第64話 円環
酒は?
そうか、もったいないな。
エルの話だと、君は独自に調査したようだな。
ある程度ブッケルムについて、経緯は知っていると思っていいのかね?
まず、ブッケルムの父親であるルベルマグナだが、誰も知らない牧場へ移送する仕事を請け負ったのは、私の父親だった。
その頃の私の一党は大きかった。
〈首なし騎士団〉の中でも最有力の一族だった。
タタリオン家ともよく取引をしていた。それで内密の仕事が来たのだろう。
凶暴になったルベルマグナは手に負えなくなっていた。人目につかないように連れていくのは大変だった。
ある種の薬草を食べさせたんだ。
それで大人しくなったルベルマグナを、父と私だけで移動させた。
タタリオン領からは遠く離れたイザナミアの山岳地帯にある小さな牧場に移した。
ルベルマグナは畏怖すべき〈魔の馬〉だった。
誰も知らない牧場に閉じ込めるのは残念に思えたが、公爵家からは多額の金をもらっていたし、外に出さず、騎乗もせず、絶対に他言するなという契約だったから、私もそれっきりルベルマグナのことは忘れていた。
その後、父が亡くなり、私が一党を継いだ。
牧場から、ルベルマグナの子供が生まれたという知らせが届いた。
しばらくしてから興味津々で見に行ったが、ブッケルムを見て失望したよ。母親の血を引いたのだろうが小さくてね。
だが、何か惹きつけるものがあった。悪戯好きとか、負けん気の強さとか。
その後も私は、イザナミアに寄るたびに成長を確かめていた。牧場の人間は不思議がっていたが、どこか感じるものがあったんだ。
こいつは、ただの馬じゃないとね。
そこで私は、元気な頃のルベルマグナを知っている人物なら、理解してくれるんじゃないかと思った。
それでだよ、セウ伯爵のことを思い出したのは。
交渉したのは父だったから、詳しく私は知らなかったが、そのときの話では軍の有力者の承認は受けていると言っていた。
だとしたら、セウ伯爵こそが経緯を知っている人物だろうと。
何か面白いアイディアを思いついたら、私は実行せずにはいられない人間だ。
べつに金に困っていたわけじゃない。
私が率いる一党は、軍馬の取引も順調にやっていた。
ただ、ルベルマグナの子供を見たら、伯爵がどんな反応をするか見てみたくなったんだ。隠し子のようなものだから。
私はブッケルムを連れて、セウ家の屋敷を訪れた。
この取引が、あとあとどんな災難を自分にもたらすか考えずにな。
あとは君も知っている通りだ。
ブッケルムを見た伯爵は理由も聞かず、ほぼ即決で金貨を支払った。ふっかけた自分が言うのも何だが、びっくりするぐらいの金額だった。私自身、本当に〈魔の馬〉なのか疑っていたから驚いたよ。
動転した私は、すぐに屋敷を去った。
この取引は好奇心から実行したことだったから、誰にも言ってなかった。
ルベルマグナの移送自体が、〈首なし騎士団〉の他の騎士には話していなかったことだしな。すべては私の胸の中にしまっておくつもりだった。
だが数か月後、私は円卓会議に呼び出されることになった。
ああ、円卓会議というのはだな、我々〈首なし騎士団〉の中でも、有力な一党の騎士の代表が集まって協議する場のことだ。
タタリオン家が突然〈首なし騎士団〉との取引を中止した。その原因は、私にあると言うんだ。
まったくの寝耳に水だった。
その頃の我々は、アクィア属州から東のあたりを放浪していたからな。
円卓の騎士たちはこう話した。
私が勝手に行ったブッケルムの取引のせいで、セウ伯爵が激怒していると。
ただの駄馬なのに、〈魔の馬〉だと説明されて、金貨三百枚を支払わされたと主張しているのだという。
驚いた私は事情を説明した。
父の代に行ったルベルマグナの秘密の移送、そしてブッケルムの取引の真実だ。
セウ伯爵自身が、ルベルマグナの子供だと認めたからこそ支払ったんだと主張した。そうでなきゃ、あれだけの金を支払うはずがない。
円卓の騎士たちは取引証書を見せろという。
もちろん、そんなものはない。
通常の取引とは違う。
もういるはずのないルベルマグナから生まれたブッケルムの取引は、形に残してはまずいんだ。
だからこそ、伯爵も分かっていて記録を残さなかったはずだ。
だから、両者の言い分が異なっていたとしても、どちらが正しいという決定的な証拠は存在しない。だが円卓の騎士たちは、仲間である私の言い分ではなく、セウ伯爵の言葉のほうを信じた。
まあ、彼らの気持ちも分からなくはない。
タタリオン家は〈首なし騎士団〉にとって最大の取引相手だった。
その最高責任者である伯爵の主張を、言いがかりとは言えなかったんだろう。
それに、日頃から私の心証が悪かったせいもある。頭の固い他の騎士たちとは反りが合わなかったんだ。
