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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第二章 川のほとり|朝|川のほとり|朝|イオアンは介抱され、出発する
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第55話 夏空

イオアンは目を覚ました。

まるで、深い霧の中からゆっくり意識が浮かび上がるようだった。


体が重たい。

これはいつものことだ。

長いあいだ突っ張るように体が痙攣したからだと分かっている。

だが、イオアン自身の記憶はなかった。


目の前には、澄んだ青空が広がっている。

右側から、せせらぎの音が聞こえる。

遠くのほうからは、カツーン、カツーンという硬い音が響いている。

微風が吹くと、頭上からは木漏れ日が落ちてくる。


私はどうしてここにいるのだろう?


イオアンは長椅子の上に横たわっている。

なんとか首を右にひねる。

どこかの川のほとりのようだ。

その前でバルバドスが椅子に座り、前の椅子に足を投げ出して、気分良さそうにワインを飲んでいる。


なんでバルバドスがいるんだ?


イオアンは体を起こそうとして呻いた。筋肉痛のように体じゅうに痛みが走る。すると、バルバドスが気がついて腰を上げた。諦めて再び長椅子に横たわったイオアンの顔を、上から髭面のバルバドスが覗き込む。


「ここは?」

とイオアンが尋ねると、バルバドスが答えた。

「休憩所のようなところだ。いや、体でも洗うのかな? よく分からん」


イオアンはぼんやりと思い出した。

そうだった。

エルとブッケルムを追って、石切り場に来たんだった。


「ここは、石切り場なのか」

「ああ、石工たちがみんなで、ここまで運んでくれた」

「父上たちは?」

「とっくにいなくなったよ」

「なぜだ」

「覚えていないのか?」

「いつも通りにな。確か、私が父上を説得しようとして……」

「短剣を、自分の首に当てたんだ」

「あ、そうだ! 短剣は?」

「鞘に戻しておいた。あの短剣はどうした? イオアン様のじゃないだろ」

「……人から借りた」

「小僧のものじゃないのか」

「エルは?」

「下りてくるように呼びかけはしたが、どうだろうな。そのまま石切り場から逃げ出すかもしれん」

「そうか、それが自然だろうな……」


父上が去れば、ひとまず危機は脱したのだ。

急いでここを離れ、〈首なし騎士団〉の元に向かうのが普通だろう。

会えないのは残念だが、それで良かったのかもしれない。役目は果たしたのだ――エルはブッケルムを盗み出し、私はエルを助けた。

これでお互いに、メルクリウスへの誓いを守ったことになる。


「どうして、父上は立ち去ったんだ?」

「イオアン様が発作を起こしたのもあるだろうが、ドワーフたちが騒ぎだしたのもあるかもしれん。連中には感謝しないとな。もし小僧が見つかってたら、俺も含めてやばいことになっていた」

「そうか、礼を言わないと」

「俺が言っておいた。だが、奴らも満更じゃなかったみたいだぞ。日頃こき使われているエルフたちに一泡吹かせたんだからな。逆にこれをくれたよ」


バルバドスがワインのカップを見せた。

「飲むか?」


イオアンが頷くと、バルバドスが手を貸して起こしてくれた。

生ぬるいワインで喉を潤す。

埃っぽかった口の中がすっきりした。


また長椅子に横になり、夏空を眺める。

日差しは眩しいが、山の空気はひんやりとして気持ちがいい。

イグマスから半日も馬を走らせれば、こんな山奥まで辿り着けるのか。知らなかった。たまには外には出てみるものだな――。


バルバドスが椅子を引き寄せ、長椅子のそばに座った。


「あの小僧には正体を明かしたのか?」

「いや、アルケタの家庭教師ということにしておいた」

「なるほどな」

「お前の言う通り、エルはセウ家を憎んでいるだろう。このままで通したい。もし、また会うことがあればだが」

「だが用は済んだんだ。ばらしてもいいんじゃないか」

「それは……どうかな」

「いい人のままで別れたいってことか?」


「正直、そういう気持ちがないわけじゃない。だが、それ以上にエルが苦しむだろう。セウ家の嫡男の手助けをしていたと知ったら、どれほどショックを受けることか……それを想像すると、いたたまれなくなる」


