表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第二章 横穴|深夜|イオアンはエルと語り合い、覚悟を決める
50/76

第50話 獲物

イオアンも驚いていた。

「では本当に、ブッケルムは〈魔の馬〉なのか……?」


「間違いない。少なくとも普通の馬なら、あんなスピードは出せないし、いまごろ潰れているはずだ」

「覚醒したということか?」

「そういう言葉が合ってるのか、俺には分からない……こいつが単純にやる気を出しただけっていう気もする。もともと能力はあったんだ」

「じゃあ、なぜ急に?」

「誰かに指図されたわけじゃない。自分のしたいようにしてるだけじゃないか」

「あの小さな体でか……」


イオアンは、横穴の奥で寝そべっているブッケルムを眺めた。

いまは黒い陰になっている。

今朝、セウ家の馬小屋では死にそうになっていたのに――。


エルが暗い目になった。

「でも、あいつにだって逃げ出すのは無理だ。ここは大理石の絶壁で囲まれている。背中に翼の生えたペガサスでもない限りね……」

「だが、太陽が昇ったら明るくなって、抜け道が見つかるかもしれない」

「下から見張られてるんだ、無理だろ」

「そうか……」

「あんた、下から登ってくるとき、見つからなかったのかよ?」

「見張りか? もちろん断ったうえで登ったんだ。上にいないか探してみると誤魔化してな。明日の朝には報告する義務がある」

「ドワーフの親方とは話した?」

「いや。だが見張りの話では、家臣たちが野営するのに反対したが、結局は押し切られたそうだ」

「オウグウスにか?」

「そうだろうな」

「会った?」

「会っていない。焚火のそばには近づかなかったし、伯爵様は寝ているだろう」


「まあ、あいつを起こしたくはないよな……」

そう呟くと、エルは寒気を感じたのか、純白のマントで体を包み込んだ。


確かに寒かった。

七月にも関わらず、背骨山脈の夜は冷え込んだ。

たぶん大理石に囲まれた場所だからだろう。昼間の熱が逃げるのだ。

イオアンはふと、墓地のような場所だと思った。


「だから、こいつは助かるよ」

とエルが続けた。

「〈魔の馬〉として覚醒したんだから連中が放っておくはずがない。こいつは馬小屋から、ちゃんとした厩舎に移される。その代わり……俺たちは死ぬけど」


「そうだな……それだけでも私たちは成功したわけか」


「たったそれだけのために、ずいぶん遠回りしたんだけどね」

とエルが自嘲気味に笑った。

「捕まったら、俺たちはどうなると思う?」


ここに来るまでのあいだ、イオアンは様々な可能性を考えてみたが、それについてはエルに話したくなかった。

黙り込んでいるイオアンの顔を、エルが覗き込んだ。


「大丈夫か、死にそうな顔をしてるけど」

「大丈夫ではないだろうな。こんな夜道をひとりで馬を走らせたことがない。そもそも私は、ほとんどイグマスから出たことがなかったんだ」

「ほんと本しか読んでこなかったわけか」

「仕方がなかったんだ。体が弱くて、すぐに倒れる体質なんでね」

「で、俺たちは? 尋問されて殺されるのか?」


そう囁くように質問したエルの顔を、イオアンはじっと見つめた。

ヴェールで覆われているので表情は見えない。

だが、その黒い瞳には、生命へのしぶとい欲望が感じられた。


やはり若いからか――?

そんなふうに思ったりしたが、すぐに諦めてしまう自分とは違うのだろう。

持っているエネルギーの輝きが違う。

それだけに説明するのが辛かったが、嘘は言えない。


「お前はイグマスの牢獄塔へ送られるだろう。そこで処刑人の尋問を受ける」


「え、処刑人! なんで?」

とエルは絶句した。

「ただ馬を盗んだだけじゃないか!」


「ただ馬を盗んだだけじゃないのは、お前だって分かっているだろう」

イオアンは重い溜息をついた。

「そのあとに起きた被害が大きすぎる」


「それはそうだけど、まさか処刑人って……」

エルは気持ちが追いつかない。

「拷問されたうえに殺されるのかよ」


「お前は殺されないかもしれない」

「本当に……?」

「ソマに送られる可能性がある。人手が足りてないんでな」

「ソマって、ソマ銀山?」

とエルが愕然とした様子で訊き返した。


「ああ、あの悪名高い銀鉱山だ」

とイオアンは頷いた。

「生きているあいだは太陽の光を浴びれない。浴びれるのは、死体となって鉱山から出るときだけらしいな」

宙を見つめているエルの耳には届いていないようなので、イオアンが確かめた。

「噂を聞いたことはないか? あとは鉛中毒で気が狂うかだ」 


目を見開いたエルが、イオアンへゆっくりと顔を向けた。

「あんたもソマ送りになるのか?」


イオアンは目を逸らした。

「どうかな……私は違うかもしれない」

さすがに伯爵家の嫡男を、囚人のように働かせることはないだろう。


「ふざけんな、特別扱いかよ!」

立ち上がったエルが、ブッケルムへ歩み寄った。


「どこへ行く」

「悪いけど、俺は逃げさせてもらう」

「見張りに見つかるぞ」

「分かってる。でも、逃げれるところまで試してみる」

「〈首なし騎士団〉のいるところか?」

「いや、そんなことは許されない。だったら死んだほうがマシだ」


「じゃあ、どこへ?」

ブッケルムの背に鞍を載せるエルを、座っているイオアンが見上げている。

「南大陸にでも渡るつもりか。絶対に追いつかれるぞ」


「分かってるよ……故郷に戻るつもりなんてない」

「やめろ、無駄だ」イオアンも立ち上がった。


「とにかくブッケルムと……」

エルが手を止めて振り返った。

「なあ、あんたも協力してくれよ? 見張りの気を引いてくれれば、見つからずに石切り場を脱出できる」


「いや、協力したところで無理だろう」

「何でだよ。元はと言えば、全部あんたのせいなんだからな!」


エルが睨みつけ、イオアンは黙り込み、しばらくふたりは見つめ合った。


「確かにお前の言う通り、私に原因がある」

イオアンが重たい口を開いた。

「だが、これだけは分かって欲しい。家臣たちが追いかけているのはブッケルムじゃない、エル、お前のほうなんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