押し問答が続き、結局全会一致で、私の一党の追放処分が決定した。
追放といっても追い出すわけじゃない。
我々に所有している土地があるわけじゃないからな。ギルドからの除名というのが近いかもしれない。
隠れ家の使用だけは認められたが、騎士団が所有する牧場からの軍馬の供給が断たれ、他の一党との交流も禁止されることになった。
交流というのはだな、どこの公爵家の誰が新たに軍馬を欲しがっているらしい――そういう情報を騎士団全体で共有しているんだ。
だからこそ、ふつうの馬商人たちの先手を打つことができる。
そして、我々の直営牧場で育てた軍馬が優れているからこそ、帝国じゅうの領主や騎士たちから賞賛を受けていたんだ。
つまり〈首なし騎士団〉であることのふたつの強み――取引相手の情報と、優れた商品の両方を、私の一党は失ったわけだ。
これは非常に重い処分となる。
円卓の騎士たちの言い分としては、私が〈首なし騎士団〉全体の信用を落としたからだという。まあ、逆に私が彼らの立場だったら同じ処分を下しただろう。
それほどまでに、我々にとって信用というものは大事なんだ。
我々の軍馬が、どれほど見た目が良いといっても、戦場で戦ってみるまではその価値を実証できない。
そこで購入の決め手となるのは、この三百年〈首なし騎士団〉がそれぞれが取引で積み上げてきた信用だ。これこそが、我々のような土地に根づかない人間が、唯一差し出すことのできる証なんだ。
それを汚した罪で、私は追放されたわけだ。
セウ伯爵からの金もすぐに使い果たし、私の一党は苦境に陥った。
両腕をもがれたようなものだからな。
騎士との取引からは締め出され、良質な軍馬も手に入らない。それに私には、騎士団の名誉に泥を塗った男として悪名がついて回った。
見る見るうちに金回りが苦しくなり、見限った騎士たちは、次々に他の一党へ移っていた。私にはそれを止める手立てもなかった。
そうして残ったのは、血の繋がりが濃い四人の騎士だけだった。
我々は魔物を倒し、その部位を売っては糊口をしのいだ。
そんなとき、ダマリと出会ったんだ。
巡業サーカスでの感動的な出会いは長くなるから端折ることにするが、オークのダマリは動物の飼育に関して天才的な能力を持っていた。
ダマリが加わったことで野生馬の調教や、見放された軍馬を癒して元気にすることで、少しずつ風向きが改善した。
だが断っておかなければならないのは、これは〈首なし騎士団〉としては非常に邪道なやり方だということだ。
我々は騎士団と名乗っている以上、由緒ある家柄の者しかメンバーに加えないし、旅も共にしない。
それこそが我々の誇りであり、結束の強さの秘密でもある。
〈首なし騎士団〉というのは本来、皇帝勢力によって滅ぼされた一族の残党なんだ。その血筋を引く者しかなれないのが、我々の不文律だった。
だから、ダマリのことを知った他の騎士たちはいい顔をしなかったが、私としては糞くらえという気持ちだった。
追い詰められていた私たちは、円卓の騎士たちを憎んでいた。そして、虚偽の証言をしたセウ伯爵のことは、それ以上に憎んでいた。
これは、エルでも同様だ。
ブッケルムの件以前であれば、仲間に加わることなどあり得なかっただろう。
だが、奇術師の老人から頼み込まれて、仕方なく了承した。
老人のことはエルから聞いているかね?
エルは「先生」と呼んでいたようだが、父の古い友人でね。
正体は凄腕の掏摸だ。
「掏摸は芸術だ」というのが口癖だった。
相手の注意力を操作することが、掏摸ではいちばん大事なのだという。
確かに、大いに学ぶところがあったが、ふつうなら掏摸の弟子を騎士団の仲間にすることなどあり得ない。
だが我々としても人手が欲しかったし、老人に置いてきぼりにされたエルの様子を見ると、とても追い出す気にはなれなかった。
時が経つのは早いものだ。
あれから、もう一年半になるのか――。
結果的には良かったと思う。
ダマリは我々より、エルのほうが接しやすかったようだし、エルもダマリから馬の扱い方を学んだ。
それに馬の飼育以外でも、エルはなかなか活躍したしな。
いや、たいしたことじゃない。ちょっとした副業のようなものだ。まあ、そんなこんなで我々は何とか上手くやっていた。
この隠れ家にやって来たのはひと月前だ。
偶然に手に入れた怪我をした軍馬を、ダマリが根気よく回復させ、昨日の朝イグマスでの取引のために、ここから出発した。
イグマスが初めてのエルには、取引には参加させず、今後の商売のために土地勘を養うことを命じていた。エルはヤヌス神殿の市場に向かった。そうしてエルは、君との運命的な出会いを果たしたわけだよ。
イオアン君、君には感謝しても感謝しきれないのだよ。




