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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第二章 故郷の思い出|十一歳|いかにしてエルは罪を背負うようになったのか
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第48話 砂浜

故郷には真っ白な砂浜がある。

どこまでも続く海岸線には、椰子の木が生えている。

城の子供たちも、村の子供たちも、みんながそこに集まって遊ぶ。

雪エルフの血を引く彼は、きつい南大陸の日差しで真っ赤になるんだけど、それでも泳ぐのが好きだった。


俺たちは服を脱ぎ捨てて、生ぬるい海に飛び込んだ。

泳ぎ疲れた俺たちは、砂浜に上がって体を乾かし、真夏の太陽が西の海にゆっくりと沈んでいくのを眺める。

水平線の向こうでは、入道雲がオレンジ色や桃色に染まっていく。


あるとき、

「この綺麗な首飾りを君にあげよう」

と彼が俺の首に首飾りをかけてくれた。


麻紐の先につるつるした宝貝がついていた。

自分で言うのもなんだけど、俺の黒い肌に、小さな白い貝殻はとても似合っていたと思う。素朴な、とても美しい首飾りだった。


たぶん、裕福な貿易商の息子である彼なら、もっと手の込んだ高価なものを俺に贈れただろう。でも彼は手作りの自然なものを贈ってくれた。そのままの俺でいいってことなんだと思う。


「〈光の王〉の名にかけて、君を傷つけないと僕は誓おう」

厳かな表情で彼が祝福してくれた。

「つねに清らかな光に守られんことを」


両手を砂浜につき、夕陽を眺めながら彼は言った。

「いずれ貿易商の父は故国へ帰ると思う。けれど僕はこのまま帝国に残りたい。故郷では宗教的な戒律がますます厳しくなっていると聞いている。僕のような血が混じった人間が生きていくのは大変だろう。できればルラル教の祭司にでもなって、この土地に骨を埋めるつもりだ」


そんな話を、彼の肩に頭を預けながら俺は聞いていた。


※ ※ ※


こうして幸せな日々が続いていた。


ある夏の日のことだ。

太陽が沈み、遠くから教会の鐘の音が聞こえると、俺はみんなが知らない漁師小屋に彼を衝動的に誘った。


その小屋はもう使われてなくて、壊れかけていた。

まわりの松林の中では、昼間はうるさかった蝉も鳴きやみ、蟋蟀が鳴いていた。

そこで俺は、彼と初めての朝を迎えた。


俺が目を覚ますと、すでに彼は隣で体を起こして、ぼんやりとしていた。白くて華奢な背中が、ひどく頼りなげな感じがした。


俺は服の上に置いてあった自分の短剣を手渡した。

「これを受け取って」

「こんな高価なものは受け取れないよ」

と彼は驚いていた。


「そんなことないよ。他にもあるから」

と俺は押しつけたけど、それは嘘だった。


確かに高価だった。

父から特別に与えらたものだ。

でも、これをあげれば彼を自分のものにできると、心のどこかで思っていた。


彼の貝の首飾りは純粋に感謝の気持ちだったかもしれないけど、俺の贈り物には、どこか打算が混じっていたんだ。


困惑している彼をおいて、俺はそそくさと服を着ると、

「じゃあ!」

と叫んで、小屋から立ち去った。


それから、俺たちの関係はおかしくなった。


※ ※ ※


でも、こうやって話してるけど初めてなんだ。

故郷を離れたあとに出会った子供たちにも、先生にも、騎士団のみんなにも話したことはない。ずっと胸の内にしまっておくつもりだった。


でも、不思議だな。

ブッケルムが相手だと何でも話せてしまう。

でも話すのは、これが最初で最後だ。これからは誰にも喋らず、すべて墓場まで持っていくつもりだよ。

罪深い自分について、話せる彼はもういないから。


漁師小屋の一件のあと、彼は城を訪れなくなった。

教会を訪れても前とはどこか違う、よそよしくなったように感じた。

いまから思えば、彼にのめり込んでいる俺を危ういと思ったのかもしれない。それとも、幼い男の子と肌を重ねたことを後悔したのかもしれない。

でも、まだ子供だった俺にはわけが分からず、混乱し、彼につきまとった。

しまいにはルラル教の祭司から丁重に断られるようになり、俺は教会に通えなくなってしまった。


彼と会えなくなると、俺は何もしたくなくなった。

ふさぎこみ、余計な妄想に襲われた。

誰か別に好きな相手ができたんじゃないか。それとも、俺のことを誤解してるんじゃないだろうか……。

ふつうの子供なら、こんなことを考えている暇がない。

村の子供なら仕事がある。従士なら訓練がある。みんなくたくたになって、そんなことは忘れてしまうだろう。

でも、俺は甘やかされた子供だった。

自分を避けている彼のことが憎たらしくなって、首飾りを部屋で踏み潰した。

白い貝殻はいともたやすく粉々になった。


床の上の首飾りの残骸を見下ろしながら、俺の行為が彼を遠ざけてるとはまったく考えず、どうしたら彼と会えるのかばかり考えていた。


そのとき天啓のように閃いた。

そうだ、彼に贈った短剣があるじゃないか!


俺は城で大袈裟に騒ぎ立てた。

俺の短剣がない!

もしかしたら、誰かに盗まれたのかもしれない!


