第51話 女盗賊
「……どういうことだよ」
疑わしそうにエルが用心深く質問した。
「また、俺を騙そうとしてるんじゃないのか?」
「お前の首には、莫大な懸賞金がかかってるんだ」
とイオアンが答えた。
「セウ家の家臣団だけでなく、この辺りの領民すべてがお前を狙うだろう」
「嘘だろ? 俺のことをか?」
「女盗賊としてな」
「ああ……そういうことか。じゃあ、これを着てなきゃいいんだろ」
マントを外そうとしたエルを、イオアンが止めた。
「待て。脱いだところで変わらない。すでに布告が回ってる。逃走中の女盗賊は男装している可能性があるとな」
「そんな……」
馬鹿馬鹿しそうにエルが笑った。
「俺を見れば、一発で分かんじゃん」
「お前はそう思ってるかもしれないが、残念なことに、見た目が可愛すぎるんだ。髪を短く切った少女と思われてもおかしくない」
エルはまだ信じようとしなかった。
「だいたい俺に懸賞金なんて、急におかしいだろ」
「急じゃない。お前は〈暁の盗賊団〉を知っているか」
「どこかで聞いたことがあるような……?」
「市場で捕まえたとき、お前を牢獄塔へ連れていけと命じてただろ。あのとき話していた盗賊たちだ」
「ぼそぼそ喋ってたから、よく聞き取れなかった。そいつらと何の関係がある」
「この盗賊団の女首領と勘違いされたんだ」
「この俺がかよ?」
「そうだ」
「だって、これは奥方のドレスなんだろ? おかしいじゃん」
「そう思うだろうが、とにかくここから出るのはやめてくれ。詳しく説明する」
イオアンはエルの肩を抱いて、もとの場所に座らせた。
「〈暁の盗賊団〉という連中は、ちょっと変わってるんだ。義賊というのか、金持ちや権力者ばかりを狙う。ほとんど金も盗まない」
「じゃあ何を盗むんだよ」
「一族で大事にされてきた家宝とか、陰謀に関する秘密の手紙とか、貴族が大金をはたいて買った魔物の毛皮とか、そういうものだ」
「よく分かんないんだけど?」
「とにかく、そういう変わった物を盗み出しては、貧しい市民たちにお披露目する。市民たちは大喜びさ、日頃の鬱憤を晴らせるからな。総督府としては何とか捕まえたいんだが、いまだに手がかりすら見つけられていない」
「へえ、面白そうな連中じゃん」
と興味をもった様子のエルが気がついた。
「ちょっと待て。その盗賊団の女首領が、俺ってことなのかよ?」
「そうだ。連中の唯一の手掛かりが、盗賊団のリーダーが若い女だということだ。催眠術か魔法のようなものを使って、屋敷の人間を眠らせる。かなり若い娘ということ以外は分かっていない。記憶に霧がかかるんだ。その女なら、奥方様の部屋に侵入しても不思議じゃない。過去には高価なドレスを盗んだこともあるしな」
「じゃあ、その女が盗んだドレスを着て逃走したと?」
「そういうことだ」
「その女の首に懸賞金がかかっているのか?」
「それも莫大な金額がな。内務長官のギイス伯爵はかなり焦っている。なりふり構わず捕まえようとしているわけだ」
「じゃあ、いったい俺はどうすりゃいいんだよ!」
「だから、それを考えようとしているんだ」
イオアンが沈痛な表情で答えた。
「見張りの話では明日の朝、ここを調べて見つからなければ、あたりの住人に山狩りを呼びかけるそうだ。少なくない数の村人が参加するだろう。たとえ、お前がドレスを脱いだところで、その肌の色までは隠せない」
「そんな……」
「これが、処刑人がお前を尋問する理由だ。ただの馬泥棒としてではなく、数々の盗みを働いてきた〈暁の盗賊団〉の女首領としてな」
「……嘘だろ」
愕然とした表情でエルが、イオアンを見つめた。
「尋問は過酷なものになるだろう。何とかして自白を引き出そうとするだろう」
イオアンはエルから目を逸らし、前を向いた。
「すまない。想定外だった」
「だから、想定外じゃすまないって言ってんだろ!」
エルが、イオアンの胸元を掴んで揺すった。
「あんたの馬鹿馬鹿しい思いつきのせいで俺が死ぬんだぞ! 分かってんのか!」
イオアンはエルに揺すられるまま、
「……そうだな」
と感情を殺した表情で答えた。
エルは荒い息を吐きながら、
「どうしてくれんだよ……」
と震える声で呟くと、膝を抱えて頭を埋め、すすり泣き始めた。
幾つかの可能性がある――。
隣のエルの嗚咽を聞きながら、イオアンは正面を向いて考えていた。
尋問で、エルが女首領ではないと分かっても、ギイス伯爵は無理やりでっち上げた罪をエルに押しつけて、市民たちの前で公開処刑をする可能性がある。
伯爵はそういう政治的な工作が上手い。
父上がその「真実」を受け入れれば、私の関与は不問になるかもしれない。
そうなればブッケルムは〈魔の馬〉として復権し、私は何のお咎めもなく、ただエルだけがこの世から消えることなる。
この哀れな少年を生贄に差し出すつもりか?
自分が引き起こしたことなのに。
ブッケルムを屋敷から盗ませなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
いや、違うな。
エルが〈首なし騎士団〉の見習いと聞いて、仕事を持ち掛けたときだ。
あのときから私には下心があった。エルを誘ったのは、ブッケルムのためだけじゃない、私自身のためでもあったんだから。
〈首なし騎士団〉といえば誰もが恐れる。
どの公爵家でも戦力として、喉から手が出るほど欲しい連中だ。
そして、もしかしたら彼らと、エルを通して接触できるのではないかと思った。
そうしたらどうなる?
父上や公妃様に報告すれば、私は褒めてもらえる。
日頃、私を軽視している騎士たちの鼻も明かせるだろう。
だからエルを屋敷に連れ込み、あとで追いかけようと思った。騎士たちの居場所を掴んで、上手くいったら面会する――。
あわよくば、そんなことを私は期待していたのだ。
まったく子供だな――。
つまりは劣等感だ。
そう、伯爵家の嫡男として生まれながら、騎士になれないという劣等感。
ベッドから動けなかった三年間、自問自答していた。
私の価値は何なのか?
この人生に意味はあるのか?
騎士になれない自分は、無用の存在だと思っていた。
弟の活躍も素直に喜べないところがあった。そんな自分が嫌だった。それで、ますます人を遠ざけるようになった――。
イオアンはゆっくりと息を吐くと、夜空を見上げた。
まもなく夜が明ける。
宝石のように青白く輝いているのは、プレアデスの星々だろうか。
星々にとって人間の人生など意味はない。しかし人間は、自分の人生の意味を自分で決めることができるはずだ――。
そう、己の生き方によって。
もういちど、父上を説得してみよう。
どうせ、エルが見つかれば決定的な処分を下されるんだ。
だが――説得が失敗したらどうなる?
父上は激怒するだろう。
病弱な自分が追いかけてきて、気分を逆撫でするような発言をするのだから。
いや駄目だ――。
私は失敗しましたですむが、エルにとってはそうじゃない。
確実に殺される。
だから、父上たちを絶対撤退させなければいけない。
しかし、どうやったら説得できるんだ。
頑固な父上を。
この無力な私に――?
では、私が持っているものは何だろう?
イオアンは胸元から〈綺麗な首飾り〉を取り出した。
もし、この私が持っている価値があるとしたら――それは、セウ家の爵位継承者であるということだけだろう。




