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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第三章 隠れ家|朝~昼|イオアンは古い物語を聞かされ、芝居の稽古に参加し、舞台で演じる
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第61話 カルハース1

屋敷の玄関ホールは真っ暗だった。


「おかしいな、いつもはこんなんじゃないんだけど……」

と覗き込んだエルに、

「留守か?」

とイオアンが後ろから尋ねる。


「そうだね、ダルトンとブシェルはイグマスから戻ってないのかもしれない。カルハースたちは外にいるのかも。とにかく入ろう」

「いいのか?」

「へへ、屋敷を独り占めなんて滅多にできないし、イオアン様も疲れたでしょ? 休憩していけばいい」

「そうさせてもらえるならありがたいが」

「奥の居間は居心地がいいんだ。飲み物でも飲んで待ってよう」


エルが体重をかけて樫材の扉を押し開けた。ギィーと軋みながら扉が開く。少しぐらいの風では閉じなさそうな重さだった。


そろそろとエルが足を踏み入れる。

イオアンも玄関ホールに入り、目を凝らした。


吹き抜けの広い空間のようだ。突き当りに両開きの扉があり、その両側に二階へ通じる階段が上へ伸びている。壁際に誰か立っているのかと驚いたが、それは甲冑が飾られているだけのようだった。


エルに続いて、イオアンも奥へ進んだ。

玄関の扉は開けたままにしておく。


ふたりがホールの中央まで進んだところで、突然眩しい光に晒された。

それは、四方八方から真夏の太陽の光を一斉に浴びたようなもので、眩しすぎて目も開けていられない。


「なんだこれっ!」

とエルが叫び、咄嗟にイオアンも閉じた瞼を手で覆って、下を向いた。


すると、

「お前たちは何者だ?」

という威厳のある、だが年寄りでもない深みのある声が上から聞こえた。

「生きて帰りたければ、名を名乗れ!」


「俺だよ、エルだよ! カルハースやめてくれよ!」

とエルが眩しそうにしながら正面を向く。


「お前がエルだと? そんなはずはない」

と疑わしそうな声が響く。


「なに言ってんだよ、見りゃ分かるだろ。眩しいから消してくれよ!」

「女よ、下手な嘘をつくな。お前は何者だ?」


「だから、俺だって!」

エルは頭のヴェールを脱ぐと、床に投げ捨てた。

「これで分かんだろ!」


ようやく目が慣れてきたイオアンは顔を上げた。カルハースという男が声の主だとすれば、玄関ホールの二階の回廊から呼びかけているようだった。


「顔は似ているようだが、私が知っているエルなら、絶対にそんな格好をしない。むしろ、可愛い見た目を恥じているようだったからな」


「これは仕方がなかったんだよ」

「仕方なく男がドレスを着るという状況が想像できないのだが」

「でも、本当なんだって」

「では、お前が望んで着たのか? いやはや、そんな趣味を隠してたとはな」


「俺が望んだんじゃない!」

顔を真っ赤にしてエルが叫んだ。

「命じられたからだ!」


「命じられた? いったい誰に?」

「その……イオアン様に」

「何者だ?」

「この人だよ。この人に言われて着たんだよ」

「その僧侶か? どういうことだ」

「俺たちを入れてくれたら、居間で説明するよ。混み入った話だから」

「そんなことを許すと思うのか。そこで訳を説明しろ」

「ある屋敷から脱出するためだよ」

「脱出? そこに監禁されていたということか?」

「まあ、そんなところかな」

「どうして、そんなところに閉じ込められた?」

「いろいろあったんだ」

「まさか、いかがわしいところじゃないだろうな?」

「いかがわしい?」

「男が男に体を売るようなところだ。お前は可愛いからな、捕まったのか?」

「違うって!」

「しかし普通、そんな高価なドレスは手に入らないだろう」

「これは……盗んだんだ」

「嘘をつくな。だいたい、ひとりで着られるものではない」

「だから、イオアン様が着させてくれたんだ」

「……その男がか?」

「そう」

「それで、その男に盗めと命じられたのか?」

「違うよ、盗んだのもイオアン様」

