第47話 ルラル教
じゃあブッケルム、どうして俺が故郷を離れたかを話すよ。
俺の故郷は素敵なところなんだ。
すごく暑い。
白い砂浜がどこまでも広がっていて、たくさん椰子の木が生えてる。
もくもくと大きな火山が白い煙を吐いてる。
その麓にある城で俺は生まれたんだ。
俺は甘やかされた子供だった。結局それが原因で故郷を離れたんだと思う。
生まれたときから俺は少しおかしかった。
でも、伯爵家の長男として生まれたから、あれこれと世話を焼かれ、何不自由のない暮らしだった。
そのせいで、余計に悪化したんじゃないかな。
勝手な言い草だけど、貧しい子だくさんの農民の家にでも生まれていれば、生きていくために、いろいろ我慢しなきゃいけなかっただろうからね。
でも、俺は伯爵家の長男として生まれた。
そのあと弟ができたんだけど、それはずっと後だったから、それまで俺はずっとちやほやされてたんだ。
いや、ちょっと違うかな。
まわりの乳母や侍女たちは、俺を何とかまともに育てようと必死だった。そうしないと伯爵である父から処罰を受けるからね。
子供の頃から、俺は極端だった。
頭が異常に活発になって夜も眠らずに喋り続けたと思えば、体が鉛のように重くなり何日も泥のように眠り続けたりした。
夜中に突然悲鳴をあげたりすることもあったみたいだ。
でも起きてたわけじゃない。
目を開けたまま寝てるらしい。ぜんぜん俺は覚えてないけど。
そんなことあるのかって思うだろう。
でもそうなんだ。
驚いた乳母が抱きしめようとしても、俺は突き飛ばし、恐怖で叫び続けた。
恐ろしい夢を見てたかは覚えない。
翌日にはけろりとして、すべて忘れてるから。
あと俺自身、自分というのが良く分からなかった。
なんて言うのかな――、
どこまでが俺なのか分かんなくなっちゃうというか。俺は分かってるつもりなんだけど、みんなとは違うみたいなんだ。
だから、ヤヌスに惹かれたんだと思う。だって境界を司る神なんだろう? 俺はその境界が曖昧だから、はっきりさせてくれると思ったんだ。
たぶん俺の生まれも、この傾向を悪化させたんじゃないかな。
伯爵家の長男として我儘し放題だった。
家臣の持ち物を自分のものにして、領民の家には勝手に入り込んだ。
べつに、お前のものは俺のものって思ってたわけじゃない。その区別をする必要性を感じなかっただけなんだ。
だから、いらないものは村の子供にあげてたよ。
でも――本当に好きなものだけは、自分で独占したかったかもしれないな。
小さい頃はまだ良かったんだ。
それが、年頃になるといろいろ問題を引き起こした。
だんだん大きくなるとさ、男は男らしく、女は女らしくってなるだろう?
それも分からなかった。
どっちでもいいじゃないか。ただ違うだけだ。
だから可愛い女の子も好きだし、凛々しい男の子も好きだった。
美しいドレスをまとうのも、冷たい甲冑を身につけるのも好きだった。どっちかひとつだけを選ぶなんて、俺にはできない。
でも俺は伯爵家の長男だ。そうも言ってられない。
騎士として前線に立って、家臣たちを率い、いずれ、どこかの名家の娘と結婚して子供を作るっていうのが、当たり前の生き方なんだろう。
頭では分かっても、俺は混乱していた。
みんなには見えてる決まりが俺には見えていなかった。
言葉にできない欲求不満が溜まって、わけもなく暴れ回ってた。まわりも手を焼いていたと思う。
そんな頃、初めてルラル教に出会ったんだ。
※ ※ ※
ルラル教というのは、海を渡ってやってきた雪エルフたちが広めた宗教だよ。
馬のお前には必要ないだろうけどね。
偉い神様はひとりしかいない。
〈光の王〉という神様だ。
ほかの神々もいるみたいだけど〈光の王〉がいちばん偉い。
俺にはそれが良かった。
どの神を信じればいいのか悩む必要がない。
ぐちゃぐちゃになった俺の頭をすっきりさせてくれるような気がした。
だけど、父はルラル教の布教は認めてなかった。
雪エルフとの貿易だけを認めていた。父は神なんてどうでもよかった。伯爵家が豊かになればそれでよかった。
だから公には、祭司は領地にはいなかった。
だから俺は、商人から教えを聞いたり、隠れて布教している祭司と会ったりした。
たぶん、隠れて異教を信仰するっていうのが良かったんだろうな。
もう分かってると思うけど、俺は禁じられるとやりたくなる性分だからさ。
でも、別の問題も起きた。
〈光の王〉を信じると、罪の意識を感じるようになった。
なぜってルラル教では、男が男を愛することは禁じられているからだ。
