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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第三章 隠れ家|朝~昼|イオアンは古い物語を聞かされ、芝居の稽古に参加し、舞台で演じる
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第68話 麻袋

しばらく待ってもイオアンの返事がないので、エル自身が、

「偶然だよ! 俺を逃がすために、奥方の香水をかけただけなんだから!」

とカルハースに訴えた。


「エル、どうしてそこまでイオアン君を擁護するのだ?」

とカルハースが溜息をついた。

「彼のせいでさんざんな目にあったんだろ? 無理やり屋敷に呼ばれ、馬を盗め、女装をしろと脅かされた。そのあとも、セウ家の連中に殺されてもおかしくなかった。それなのになぜ、イオアン君を疑わないんだ」


「それは……」

エルは目を伏せた。

「……俺は知ってるから」


「何をだ?」

「……イオアン様が嘘をつける人じゃないってこと」

「本当にそうかな?」

「そうだよ!」

「いや、お前は初めから知っていて、彼をここに連れて来たんじゃないか?」

「え? 知ってるって何をさ?」

「イオアン君が、タタリオン家の密偵だということをだ」

「密偵!? イオアン様が!? そんなわけ絶対にないって!」

「なぜ断言できる」

「だって密偵なら、もっとちゃんとしてるよ!」

「ちゃんとしてる? どういうことだ」

「だから、その、用意周到とか、自信があるとかさ……」

「じっさい用意周到だったじゃないか。お前の脱出計画のために、あらかじめそのドレスを用意していたんだろう?」

「そうだけど……」


「それに普通の家庭教師なら、ちょっと誘われたぐらいで〈首なし騎士団〉の隠れ家に来ると思うか? お前だって我々が、帝国民からどう思われているかは知っているだろう。髑髏の仮面を被った恐ろしい男たちがいるんだぞ? そんなところに、友達の家に誘われたかのようについてくると思うか? よほどの覚悟なければ近づこうとは思わないはずだ。つまり、イオアン君には自信があったということだ」


「絶対そんな人じゃないよ、イオアン様は……」

「エル、お前はずいぶんイオアン君を低く見ているようだな。私はここで彼と話していて、その大胆不敵さに感心していたのだ」

「……そうなの?」

「普通の人間なら恐ろしくて逃げ出すような状況だぞ? それなのに彼はずっと私に対して偉そうだった。ただの雇われ教師にはあるまじき態度だった」

「それは、そういう性格なだけで……」


「エル、改めて訊くが……」

カルハースは髑髏の仮面を、エルの顔にぐっと近づけた。

「まさか、我々を裏切ったりしてないだろうな?」


「何を言うんだカルハース! 俺を信じてくれないのかよ!」


「信じたいのはやまやまだが、あまりに強くイオアン君を庇うからな……」

とカルハースが答えた。

「タタリオン家の密偵に狙われるだけの理由が、我々にあるのは分かっているだろう? イオアン君の回答次第では、次の主役はお前になるんだからな、我々にしっかり協力することだ。お前の軽はずみな行動で、いままでにやってきたことが知られたりしたら、すべてが破滅なんだぞ。それをちゃんと理解しているのか?」


カルハースに肩を掴まれたエルは、青ざめて何も言えなくなった。


イオアンが苦しそうに口を挟んだ。

「……エルは何も悪くはない。すべて私が命じたことだ」


「本当かね? お互いに口裏を合わせているんじゃないのか?」

カルハースが髑髏の仮面をイオアンに向けた。

「まあいい、ではイオアン君のほうからはっきりさせようか。ルベルマグナの取引証書だが、どうして君は読むことができた? 私が頼むと君はこう説明した――特別な立場の人間しか閲覧できないのだ――だとしたら、ただの家庭教師が、総督府の機密文書に触れることができるなんて、おかしいと思うんだがね?」


「……お前はそれを聞き出すために、わざわざ私に話を振ったのか」


「これは、エルの師匠である奇術師の老人の教えでね。注意力の操作というやつだ。相手の注意をべつなものに惹きつけ、本当に欲しいものをこっそり手に入れる……そんなことより、取引証書の説明をしたまえ」


「特別な理由などない。大図書館の図書館長とは仲が良いだけの話だ」

「そんな都合のいい話を私が信じると思うのかね。そろそろ正体を明かさないと、困ったことになるぞ」

「……困ったこととは何だ」

「それはこれからのお楽しみさ。ただし、君にとっては楽しい状況にはならないと思うから、私は勧めないがね。さあ、どうする?」


イオアンは苦しそうに喘いだ。

この会話が始まってから、ずっと胸を圧迫されている感じだった。

不安に押し潰されて心に穴が開き、カルハースに抵抗する元気が、どんどん床に流れ落ちてしまっているようだった。


とにかく、もう家庭教師という嘘は破綻している。

だが、他にどうすればいい?

セウ家の嫡男だと正体を明かしたらどうなる? 良くない結果になることは確かだが、正直なところ、彼らがどう反応するのかが読めない。

密偵だと認めるのはどうか?

私は殺されるのか?

それに、連れ込んだエルまでも酷い目に遭うだろう――。


イオアンの思考はぐるぐると彷徨い続け、何も決めることができなかった。


「では、正直に話すつもりはないということかね?」

とカルハースが確かめた。

「まだ演技を続けるつもりなら、それはそれで構わない。我々を楽しませてくれるつもりなら大歓迎だ。とことん芝居に付き合おうじゃないか。さてとエル、お前は市場の天幕で何をされたんだっけな?」


「それは……」

「水桶に頭を突っ込まれて死にそうになったとか話してたな? 今度はお前が見る側になってみたいんじゃないか? それとも実行してみたいか?」

「やめてよ、カルハース!!」


「どうしてだ? このイオアン君が命じたんだぞ?」

とカルハースは不思議そうな顔をしてみせた。

「まあ水責めはやめるとするか、床も汚れるしな。他の方法を考えてみよう……まずはイオアン君を縛ってくれ」


いつのまにか戻っていたディオンが、イオアンの背中に立ち、腕を椅子の後ろに回して、その手首を素早く縄で縛った。


立ち上がったエルが叫んだ。

「何をしてるんだよ、ディオン!」


「エル、観劇中はじっとしているのがマナーだぞ」

とカルハースがエルの肩を掴んで座らせた。

「これで準備ができたということだ。さあ、始めるとしようか」


「……始めるって何をさ」

「だから、イオアン君によるイオアン君の謎を解く物語をだよ」

「じゃあ、いままでのは……」

「軽い稽古のようなものかな? これからが舞台に上がっての本番だ。ではディオン、イオアン君に衣装も用意してあげてくれ」


背後に立ったディオンが、イオアンの頭にすっぽりと麻袋をかけ、突然イオアンの視界が真っ暗になった。


「何をする!」

と叫び、イオアンは抵抗した。

だが、その声はくぐもり、両肩はダルトンとブシェルに押さえ込まれている。


「いったい何をする気だよ……」

エルも真っ青になって、目を見開いている。


おもむろにカルハースが立ち上がった。

「すべてはイオアン君のためさ。こうしたほうが観客が目に入らず、演技に集中できるだろう? では舞台に向かうとするか」


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