第46話 短剣
ブッケルムが体を起こし、もたれかかっていたエルは目を開けた。
どうやら、いつのまにか寝てしまっていたようだった。
まだ暗いが、頭上では美しい天の川が西に傾いていた。
立ち上がったブッケルムは横穴の外を見て、耳を前に向けている。
その様子に、エルは完全に目が覚めた。
静かに立ち上がり、神経を研ぎ澄ます。
ブッケルムが横穴の前に出ようとしたので、慌てて手綱を掴んだ。
じっと耳を澄ませる。
微かに蹄の音が聞こえる。
馬に乗った誰かが、石切り場を上がってきているのだ。
エルはゆっくりと息を吐き、気持ちを落ち着けようとした。
馬は一頭だけのようだ。
ゆっくりとした足取りで、上に登ってきている。途中の場所には興味がないのか、立ち止まらず、エルのいる最上層まで登ってきた。
なんで?
この場所が分かってんのか?
エルは気持ちを落ち着けようとするが、呼吸はどんどん早くなっていく。
どうする?
このままだと見つかっちまうぞ。
エルはブッケルムを見た。
期待に鼻を膨らませているのか、怯えている様子はなかった。
暴れ出したりはしなさそうだが、隠せる場所もない。
見つかったらどうする?
殺すのか?
いや、駄目だ。俺はブッケルムじゃない。
人を殺したりなんかしない。
蹄の音が止まった。
誰かが馬から降りた音。ブーツの音。
こっちに向かってくる。
胸を締め付ける恐怖で、エルの心臓は破裂しそうだった。
どうするんだ?
見つかれば、大騒ぎになる。
ただ大人しく連中に捕まる気かよ。
いや――、
ひとりぐらいなら、殺れるんじゃないか?
ここに入ってきたところを、一撃で仕留めるんだ。
この俺に出来ないはずがない。
大理石に硬い足音をたてて、ゆっくりと誰かが近づいてきた。
エルは喘ぐように息をする。
ブーツに差し込んだ短剣を掴み、鞘から抜き出す。
太陽の下で見れば、火山の溶岩のような赤銅色の刃なのだが、いまは星明かりに鈍く輝いているだけだ。
この短剣で、相手の喉を掻き切るんだ。
それなら一瞬で終わる。
綺麗な純白のドレスが血で染まるけど、それは仕方がない。
そうだった、自信を持て。
俺が人を殺すのは初めてじゃない。
この短剣で、あの人を殺したんじゃないか。
人殺しも二度目なら、今度こそは上手くやれるはず――。
エルはいつでも相手に飛び掛かれるよう、僅かに膝を曲げた。
横穴の前で足音が止まった。
すると「ふんふん」という鼻息が聞こえた。
犬?
犬がいるのかよ!
じゃあ、吠えないように一気に片をつけなきゃ――そうエルが決意すると、聞き覚えのある小さな声が聞こえた。
「エル、そこにいるんだろう?」