愛し合うのも、体を重ねるのも、男女のあいだだけで許されることだと、はっきりと決められていた。
帝国の習慣とは大違いだ。
帝国の騎士たちは小姓とそういう関係になるし、寺院の僧侶たちはやりたい放題だって、そういう噂はいろいろ聞くからさ。
そんなとき、彼と出会った。
十一歳の初夏だった。
彼は十七歳だったと思う。彼はある雪エルフの貿易商と、南大陸人の母親とのあいだに生まれた淡い褐色の肌をした混血の若者だった。
出会いは、俺がこっそり参加していた雪エルフたちが集まる教会でだった。彼は真っ白な服を着て、聖なる火の儀式を手伝っていた。
とても美しかった。〈光の王〉を守護する天使みたいだった。
彼と出会ってから、俺の中の何かが変わった。
そう、彼と出会わなければ、俺は甘やかされたガキのままで、いまも故郷にいたと思う。でも出会ったことですべてが変わってしまった。
火の儀式が終わると、俺は話しかけた。
たぶん、ルラル教の教えとかそんなことだろう。べつに何でも良かったんだ、彼と話すことさえできれば。
どぎまぎしてる俺に、彼は親切に教えてくれた。
こうして教会に行くたびに、彼から個人授業を受けるようになった。
俺は一生懸命、難解なルラル教の神学を理解しようとした。でも、彼を通して教えを深く知れば知るほど、〈光の王〉を信じれば信じるほど、そして彼に近づけば近づくほど、罪の意識は深くなっていった。
彼に惹かれていたのは確かだけど、同時に本当に〈光の王〉の教えを求めていた。いつも混乱している俺は、何か揺るぎないものが欲しかった。
けど、正しい道を進むためには、彼への愛を捨てないといけないのか?
〈光の王〉への信仰と、彼への愛情に引き裂かれた俺は不安定になり、家臣に八つ当たりしたり、奇矯な振る舞いをするようになった。
城じゅうのみんなが心配しただろうけど、どうすることもできなかった。
癇癪を起こしては、俺は暴れまわった。
ちょうど、子供から大人になる境目だったんだと思う。
頭と心と体がちぐはぐだった。
彼への想いは、重たいものじゃなかった。
もっと淡い憧れのようなものだ。
でも、もともと極端だった俺の性格のせいで、危険な状態にまでなっていた。
家族以上に、俺が追い詰められていた。
もう二度と会えなくなることも覚悟して、本当のことを言おうと思った。
集会の後、ひとりで礼拝堂の片づけをしていた彼に話しかけた。泣きながら話す俺を裏の小部屋へ連れていくと、彼は扉をそっと閉めた。
彼は黙って聞いてくれた。
話しているうちに、俺は頭がぐちゃぐちゃになって彼への想い、〈光の王〉への信仰、子供の頃からの悩みをすべて打ち明けていた。
告白して泣きつかれた俺を、彼は優しく抱きしめてくれた。
そして、長いあいだ辛かっただろうと慰め、告白した勇気を褒めてくれた。
そのあいだ、彼に体を預けていた俺はどきどきしていた。
俺を抱きしめたまま、長いあいだ彼は無言だった。
そのあとで決心するように大きく息を吐くと、俺の耳元で彼が囁いた。
「僕も同じなんだ」
俺は意味が分からずにじっとしていた。
彼の震えが伝わってきた。
「僕も女性を愛せない。愛せるのは〈光の王〉と男性だけだ」
驚いている俺に彼は言った。
「これはふたりだけの秘密だ。僕も長いあいだ誰にも言えなかった。君の勇気のお陰で僕は救われたよ」
※ ※ ※
こうして、初めて何でも話せる相手ができた。
教会に通っては〈光の王〉に祈り、小部屋では彼だけに本心を明かした。
罪の意識も、むしろ彼と共有していると思えば嬉しかった。
一度だけ俺は小部屋にドレスを持ち込み、見てもらったことがある。
俺を見て、彼は可愛いと言ってくれた。
でも、戸惑っているのが何となく分かった。だからやめることにした。
俺はこそこそと教会に参加するのに飽き足らず、彼を城に招待した。博識な彼なら、家族も気に入ってくれると思ったからだ。
息子が異教に染まっているとも知らずに、父は異国との貿易や雪エルフの慣習についていろいろ質問した。母や弟たちは、あれほど乱れていた俺の気分が安定しているのは、彼のお陰だと思って歓迎した。
あまり社交的ではなかった彼が、たびたび訪問してくれたのはなぜだろう?
もしかしたら教会から圧力を受けていたのかもしれない。
伯爵である父に近づけば、領内での布教を正式に認めさせるのに有利になると計算してただけなのかもしれない。
でも十一歳の俺は気づかず、ただ嬉しかった。
やがて、彼とは教会や城だけではなく、外で会うようにもなった。




