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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第二章 川のほとり|朝|川のほとり|朝|イオアンは介抱され、出発する
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第56話 忠告

イオアンは苦労して長椅子の上で体を起こした。

川のほとりにブッケルムに跨ったエルがいた。それ以上、近づいていいのかためらっているようだった。


イオアンは、馬上のエルと数秒間見つめ合った。

朝日を浴びた純白のドレス姿のエルは、神々しいと言ってもいいぐらいだった。

しかし夜には気づかなかったが、ところどころ泥に汚れ、スカートの裾は枝に引っ掛けたのか裂けている。

慣れない地上に降りて、くたびれた様子の女神様といったところだろうか。


イオアンが頷くと、エルは馬を進め、ククルビタの隣に繋いだ。


イオアンとバルバドスの前で立ち止まったエルは、ふたりを眺めると、

「あいつら、戻ってきたりしないよな?」

と心配そうに尋ねた。


イオアンが確かめるようにバルバドスへ顔を向けると、

「大丈夫だろう。今頃イグマスに向かっている途中だ」

とバルバドスが請け合った。


「山狩りのほうは?」

「山狩り?」

「近くの村人たちを総動員するんじゃないのかよ」

「うやむやになったろうな」


ホッとした様子で、エルが空いている椅子に座った。

「本当に、あんたがやっつけたのか?」

とイオアンに顔を向ける。


「やっつけた?」

「だって、オウグウスたちが引き上げただろう?」

「私はただ、死に損なっただけだ」


陰鬱な表情のイオアンの顔を見て、エルが不思議そうに訊いた。

「なんで、そんなに暗いわけ? 大成功じゃん!」


エルの言っている意味は分かったが、それでも気持ちは晴れなかった。黙り込んでいるイオアンの代わりに、バルバドスが尋ねた。


「お前も上から眺めてたんだろ?」

「うん。でも霧でよく見えなかった。声はぜんぜんだし」


バルバドスが、イオアンの身分は隠したまま、石切り場の底で起きたことを説明した。イオアンが短剣を首に当てたところまで説明すると、


「え、俺の短剣で死のうとしたのかよ!」

とエルは驚いた。


「最初からそうしようと思ってたわけじゃない」

とイオアンが釈明した。

「説得に失敗した。だから、そうするしかないと思ったんだ」


「自分の命をなんだと思ってんだよ!」

「咄嗟に思いついたんだ」

「それにしたってさ、なにも、死のうとすることはないだろ」

「……どう説明しようと、どうせお前には分からない」

「まあいいや、それで?」

「私は意識を失ったんだ。何も覚えていない。あとはバルバドスから聞け」


続きを話し終えたバルバドスが、心理的に負荷のある状況になると、イオアンが癲癇の発作を起こしやすいことも説明した。


「それで、イグマスから離れられなかったってこと?」

とエルが訊き、バルバドスが頷いた。

「薬で抑えてはいるがな。俺が出会った頃のイオアン様は、ずっとベッドで寝たきりだった。いまはずいぶん良くなったほうだ」


「ふーん、それで具合が悪かったのか……」

エルから不憫そうに見られるのが、イオアンには気に入らない。


イオアンにとって発作を起こす体質は、屈辱以外のなにものでもなかった。

むしろ、自分が悩んでいる原因は、セウ家の嫡男である重責によるものだと考えていたが、それをエルに話すこともできない。


「……よくなるといいね」

というエルの言葉すら、いまは疎ましかった。

「私は大丈夫だ。ここにいれば、そのうち落ち着くだろう」


バルバドスが湿っぽい話を打ち切るように、パンと手を叩いた。

「というわけだ。小僧、お前はもう帰っていいぞ」


「いや、俺も様子を見るよ」とエル。


「はあ? お前がいると、ろくなことにならないんだよ」

バルバドスがブッケルムを指さした。

「あの馬を連れていなくなれ」


「いいだろ、ここにいたって」

とエルが口を尖らせた。

「あんたに指図されるいわれはないだろ!」


「いいや、良くない。〈首なし騎士団〉のところへとっとと帰ってくれ。俺たちは連中とは関わりたくないんだ!」


「バルバドス、そう悪く言うなよ」

とイオアンが諫めると、

「ほら!」

とエルが得意げな顔をした。


これまでのやり取りで、イオアンはエルが元気になったようで安心した。

家臣団から追われることはないと確信したからだろう。

市場で出会った頃のようだ。


「だいたい、お前はなあ……」

と説教を始めようとしたバルバドスに、イオアンが命じた。

「バルバドス、お前は戻ってもいいぞ」


「え?」

「お前は本来、軍の休暇中なんだろ。付き合わせて申し訳なかった」

「それはそうだが……」

「しばらくしたら、私も帰るから」

「いや、だがな、アルケタ様にも約束したし……」

「エルに話さないといけないことがあるんだ」

「小僧と話す? 何をだ?」

「お前が心配してるようなことじゃない」


「うーん」とバルバドスはしばらく腕を組んで唸っている。


「いいか小僧、よく聞け!」

バルバドスが突然、エルに指図を始めた。

「さっき言った通り、イオアン様は発作を起こしやすい。もし倒れたときは無理に動かそうとするな。顔は横向きにして、呼吸しやすい体勢にするんだ。体も無理に押さえつけるなよ。しばらくすれば痙攣は収まる。発作が収まったあとも、まだ意識が朦朧としてるから、しばらくは付き添うんだぞ。分かったな?」


最初はバルバドスの剣幕に圧倒されていたエルも、最後は真剣な表情で頷いた。


話し終えたバルバドスは、のしのしと馬まで歩くと跨った。馬の向きを変えると、馬上から今度はイオアンに忠告した。

「ただの家庭教師なんだからな、立場をよく弁えて行動してくれよ!」


バルバドスが馬を歩かせた。すると、職人の女たちが岩場の陰から三人の様子を観察していたのに気づいた。慌てて身を隠した女たちに、ふんと鼻を鳴らすと、バルバドスは石切り場の出口へ馬を走らせ、いなくなった。


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