第62話 カルハース2
玄関ホールが暗転し、少ししてからまた明るくなった。
二階のぐるりと回っている回廊を、少年らしき人物が歩いて、すべての窓のカーテンを引いていた。
他の三名は回廊からゆっくりと階段を降りてきて、エルの前に立った。全員が黒ずくめの格好で髑髏の仮面を被っている。
本当に、本物の〈首なし騎士団〉なんだ――。
イオアンは息を呑んだ。
エルが気やすい口調で、
「ねえ、仮面を外してよ。イオアン様が気味悪がるだろ」
と口を尖らせた。
中央の中肉中背の男が、
「駄目だ。これが我々の正装だからな。客人の前で外すわけにはいかない」
とにべもなく断った。
エルが左右の騎士へ顔を向けた。
「ダルトンとブシェルは捕まらずに戻ってたんだ!」
左側の背の高いがっしりとした騎士が頷いた。
「いろいろと楽しかったぞ」
「ダマリは?」
右側の小柄な騎士が答えた。
「夜警隊にしょっぴかれた。俺たちも逃げるので精一杯だった。あいつは今頃、怯えて泣いているだろうな」
「そうなのか……ねえ、さっきの光はなんなの?」
「隠れ家の防衛機構のひとつだ」
と中央の男が答えた。最初の押し問答をしていたのと同じ深みのあるいい声だ。この男がリーダーのカルハースなのだろう。
「仕組みが存在するのは知っていたが使ったことがなかった。なかなか効果がありそうだな。基本的には外部の幻影魔法の応用になる」
イオアンが質問した。
「では、鍾乳洞の骸骨の仕掛けもそうなのか」
「いや、あれは本物だ。じっさい君の頭に当たっただろう」
とカルハースが答えた。
「我々が殺した相手ではないが、どこから手に入れたかは聞かないでくれ。魔法に比べたらずっと手軽だからな。ただ、別な魔法が洞窟に仕込んである。だから君たちがやって来ることは、すべて水晶玉で把握していた」
では、お見通しだったというわけか――!
とイオアンが驚いていると、
「ねえ、上で着替えてきていい?」
と落ちているヴェールを拾いながらエルが訊き、カルハースが答えた。
「駄目だ。ちゃんと説明してからだ」
「えー、さっきの光のせいで、ぐしょぐしょに汗をかいてるんだけど」
「それにおそらく、お前はヒロイン役だからな」
「ヒ、ヒロイン?」
「お前たちが来るのを見て、計画したのさ」
「なんだよ、計画って」
「芝居をする」
「芝居? 誰が?」
「ここにいる六人で上演するんだ」
イオアンが眉をひそめた。
「まさか、私まで入っているのか?」
「もちろんだ。芝居には観客が必要だからな」
「そんな芝居を見るために、私はここに来たんじゃない」
「じゃあ何のためだ? まさか我々を探るためかね?」
とカルハースが眉を上げてみせた。
「まあ、いいじゃないか。せっかく集まったんだからみんなで楽しもう。さっきのも悪くはなかっただろう?」
「さっきのとは何だ?」
「さっきの我々の演技さ。なかなかのものだったと思うのだが」
「じゃあ、分かってからかっていたのか?」
「君の演技力を知りたくてね。イオアン君、君は合格だよ。最高だった! エルを想う気持ちがひしひしと伝わってきたよ」
「馬鹿にするな、私は本気だった。帰らせてもらう!」
「そうカッカするな、人生を損するぞ。それに扉は閉まっている」
「……私を閉じ込める気か」
「君だって、エルを閉じ込めたんだろう?」
とカルハースがにやりとした。
「それに私は、女装しろだなんて無茶な要求はしない。嘘偽りのない、ありのままの君を知りたいんだ。芝居に参加して欲しいだけだ。なぜか我々はいつも人が足りないんだよ。芝居が終わったら好きに帰ってもらっていい」
「では……芝居さえ見ればいいんだな?」
とイオアンが用心深く尋ねた。
「いや、それなんだがね……」
とカルハースが首筋を掻いた。
「正直なところ、まだ脚本も決まっていないんだ。だから配役も未定だ。ということは、君が主役ということもあり得るわけだよ!」
「馬鹿な!」
「嫌かね? 不思議だ。たいていの人間は喜ぶものなんだが……」
「やめてくれ、冗談じゃない!」
「イオアン君、人生の配役は好きに選べるものじゃないんだ」
大袈裟にカルハースが両手を広げてみせた。
「与えられた役を演じるしかない。我々に選べるのは、それをどう演じるかだけだ。まあ向こうでゆっくり相談しよう。私が見たところ、君には劇作家の素質もありそうだ。さあ、我々と一緒に最高の筋書きを考えようじゃないか!」
笑いながらカルハースは馴れ馴れしくイオアンと肩を組むと、奥の居間へと導いていった。背を向けた〈首なし騎士団〉の黒いマントには、大きく髑髏の白い刺繍がしてある。その下には、海賊旗のように二本の舶刀が交差していた。




