外務次官 窪塚江梨香
江梨香は披露された甲骨を前に考え込む。
占いの結果は大凶。
その卦は、まるで地底から暗黒の大魔王でも蘇る勢いのものだった。
サウロンとか名前を言ってはいけないあの人とかが這い出てくる。そんな感じ。
このご宣託のせいで、ジュリエットたちは軍勢を前に押し出せない。ってことは私の役割は、そんな彼らの不安を払拭し、心機一転させることだ。
それは理解できるわよ。でも、どうしろと。
腕を組み、頭をひねる。
占いなんて非合理的で迷信みたいなものと笑い飛ばすことは簡単。でも、そんなことしたって何の問題解決にもならない。そもそも、ジュリエットだってそんなことは百も承知って感じ。占いを心底から信じて及び腰なわけではない。それはこの場の空気からも感じる。
景気づけにシャンパンの栓をあけたら、中身が傷んで泡が全く出なかった、みたいな戸惑いに近い。
「"地底より封じられた魔が生じ、天の理が破れ混沌の世となる"か・・・」
「さよう」
ご宣託を反芻すると、ジュリエットが大きく頷く。
「でも、これって実際に何が起きるの」
「それが分かれば、この身も苦労はせん」
「だよね」
素朴な疑問に、もっともな回答が提示された。
分からないから困ってるんだもんね。そっかそっか。
文言通りに読めば、地底から大魔王が復活して、この世を地獄に変える。そんな感じ。この解釈が100%正しいとして、私たちに何が出来るのだろうか。
問うまでもなく打つ手はない。
仮にご宣託通りに、この世界には封印された大魔王がいて、その封印が解かれようとしている。私たちに出来ることがあるとしたら、解かれようとする封印の解除を止めることやね。封印されている場所が分かるのが大前提ですけど。
「別に茶化して言っているわけではないけど、封印された魔とかって本当にいるのかな」
「口伝としては伝わっておる」
「あっ、本当にいるんだ。どこにいるの」
「お山の下に封じられておる」
「お山・・・ああ、アマヌの岸壁の下」
「さよう。我らは遥か古に、この世を乱した魔を封じたルウェイユの末裔である」
ルウェイユが何かわからないけど素直に感心した。
「へー。凄い」
凄い人だか存在の末裔とか普通にかっこいい。
「何を言っておる。今やエリカも我が一族の末ぞ」
「えっ、でも血とか繋がってないわよ」
「血脈など些細な問題だ。我らに求められるのは魔を封じる力の有る無しだ。メイガリオーネ ワルツ エリカ」
メイガリオーネ。
北方民の言葉で魔法使いをあらわす単語。クロードヴィグが私を呼ぶときに付ける敬称だ。
なるほど、魔を封じるのが魔法使いの役割なのね。今知ったわ。
「じゃあ。今からお山に行って、封印を確かめたらいいのかな」
「それは、もうやっておる。この卦が出た時に、早馬を飛ばして確認したわ」
「で」
「大事ない。お山は変わりない。静かなものよ」
「封印は、痛んだり誰かが破ろうとした形跡とかなかったの」
謎の古代文字で書かれた魔法陣的なものを想像する。
「お山が封だと申しておろう。封が解かれればお山が崩れておるわ」
「なるほど」
そっか。あのおっきな一枚岩、それ自体が封印なのね。
あんなおっきな岩石で封じ込まれてるって、封印されているのはゴジラか何かなのかな。連想ゲーム的に、ゴジラがアマヌの岸壁を突き破って登場するシーンを想像した。うん、世界が滅びるわ。困ったわね。
常識的に考えて、あんなおっきな岩が崩れるとしたら、地震か地殻変動か、はたまた常識外れの凄まじい大雨か。
この中では大雨の線はないかな。
理由としては雨の気配を感じないから。ここ最近、魔法の適性が上がり始めている気がするのよね。私は風と光のエレメンタルに適性がある。この二つを組み合わせることで、上空の水分量が感覚的にわかるようになってきた。自分の感覚を信じるのであれば、小雨程度ならまだしも、常識外れの雨は降らない。少なくとも一週間は大丈夫。
そうなると、残りは地震に伴う地殻変動。これはわからん。土のエレメンタルでも持っていたらわかるのだろうけど、空気と光では違和感すら感じ取れへん。
「消去法で地震かなー」
「何か言ったか」
日本語の独り言に、ジュリエットが反応した。
「もしかしたら、近いうちに地面が揺れて、アマヌの岸壁が砕けるのかも」
「そうなのか」
ジュリエットの両目が大きく開かれる。
「確信があるわけじゃないけど、それぐらいしないとお山が崩れることは無いと思う」
「お山が崩れるほどの地揺れ・・・」
「うん」
「それはいつだ」
「私も聞きたい。占いではなんと」
