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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第三章 隠れ家|朝~昼|イオアンは古い物語を聞かされ、芝居の稽古に参加し、舞台で演じる
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第63話 劇団

居間は奥行きのある部屋だった。


カルハースに肩を抱かれたイオアンは、

「これからエルの話を聞く。しばらく待っていてくれたまえ。のちほど芝居についてゆっくり話そう。ディオン、何か飲み物を出して差しあげろ」

と言われ、ビロード張りの上質な椅子に座らされた。


黒装束の男たちに囲まれて、純白のドレスのエルが部屋の奥へと連れていかれる。

仕方なく椅子に腰かけたイオアンは、まだ苛々していた。


うまく丸め込まされた気がする。だが、玄関ホールの扉は自力では開けられない。カルハースという男の言う通りにするしかないのだ。


まったく馬鹿馬鹿しい。

芝居を見るのは嫌いではないが、参加するとなると別だ。

それに、もしかしたら何かの役を演じるかもしれないとも言っていた。


基本的に、自分の気持ちを表現するのが苦手というより、恐怖心すら覚えるイオアンにしてみれば拷問のようなものだ。

ふつうに人前で喋るときですら、どもることがあるのだ。

それなのに流暢に台詞を言えるはずがない。

ちゃんと覚えられるのか?


そもそも、こんなことを心配している時点でおかしいだろう。

私は〈首なし騎士団〉の秘密を探りに来たのに!


ひとりでやきもきしていると、向こうからお盆を手にした少年がやってきた。イオアンの前のテーブルに、ワインの水差しと銀のゴブレットをふたつ置く。

彼がディオンという少年だろう。

髑髏の仮面をした頭を下げたが何も言わない。そのまま、カルハースたちがいるほうへ駆けていった。


カルハースたちは暖炉の前でエルを取り囲んでいる。エルは手振り身振りで一生懸命説明しているようだった。

話し声は聞こえるが、何を言っているかまでは聞き取れない。

エルには、アルケタの家庭教師だと嘘をつき通せたが、それは、あの連中にも通じているのだろうか?