「理解しがたいな。お前に着させるために、その高価なドレスを、その僧侶が盗み出した……そう言っているのか?」

「変に聞こえるかもしれないけど、実際そうなんだよ」

「明らかに変だろうが。そんな、あどけない少年を女装させて喜ぶような男を、この屋敷にいれるわけにはいかない。とっとと追い返せ!」

「そうじゃないんだって! その屋敷から逃げ出すのを、イオアン様が手助けしてくれたんだよ!」

「なぜ、そんな場所に近づいた?」

「それはその……イオアン様に頼まれたから……」

「お前の言っていることは支離滅裂だ」


「エル、隠し立てはやめて、本当のことを話そう」

ふたりの会話を聞いていられなくなったイオアンが、眩しさに顔をしかめながら、エルのドレスの袖を引いた。

「本当のことを話せば、きっと分かってくれるさ」


「なんだ、その本当のことというのは?」

上から警戒するような声が聞こえた。

「無邪気なエルを君がたぶらかしたのだろう。よくそんなことが言えるな。僧侶として恥ずかしいとは思わないのか?」


ムッとしたイオアンが、正面に向かって叫んだ。

「私は僧侶じゃない、学者だ!」


「学者だと? 少年相手に秘密の人体実験か?」

「そんなことをするか! エルを無事に逃がすために仕方がなかったんだ」

「こう見えてエルは繊細なんだ。君は遊びのつもりだろうがな」

「遊びじゃない、私は真剣だった!」

「真剣? どこがだ。君がそのドレスの着付けに真剣だったということか?」

「命を賭けるぐらいエルに真剣だったということだ!」

「そういう言葉は軽々しく使うものじゃない」


イオアンを庇うように、

「本当だよ! イオアン様は俺のために命を賭けたんだ!」

とエルが叫んだ。


「エル、お前は騙されてるんだよ……」

憐れむような声が上から聞こえた。

「イグマスのような大都市には、いけない大人がたくさんいるんだ。悪いことは言わない。その変質者とは手を切るんだ」


エルは俯いた。

「なんで分かってくれないんだよ……」


「エル、すまない。もう限界だ」

震えるエルの肩に、イオアンがそっと手を置いた。

「あんな侮辱のされ方は、生まれてから初めてだ。申し訳ないが、私はイグマスに帰らせてもらう」


エルが悲しそうに顔を上げた。

「え、せっかくここまで来たのに……?」


「お前への気持ちは本当だが、あの男には理解できないのだろう」

「そんな……」

「どうせ真実を語ったところでねじ曲げるだけだ。私たちにしか分からない。ここまでの縁だったと思って諦めよう」


「分かったよ……」

エルは鼻をすすり上げた。

「ごめん、ここまで誘っておいて」


「いいんだ、お前が悪いわけじゃない」

「ちゃんと帰れる?」

「ポカテルがいるから、道を辿っていけば大丈夫だろう」

「そうか……」

「じゃあ、ブッケルムのことは頼んだぞ!」


「ブッケルムとはどういうことだ?」

という声が聞こえた。


目を細めてイオアンは上を睨みつけた。


「……だったらなんだ」

「その馬のことを私に説明したまえ」

「お前には何を言っても無駄だ。帰らせてもらう!」


イオアンが背を向けて外に出ようとした目の前で、重たい扉がバタンと閉じた。


背後からは訝しむような声が聞こえる。

「まさか、その屋敷というのはセウ家の屋敷のことかね?」


振り返ったイオアンは、驚いているエルと顔を見合わせると、

「……その通りだが」

と慎重に答えた。


「では、セウ家の屋敷から脱出するために、エルは女装を?」


「そうだよ」

とエルが上に向かって叫ぶ。

「イオアン様が、ブッケルムを盗ませるためにそうしたんだ!」


「いまどこにいる」

「厩舎だよ」

「では、お前が乗ってきたのか」

「うん」

「どんな馬だ」

「ちっちゃいけど凄い馬なんだ。セウ家の連中でも手出しができないぐらい」

「そうか……なぜ早くそれを言わない」

「中に入れてくれたら説明しようと思ってた。とにかく長い話なんだよ」


「エル、しばし待て」

という声がすると、上からひそひそと話し声が聞こえた。

「いいだろう。イオアン君、君を客として迎え入れよう。申し訳なかったが、我々は極めて用心深い生活を送っているものでね」


眩しい光が消えた。


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