君はお前ではなく、セウ家に仕えることを選んだようだ。お前はどうなんだ? イオアン君なのか、我々なのか?」
「え……何これ?」
「今度は、お前が証明するんだ。この縄を使ってな」




