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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第三章 隠れ家|朝~昼|イオアンは古い物語を聞かされ、芝居の稽古に参加し、舞台で演じる
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第69話 梁

「舞台って?」

カルハースのマントを掴んだエルが、その顔を凝視した。

「これからやるのは、本当に芝居なのかよ?」


「もちろん芝居さ」

とカルハースは答えたが、髑髏の仮面に隠れてその表情は分からない。

「だが、お遊びじゃないぞ。命を賭けて、魂の底から演じることが必要になる。もしイオアン君が我々を信じさせることができれば成功だ。一人芝居だから演技力が必要になるが、たぶん彼なら乗り切れるだろう。観客が五人しかいないのは申し訳ないと思うが、そのぶん我々も真剣に見てあげないとな」


「もし……信じさせることができなかったら?」

「そんなことは起きないと思うが、芝居は失敗ということになる。舞台から降りてもらうだろう」

「舞台から降りるって……どういう意味だよ」

「降りるのは、降りるさ。二度とその役を演じられなくなるということだ」


麻袋を被ったイオアンを見て動揺しているエルに、カルハースが訊いた。

「なんだエル、もしかして、お前も主役を狙っていたのか? 代わりに一人芝居をやってみたいか?」


「え、俺が!?」

「お前は自分の過去を我々に話してくれないからな。これを機会に、みんなの前で披露するというのはどうだ?」

「俺のことなんてどうでもいいって! それより舞台ってどこでやるのさ。この屋敷にそんな場所はないだろ?」

「お前も大袈裟だな、そんな大層なことをやるわけじゃない。ただの寸劇なんだ。暖炉の前だよ。あっちなら邪魔な物が少ないだろうしな」

「なんだ、そうだったのか……」


ホッとした様子のエルに頷くと、カルハースはイオアンに声をかけた。

「イオアン君、いまの話を聞いただろう。君も移動してくれ」


「絶対に嫌だ」

麻袋を被せられ、椅子に座っているイオアンは身構えるように背中を丸めた。

「お前の芝居など、絶対にやるつもりはない!」


「なぜだ? 我々を楽しませてくれ!」

カルハースが理解できないように、両手を大きく広げた。

「君は誓ったじゃないか、エルとブッケルムのためなら命を賭けると」


「なぜそれが、芝居を演じることにつながる?」

「分からないのか? イオアン君が本当のことを喋りやすくするためさ。ただの役だと思えば、君の気持ちも軽くなるだろう?」

「なるわけがない!」

「君はなにごとも深刻に受け取り過ぎるのが欠点だな」

「……舞台を拒否したら?」

「それはつまり、誓いを破ったのと同じことだ。君の誓った内容に応じて、それ相応の報いを受けることになるだろうな」


イオアンは「それ相応の報い」が何を意味するのか、怖くて訊けなかった。視界が遮られ、いつも以上に怯えやすくなっている。


「イオアン君が正しい台詞を喋りさえすれば、すぐに終わる芝居なんだ」

とカルハースが宥めるように告げた。

「ただ、それができなければ、できるようになるまで厳しい稽古が続くがね」


「結局、お前の言う通りになるだけじゃないか!」


「そんなことはないさ。私が筋書きを決めてるわけじゃない。それを知ってるのは君だけなんだ。分かっているんだろう? これは謎解きの物語なんだ。君が真実を語らない限り、この物語は終わらないんだよ」


黙り込んでいるイオアンを見て、カルハースは困ったような顔をした。


「エルからも説得してくれないか」

「……説得って、何をさ」

「もちろん、芝居をすることだ。観客としてお前も見ているんだから、最高の演技をしてくれと頼んでくれ」


困惑しながらエルは頼み込んだ。

「イオアン様、とにかく向こうへ行こうよ。すぐに終わるみたいだからさ」


だが、イオアンは頑なに動かなかった。

動けるはずがない。

そのカルハースのいう「芝居」とやらを始めたら、正体を明かすか、何か酷い結果になるのは分かっている。


「エル、お前が手を引いてあげたらどうだ?」

とカルハースは提案してから気がついた。

「ああ、縛られてるんだったな! 仕方ない、お前たちが連れていってくれ」


髑髏の仮面を被ったダルトンとブシェルが、椅子に座っているイオアンを両脇から抱え込み、立ち上がらせた。イオアンは抵抗しようとしたが、恐怖のあまり体に力が入らず、引きずるようにして部屋の奥、暖炉の前まで連れていかれた。