城の人間が、最近急に姿を現さなくなった彼を思い出した。屋敷と教会を調べると、教会の小部屋から俺の短剣が見つかり、彼は城に連行された。取り調べを受けるなかで、俺以外にも子供たちを集めて布教していたことが明らかになった。


事態が進展するにつれ、俺は自分のしたことが恐ろしくなった。

彼が俺のことを喋ったら、禁じられているルラル教を自分が信仰していることを、父に知られるかもしれない。

慌てて俺は、彼に与えたことを忘れていたと伝えた。

父には軽々しく人に与えるんじゃないと叱られたが、彼は解放され、俺が頼み込んで短剣も彼に戻してもらった。

城の入口で見かけた彼は、傷だらけでやつれていた。


目の前を通り過ぎる彼を、目を見開いて見つめている俺に気づいた彼は、何も言わなかったけど優しい目をしていた。

悪いことをしたのだから、罰を受けて当然だと思っている表情にも見えた。

そんな彼に俺は涙を流したけど、何も言えなかった。


※ ※ ※


そのあと起きたことは、まだ整理がついてない。


あのときの彼が何を思っていたのか? どうして決断したのか?

それをいまも俺は考えるよ。


でも、苦しくなって蓋をしてしまう。

でも、その疑問と罪の意識は永遠になくならない。

だから、その痛みを感じたくなくて、俺は無茶なことをしたり、何度も盗みに手を染めるんだと思う。


たぶん心の底では分かってる。

いつか、この罪を償わなきゃいけないんだろうと。

まだ、その方法は分からない。

でも天罰が怖くてやるのは嫌なんだ。犠牲という言葉は好きじゃない。自分からそれを望んでしたい。あのとき彼が俺のために黙っていてくれたように。


でも、もう言い訳はやめよう。

これから、ちゃんと起きたことを話すよ。


彼を城門で見かけた日、その晩は眠れなかった。

胸が張り裂けそうな気持だった俺は、まず彼に謝ろうと思った。

城を抜け出し、彼の屋敷に向かった。

使用人が、彼はいないと迷惑そうに告げた。そのまま教会に向かった。教会で夜明け前から一人で祈っていることがあった。けど礼拝堂は空だった。


途方に暮れた俺は、海岸に向かった。

朝日が昇る前で、村の子供たちもまだいなかった。

もしかしたらと思った俺は、漁師小屋に向かった。そこでひとりで過ごしてるのかもしれない。

松の林を抜けた俺は、小屋の入口で立ち止まった。


小屋の奥の梁から、彼の体がぶら下がっていた。

俺は入口でへなへなと座り込んだ。

こんな結末は望んでいなかった。ただ彼と一緒にいたかっただけだった。


俺のせいだと思ったけど、一方で、それだけじゃないとも思った。

責任逃れをするつもりじゃない。

ただ、彼には彼の悩みがあったということだ。

女性を愛せないこと、自分が混血であること、〈光の王〉との関係――。

俺はそれに気づかず、自分の気持ちばかり押しつけていた。

少しでも、ほんの少しでも彼の気持ちを楽にしてあげることが出来ていれば、こんな結果にはならなかったんじゃないかと悔やんだ。


気がつくとあたりは明るくなり始めていた。

俺は彼の真下に立った。

足元に、俺が贈った短剣が置いてあった。


短剣を拾い、泣きながら彼を見上げた。

このまま放置したら、誰かが彼を見つけてしまう。

ルラル教では自死は大罪だ。まともに葬られることはないだろう。

俺は苦労して縄を切り、彼を梁から降ろした。生命のない彼の体は重たかった。俺は彼の亡骸を背負うと、松林に隠れて海に向かった。


砂浜に辿り着くと、俺は倒れ込んだ。

十一歳の俺には、十七歳の彼は重たすぎた。

黒く濡れた砂浜の上に、彼の体が人形のように横たわった。


夜明け前の海の音が聞きながら、しばらく俺は塩辛い涙を流していた。

やがて、俺は立ち上がった。


俺は砂浜の小舟を海に押し出した。

でも動かない。

俺ひとりの力では到底無理そうだった。

それでも顔を真っ赤にして船を揺らし、少しずつ海へ近づけた。

急に船が軽くなった。

いつのまにか満ち潮になっていて、船の下に海水が回り込んで持ち上げたんだ。

ようやく俺は船を浮かべることができた。


船を動かす前と、彼はまったく同じ姿勢で浜辺に横たわっていた。

彼を背負うと、濡れた毛布のように船へ投げ込んだ。


小舟を海に押し出し、俺も乗り込んだ。

オールで漕ぎだしたけど、それ以上に陸からの追い風が強くて、砂浜が見る見るうちに遠ざかっていった。

まるで、故郷から出ていけと言われてるようだった。


それは覚悟していた。でも、ひとつだけ後悔していることがあれば、彼の贈り物を粉々にしてしまったことだ。あの綺麗な首飾りだけでも残していれば、ずっと思い出せたのに――船の上で動かない彼を眺めながら、そう思っていた。


空が明るくなり始めた。海岸の椰子の木が遠ざかり、遥か向こうには火山も見えていた。またいつも通りの夏の一日が始まるんだ。


こうして俺は彼を弔い、二度と故郷に戻ることはなかった。


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