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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第二章 横穴|深夜|イオアンはエルと語り合い、覚悟を決める
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第49話 再会

どう呼びかけるべきなのか?

イオアンは迷い、音を立てないように息を殺しながら、夜空を見上げた。

月は出ていない。

満天の星空を見ても、時刻までは分からないが、第三夜警時(真夜中から日の出までの時間帯の前半)に入っているのは間違いなかった。


夜明けまで残されているのは、あと数時間――。


石切り場の最上層まで来ているが、真っ暗な石切り場は、底なしの暗さだった。

たぶん、そのほうがいいんだろう。

むしろ見えてたりしたら、自分などは恐ろしくて足がすくみそうだ。


目の前の大理石の足場は、星明かりでぼんやりと白く輝いている。

その奥に黒く陰になっている窪みがある。

ポカテルが足元でイオアンを見上げ、尻尾を振って、ここだと示している。


覚悟を決めると、そっと呼びかけた。

「エル、そこにいるんだろう?」


返事はなかった。


ここじゃないのか?

通り過ぎて、先へ進むべきか?

試しに、中を覗き込んでみると真っ暗だった。

いや、あそこにいるのはブッケルムじゃないのか――?


横穴に足を踏み入れようとしたイオアンは、突然ローブの胸元を誰かに掴まれ、中に引きずり込まれた。


息が出来ない。

首筋に、冷たく鋭い刃を感じた。


「声を立てるなよ、何のために来た?」

切羽詰まったエルの声。


「エル、私だ。それを離してくれ」

「分かってるよ。俺の質問に答えろ。なんであんたがここにいる?」

「もちろん助けに来たんじゃないか」


「助ける? あんたが連中に告げ口したんじゃないのか? おかしいだろ、あんたがこのドレスなら気づかれないって言ったんだぞ!」

押し殺した声でエルが言い立てた。


「誤算だった。ちゃんと話すから、まずその短剣を下ろしてくれ」


エルは短剣を鞘に納め、ブーツに差し込んだが、通さないように、まだイオアンの前で突っ立っている。くたくたのイオアンとしては、早く座って休みたかったのだが、それをエルが許してくれない。


「早く話せよ!」

「変装を見破られたわけじゃない、ブッケルムだ」

「あいつがどうしたんだよ?」


「危険なのは屋敷の誰もが知っている。そのブッケルムに奥方様が乗っているのを見て、侍女が驚いたんだ。伯爵様に報告して、そのあと奥方様がいつもどおり自室にいるのが確認された。それでお前が偽者だとばれた。想定外だった」


「想定外だって!?」

またエルがイオアンの胸ぐらを掴んだ。

「そんなことぐらい考えりゃ分かるだろうが! 俺は死ぬんだぞ!」


「声を抑えろ、下では見張りが起きている」

血相を変えて叫ぶエルを、落ち着かせるようにイオアンがぎゅっと抱きしめた。

「いいか、お前は死んではいない。これからどうすればいいのか一緒に考えよう。ここを抜け出す方法が、きっと何かあるはずだ」


しばらくすると、エルの呼吸も落ち着いてきた。

イオアンが体を離した。


「ククルビタを中に入れてもいいか?」

「ククルビタ?」

「私が乗ってきた馬だ。着替えた馬房にいた馬だよ。ブッケルムとは仲がいいから暴れたりはしないはずだ」


エルが無言で頷いたので、イオアンは外に出て、ククルビタの手綱を引いた。中に入れると、寝そべっていたブッケルムが立ち上がった。後から入ってきたポカテルも含めて、三匹で匂いを嗅ぎ合っている。


イオアンは魔法のランプを、ククルビタの胸から外した。


まだ警戒して立っているエルの脇を通って、イオアンは座り込み、横穴に体をもたせかけた。長時間馬に揺られていたので、歩くだけでも辛かった。慣れていない騎乗で内股が擦れて出血しているような気もする。


床に置いたランプを点火し、火力を弱める。

うっすらと横穴の様子が浮かび上がった。奥行きもない狭い空間だ。


エルが不満そうにイオアンを見下ろした。

「下から、ばれるんじゃないのか」

「場所は分からないはずだ。登ってくるときは消していた」

「それで、本当なんだな?」

「何がだ」

「俺を助けにきたってことだよ」

「もちろんだ。お前を助けなければ、私の立場だって危うい」


危ういどころじゃないだろう。

イオアンは頭を壁に預けて、ここまでの道のりを思い出した。


すぐに捕まっているだろうと思ってエルを追いかけ、途中で通り過ぎたファッシノ河にかかる関所は、酷いありさまだった。

馬の死骸は除去されていたが、衛兵が鉄格子についた血を洗っていた。その場から動けない騎士もいて、ブッケルムとそれを操る女盗賊の話を聞いた。

どれもが信じられないような話だった。


兵士の死体を見下ろしたイオアンは、暗澹たる気持ちになった。

今朝、大広間の入口ですれ違った男だった。

ブッケルムを逃がさせたことが、まさかこんな大惨事になるとは予想しなかった。


自分が母上の特注のドレスを盗み、エルに着させ、父上に放っておけと命じられた馬を盗ませた結果、兵士たちが死んだのだ。

そしていま、父上とアルケタたちがエルを追いつめている。


このままではエルは捕まるだろう。

すべてをぶちまけられたら、私は父上に殺されてもおかしくない。

殺されないにしても、いずれ廃嫡され、イグマスから追放されるんじゃないか?

そういう未来に慄きながら、イオアンはエルを追いかけてきていた。


エルを逃がさなければ、私の人生はおしまいだ――。


恐怖で胃が締め付けられる。

震えながら息を吐くと、イオアンが尋ねた。


「いったい何が起きたんだ?」


隣に座り込んだエルが、セウ家の屋敷を出てからの出来事を淡々と話し始めた。


拍手喝采を浴びながら北大門を通過したこと。

ライ麦畑の真ん中でブッケルムが暴れ、家臣団に掴まりそうになったこと。

ブッケルムが挑発しながら、とんでもない速度で駆け抜けたこと。

関所での惨劇。

橋の上でのブッケルムのいななき。

美しい橅の森で、突然現れた狼たちが軍馬を襲った話を聞いたときには、信じられずにイオアンは首を振った。


「私が通ったときには血の跡だけだった。狼も兵士も馬も、どんな死体も転がっていなかったぞ」


「ありえるかもね」

エルは気味が悪そうに頷いた。

「すべてが、悪い夢か魔法の出来事みたいだった」


その後は、この石切り場に逃げ込み、石工の親方に疑われて、ここに連れてこられたのだとエルは語った。エル自身が体験したことを信じられず、聞いているイオアンに、これは本当のことなのか確かめているような表情だった。


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