「わからん」
「でしょうね」
占いで地震予知ができたら気象庁が発狂するわ。
人間様に出来る事が無くて、天を仰ぎたい気分。しかし、そんなことは言ってられない。今この瞬間にも作戦は動いている。援軍の停滞は厳禁。
江梨香は今一度、占いの結果を思い起こす。占いゆえに、全てが抽象的だ。別の解釈の余地はないだろうか。王国にとって都合のいい解釈が。
すぐさま、幾つかの案が思いつく。しかし、王国側の都合の上に成り立つ解釈は、アマヌの一族の為になるわけではなかった。それでは駄目だと気が付く。今この段階で最も大事なのは、一族のしこりを解きほぐすことだ。王国の都合は忘れるべきかも。王国の事はすべて忘れて一から理論を構築してみる。占いの再解釈を。
そして、一つの案が浮かんだ。
浮かんだはいいけど、やりきれるのかな。いや、みんなの為にもやるしかない。
「ジュリエット。一つお願いがあるのだけど」
「なんだ」
「あのね」
ジュリエットの耳元で、これから実行する作戦を説明した。
「どうかな」
「うーむ。悪くない話ではあるが・・・」
よし、反応は悪くない。
「今、決めなくてもいいから、私の・・・なんていうのかな。とりあえず私のプレゼンを聞いて。その後に決めて」
「ようわからんが、やってみると良い。この身は構わん」
「ありがとう」
ジュリエットの許可を得た江梨香は、目の前の光景に気を配った。
私とジュリエットが上座に座り、向かって右手に王国の人たち、反対側にアマヌの一族の面々。
「お伺いしますが、王国側の代表者の方はおられますか」
「私です」
最も近い位置に座っていた白髪の紳士が声を上げる。
「御尊名を伺っても」
「これは失礼いたした。私はキャンティ・ハマール・アイゼンドール。王国枢密院の末席を預かって居り申す」
王国枢密院か。
わかりやすく言えば、国会議員の先生。よしよし、予想通り。
総司令官を公爵が務めるぐらいだから、外交官だってそれなりの人を派遣していると読んだけど当たったわね。
「ハマール卿。今回の援軍の取り決めの文書とかありますよね」
王都での裁判とかで痛感したけど、この手の取り決めは基本的に文書で行われる。
ロジェ先生も文書に物凄くこだわっていた。
「無論です。私と族長殿との間で交換いたした」
やっぱり。
「見せてください」
「はっ、しかし・・・」
ハマール卿が眉をひそめる。
何の権限もない小娘の要請に気を悪くしたみたい。
「必要です。重ねてお願いします」
自覚はあるけどちょっと高圧的な態度になっちゃった。
「よいではないか。みせてやれ。それとも我らの文書をみせようか」
ジュリエットが援護射撃をしてくれた。助かる。
「いえ。それには及びませぬ」
ハマール卿は後ろに控えていた従者に命じて、一族との取り決めが記された文書を持ってこさせる。
「こちらです」
豪華な装丁の巻物が広げられる。
「この文書は、枢密院で審議され国王陛下のご裁可による文書です」
「恐れ入ります」
国王陛下の文書となると、粗略に扱う訳にもいかず、おっかなびっくり内容に目を向けると、こりゃ駄目だ。飾り文字のオンパレード。私じゃ早く読めない。
「お手数ですが、読み上げて頂いても。私、飾り文字が苦手でして」
「・・・わかりました」
ハマール卿は、小さなため息とともに了承してくれた。
しばらくの間、ハマール卿の条文朗読が天幕内に鳴り響く。
内容はとってもシンプルで、援軍の要請に基づき、軍の規模や指揮権、略奪品の分け前やお礼の品についての取り決めだった。予想通りの内容。
「ハマール卿。無理を承知でお願いします。今から新しい条文を付け加えてください」
天幕は一瞬の静寂に包まれた。
「馬鹿を言わないでいただきたい。エリカ・ド・アルカディーナ」
「今は馬鹿になるときです」
「失礼ながら、どのお立場でのご発言か」
ハマール卿の声色に怒りの色がにじむ。だけど引かない。
「私が背負っている全ての立場からの発言です。私は教会のアルカディーナであり、アマヌの一族の一員です。付け加えるのであれば、公爵閣下直々に援軍の件に関して"よろしく頼んだ"とのお言葉を賜っています」
出発前の社交辞令を、さも命令のごとく振りかざした。
ああっ、後が怖いな。
「北部方面司令部長官直々・・・」
「そうです。いうまでもありませんが、ジュリエットの助力なしに王国の勝利はあり得ません。だから、もう一つの条文を付け加えることを求めます」
大量の冷汗を背中に感じながら、江梨香の交渉が始まった。
続く
無茶しやがって・・・