暖炉は人が入れそうなほどの大きさである。いまは使われていないので、薪の代わりに白樺や柊などの緑の枝が飾られ、爽やかな森の匂いがした。その前には、大きな狼の毛皮が敷かれている。これらが暖炉の上の燭台の明かりで照らされていた。


カルハースは四脚あった椅子のうち、ひとつを掴むと、天井の太い梁の位置を確かめながら、その真下に置いた。


ディオンが縄を渡そうとすると、

「まだいらない。その前に芝居が終わるかもしれん」

と断った。


ダルトンとブシェルが、イオアンを椅子の上に立たせようとしたが、足がいうことを聞かない。体の大きなダルトンが隣にもうひとつ椅子を置き、吊り上げるようにして、イオアンを椅子の上に立たせた。

足が震えているイオアンの体を、ダルトンとブシェルが両脇から支える。


カルハースが椅子の前に立ち、イオアンを見上げた。


「どうだね、舞台に立つと景色が変わって見えるかね? そうか、それを被っていては何も見えないのか!」

と言って、カルハースはくすくすと笑い声をあげた。

「視界を奪われるのは悪いことばかりじゃない。なぜなら暗闇の中では好きなように思い描くことができるからだ。自由なんだよ。頭の中のイメージが、より鮮明に浮かび上がるだろう? エルと出会ってからのことを思い出してくれたまえ」


そうカルハースに命じられると、努力するまでもなく、暗闇の中にいるイオアンの頭の中で、様々な場面が浮かんでは消えた。


そもそもの始まりはブッケルムだった。

死にそうだったブッケルムを救うために、ヤヌス神殿の市場に向かったのだ。

物乞いのニナに相談し、広場で人形劇を見て、そのあとバルバドスに会って、捕まったエルに引き合わせられた。

そのときは、小汚い掏摸の少年としか見ていなかった。

それが〈首なし騎士団〉の見習いだと聞いてから、気持ちが変わった。

ブッケルムを救いたかったのか、それとも騎士団のことが気になったのか、とにかくエルを説得して、屋敷まで来るように取引をした。

屋敷ではエルに、ブッケルムが自ら死のうとしていると指摘されると、エルを女装させ、盗み出すように仕向けた。

あのとき母上の香水を振りかけたのは、咄嗟の思いつきだった。

泊まっている宿を突き止められないかと思ったのだ。

そのあと屋敷の騎士たちが、エルとブッケルムを追いかけ、あわててイオアンもククルビタに跨って追いかけた。

どうせ旧市街を出たあたりで捕まっているだろうと思っていた。

それが見つからず、ファッシノ河の関所では、大怪我を負った騎士や折り重なった軍馬の死体を見かけた。

ポカテルに先導された峠道では、血の痕だけが残っていた。

そして深夜、へとへとになりながら石切り場の横穴で、再会したエルに短剣を突き付けられた。

そこでブッケルムが本当に〈魔の馬〉であることを知り、エルが〈暁の盗賊団〉の女首領に勘違いされていることを伝えた。

私もエルも逃げ道がなかった。

自分の責任を取るために、死を覚悟して、父上に交渉した。

そして私は死ぬこともできず……だが、家臣たちは撤退していなくなった。

川のほとりでエルに〈綺麗な首飾り〉の由来を語り、エルからは〈首なし騎士団〉の隠れ家に招待された。そして……。


イオアンの回想は、エルのすすり泣く声で中断された。その押し殺したような泣き声を聞くと、イオアンの心は乱れた。


「どうしたんだ、エル?」

何も見えないイオアンは、泣き声のするほうへ声をかけた。

「何か酷いことでもされているのか?」


「……そうじゃないよ。俺のことなんかより、自分のことを心配してよ!」

とエルが訴える声が聞こえた。

「このままだと死んじゃうよ。もし何か隠してるんだったら話してよ。死んだら絶対に駄目だよ、もう俺は見たくないんだよ……」


「エルは大丈夫だ」

というカルハースの声が下から聞こえた。

「何か昔のことでも思い出したのだろう。君は演技だけに専念してくれ」


「エル、本当だな? 大丈夫なんだな?」

とイオアンは尋ねたが、エルはすすり泣くばかりで返事は聞こえず、


「イオアン君、もうエルのことは忘れるんだ」

というカルハースの注意が聞こえた。

「いまからダルトンとブシェルが手を放す。集中してくれ。舞台の高さこそ低いが、君は目隠しされ、手も縛られている。不用意に動けば、舞台から落ちて怪我をするだろう。いま舞台にいるのは君ひとりだけだ。さあ、もう一度聞くぞ」


たっぷりと間を取ってから、カルハースが質問した。

「イオアン君、君はいったい何者だ?」


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