南大陸出身のエルとは違うのだ。

彼らは、タタリオン領の情勢にも詳しいだろう。

もしかしたら正体がばれるかもしれないと思うと、胃が痛くなってくる。


思わず舌打ちしたくなる気分だった。

エルに誘われたとはいえ、自分が承知のうえで屋敷に侵入したのだ。

いまや不安と怒りが入り混じっている。


イオアンの怒りは、カルハースに失礼な扱いをされたからだが、エルに対する真面目な気持ちを疑われたからでもある。

自分でも、あれほどムキになるとは思ってもみなかった。だが、いまは抑えるしかない。主導権は向こうにあるのだから。


イオアンは、ヤヌス神殿の市場で見た人形劇を思い出す。


つまり人形のようなものだ。

あの男の言うとおり演じなければならない。

演じない人形は捨てられる。


屋敷に閉じ込められて、選択肢がないこの状況にも腹が立つが、カルハースが指摘した通り、これはセウ家の屋敷で自分がエルに押しつけたことと同じなのだ。


そう自業自得だ。

怒ったところで、あの連中に利用されるだけだ。

イオアンは気持ちを落ち着けようとする。

エルも言っていた。〈首なし騎士団〉のメンバーに会えるのは貴重なんだと。

確かにその通りだ。

向こうが利用する気なら、こちらも利用してやろう。

ただ、変なことは口走らないようにしないと。

あの男と話すときには、エルが隣にいてくれると助かるのだが――。


ふうと息を吐くと、イオアンは部屋を見回した。


談話室のようなところだった。

ふかふかの高価そうな絨毯。そばには肘掛けのついた椅子が幾つかあり、丸いテーブルがふたつある。

部屋の中央には何もなく、奥の暖炉の前にも椅子が置いてある。

日中なのに窓はすべて閉じられていて暗い。燭台の明かりがイオアンのいるあたりと、暖炉の前だけを照らしている。

イオアンには種類の分からない魔物の剥製が幾つも飾られていた。

隣には食堂があるようだ。


イオアンは立ち上がり、背後の書棚を眺めた。

悪くない品揃えだ。

歴史書、哲学書、詩、小説など、知っている本が置いてある。

目を引くのは隣に貼られた大きな地図だ。

いまいるスウォン属州を中心にした地図だが、町や村、知っている街道の他に、見慣れない記号や線が書き込まれている。

重要な意味があるのだろうが、イオアンには読み解くことができない。


笑い声が聞こえ、イオアンは振り返った。

エルが何かおどけた仕草をして、笑わせたのだ。

きりきりと胸が痛む。


エルに家族はいないのかもしれないが、仲間はいるのだな。

私に家族はいるかもしれないが、笑い合えるような仲間はいない。血が繋がっていなくても信頼し合えるような。


これは、イオアンにとってはお馴染みの感覚だった。

セウ家の屋敷で、騎士や兵士たちが仲良く談笑していても、その輪の中に入ることはできなかった。


何を話せばいいのか分からない。

共通の言語がないのだ。

アルケタならすんなり会話に入れるし、父上だって敬意は払われながらも、軽口のひとつやふたつ投げかけられることもあるのだ。

だが、私にはそれがない。

彼らも困ったような表情で会話が止まる。

こちらも気づかない振りをして、その場を通り過ぎる。


見習いだというエルには居場所がないのかと思っていた。だが、そんなことはなかった。どこにいっても同じなのは私のほうだった――。


イオアンは悲しい気持ちで、遠くのエルたちを眺めた。


ディオンがエルの前に跪き、ドレスのスカートの匂いを嗅いでいる。ダルトンという体の大きな騎士がエルの偽物の胸を鷲掴みにして揉みしだき、それにエルが抵抗している。背後に忍び寄った小柄なブシェルという騎士がスカートを捲り上げ、紐を解いてドロワーズを引きずり下ろした。エルの尻が露になる。真っ赤になったエルはドロワーズを引き上げて逃げ出す。それを笑いながらブシェルが追いかける。そんな彼らの様子を、カルハースが腕を組んで眺めている。


この光景にイオアンは首を振った。

とうてい無理だ。

あのなかに私は入れない。

胸が張り裂けそうな疎外感を感じながら、イオアンは椅子に腰を下ろした。


もう帰ろう。

逃げ出したい気分だった。

ここには、私の居場所はないのだから。


振り返ったカルハースが、そんなイオアンの様子に気づいて戻ってきた。

「すまない、待たせたな。思いのほかエルの話に夢中になってしまった」


椅子で俯いているイオアンを見て、

「具合はどうかね? 発作を起こしたと聞いたのだが」

とカルハースが尋ねた。


イオアンが顔を上げた。

カルハースが自分の顔を覗き込んでいたが、まだ髑髏の仮面を被っているので、何を考えているのか分からない。

「じゅうぶん休んだから、私は帰ろうと思う」


「待ってくれ。芝居をすると約束したじゃないか!」

とカルハースが慌てたように引き留めた。

「もはや君も劇団の一員だぞ」


「やめてくれ、私は押しつけられただけだ」

「まあまあ、ふたりで相談しよう」

「エルは?」

「必要ないだろう。私は、君に興味があるんだ」

「いや困る。同席してもらわないと」

「もしかして、君は母親がいないと何もできないタイプか?」

「そういうことじゃない」


「飲まないか?」

と言って、カルハースがワインの水差しを持ち上げた。

「なかなかいけるぞ」


イオアンは首を振った。

酒に弱いのもあるが、酔って警戒心が薄れるのを恐れていた。


「そうか。じゃあ、私は頂くとしよう」

カルハースがゴブレットにワインを注ぐと、あたりに肉桂と蜂蜜の濃厚で甘い香りが広がった。


一口飲んだカルハースは、

「ああ、これで私の舌も滑らかに回りそうだ」

と満足そうな笑みを浮かべている。

「さて、芝居の演目の候補はふたつあってね、どちらにしようか迷っているのだ。ひとつはブッケルムの物語だ」


イオアンは驚いた。

「ブッケルムの芝居をするのか!」

「驚くべき物語だと思ってね。是非とも上演してみたくなったのだよ」

「では……私も出演するのか?」


「当たり前じゃないか。そこで君に相談したい。どういう筋書きにするかだ。誰を主人公にするかで、ずいぶん印象が変わってくる。君にするのか、エルにするのか、それともブッケルムにするのか?」


馬が主人公だって!? 

イオアンは意表を突かれた。

驢馬が主人公の有名な物語はあるが、馬が主人公の芝居は聞かない。いや、黒くて美しい馬の物語があったような――?


「面白い試みだが、誰がブッケルムの役をやるんだ」

「まあ、体格からいってダルトンだろう。エルを背負っても問題ない」

「お前は何をやるんだ」

「私か? 脚本家兼演出家かな」

「芝居のあいだは、お前が観客になるということか?」

「いや、最初だけ登場する」

「何の役だ」

「もちろん仔馬だったブッケルムを、セウ家の屋敷に連れていく役さ。伯爵と交渉したのは、この私だからな」


イオアンは驚愕した。

「ブッケルムを連れてきたのは、お前だったのか……!!」


「そうだ。あのとき君はいたかね?」

笑いながらカルハースが尋ねると、イオアンは首を振った。

「いや、いなかったが話は聞いている。しかし、エルは何も言ってなかったぞ」


「教えていないからな。加わったのはその後だし、エルには聞かせたくない」

「聞かせたくないとはどういうことだ」


「まあ、待ちたまえ。物語を最後まで聞けばわかる」

カルハースは、ワインをゴブレットに注いだ。

「私も君に訊きたいことがあるんだ。時間はある。ゆっくり進めようじゃないか」


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