「ほう。薄情なイオアン様から、そんな言葉を聞く日が来るとはなあ」


「分かっているさ、私らしくないというのは。私だって、すべて明かしてすっきりしたい。だが、そういうわけにもいかないだろう。エルには残酷すぎる」

暗い気持ちで溜息をつくと、イオアンは話題を変えた。

「お前もブッケルムを追っていたのか?」


「仕方なくな」

とバルバドスが苦笑いをした。

「〈塔〉にいたら、まわりの騎士が騒ぎ出したもんだから、俺も参加しないわけにはいかなくなった。それにブッケルムの名前が出てたから、あの小僧のことだろうと思ってたしな。それで、いちばん後ろをくっついていたんだが、命拾いをしたよ。イオアン様も関所を通ったんだよな?」


「ああ。少しあとだが酷かった」

「思ってた通りブッケルムは疫病神だった。しかし、よく小僧は乗りこなせたな。やっぱり〈首なし騎士団〉のメンバーだからか?」

「どういうことだ?」

「連中は魔物の扱いが抜群に上手い。だからじゃないのか?」

「ああ、そうか」

「だからといって変な興味を持つなよ? 小僧と縁を切って、騎士団のこともすべて忘れるんだ。俺たちを天敵だと思ってるんだからな」


「本当にそうなのか?」

イオアンは前々から、帝国民が過剰に魔物たちを怯えるのと同じように、〈首なし騎士団〉についても、その噂は疑わしいのではないかと思っていた。知識がないから一方的に遠ざけ、恐怖の対象にしているのではないのか。

「むしろ我々のほうが、勝手に思い込んでるだけじゃないのか?」


「イオアン様こそ、本の知識から勝手に想像を膨らませてるだけだろ? 帝国じゅうを遍歴した俺が言うんだから間違いない。とにかく、こんな無茶は最後にしてくれ。たまたまアルケタ様や俺がいたから良かったものの、大変なことになってたかもしれないんだぞ」


「……そうだな。大人しく本を読むぐらいしか、私には能がないからな」

「そうとは言ってないだろ」

「いや、自分が情けないんだ。死を覚悟したつもりだったが、自分の力で死ぬことすらできないんだからな、この私は……」

「まあ、びっくりはしたがな。いきなり短剣を抜いたんだから」

「家臣たちは呆れていただろう」

「いや、そうでもないと思うぞ。気持ちは伝わったと思う」

「気持ち?」

「命を賭けても説得しようとする気持ちだよ。セウ家の騎士でも、面と向かって伯爵様にあれほど反論する勇気を持っている者はいないからな」

「……だが失敗した」

「成功したじゃないか。みんないなくなったんだから」

「それは、私が発作を起こしたからだろう」

「結果的には上手くいっただろう。石工の親方たちだって、イオアン様の必死の姿を見て、動いたんだろうし」

「そんなにあからさまだったか?」

「何が?」

「私の必死さがだ」

「そりゃそうさ、体の震えが伝わってくるようだった」

「ああ、情けない」

「なにを言ってんだ、格好つけるのはよせ。イオアン様の悪いところだぞ」

「父上は、どんな様子だった」

「うーむ、解釈が難しい」

「解釈?」

「倒れているイオアン様を、岩の上から満足そうに眺めていた」

「期待通りに無様な姿を晒したということか」

「どうして、そうひねくれてるんだ! 息子が成長したのを見て、喜んでいたかもしれないだろ!」

「父上に限って、そんなことはないさ」

「確かに成長してないかもな! 俺がいた頃より性格が歪んだんじゃないか?」

「……余計なお世話だ」


イオアンは暗い気持ちで真っ青な夏空を眺めた。

どれほど自分が気持ちを奮い立たせて行動したところで、すべて空回りになるような気がする。

何もかもが無意味だ。

体から力が抜けていくような、空っぽな感じだった。


しばらくすると蹄の音が聞こえ、バルバドスが立ち上がった。

「おやおや、女盗賊様の登場のようだぞ」


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