卜骨
砦の攻防戦より、時を少しばかり遡る。
慰霊祭を終えた江梨香は、援軍要請の仲介役としてアマヌの岸壁の一族の下へと向かった。
エリックをはじめとした仲間たちとは、それぞれのお役目の為に散らばってしまい、普段からの付き合いなのは、唯一の家臣のクロードウィグとマリウスの二人だけだ。
非常に心細い。
私は一門との契約により、攻勢作戦時は戦地に赴く義務は免除されているけど、広い意味ではここも戦地。どこからともなく敵の部族が襲い掛かってくるかもしれない。そうでなくても、熊とか狼みたいな狂暴な野生動物に襲われる可能性だってある。
そうなったらパニックおこしてからの逃走劇。護衛の人たちとはぐれた上に、道を見失って遭難までがセットよ。去年のセシリーの悲劇を追体験できる。彼女のように現地の人の真似も出来ないから、もしも敵対する部族だったら、追いつかれて殺されるか、遭難して野垂れ死ぬかの二択を強要される。
こう見えても私は洛外と言えども、はんなりと京都市民。大阪程ではないけど、大きな都市に住んでいる都市民なのよ。そして、都市民はサバイバル能力が極端に低いのが定番。火だって一人で熾せないんだからね。
こっちに来た時も初手遭難スタートだったけど、流石にここでの遭難は助かる気がしない。ひ弱な都会っ子をなめんな。
羽黒に揺られながら、自慢にもならない事を考える。
「ああ、やっぱ戦争ってクソだわ」
誰にも理解されないことをいいことに、日本語で悪態をつく。
「何か仰いましたか」
隣を進むマリウスに、なんでもないと笑顔を作り誤魔化した。マリウスは何かを察したようで、それ以上口を開かない。
とにかく、与えられた仕事はこなそう。
私の仕事はジュリエットにお願いして、去年のように援軍を出してもらう事。その為なら魔法の実演だろうが土下座だろうが、泣き落としだろうが何でもやる。
だって、本隊にいるセシリーやコルネリア、兵糧係のエリックに比べれば、遥かに楽で安全な仕事だもん。それに援軍の交渉は前もって進んでいるらしいから、私は部族の一員として最後のお願いに参上するだけっぽい。本当に楽なお仕事よ。
・・・本当にこれだけならね。
これまでの経験上、楽なお仕事と聞いていた話が本当に楽だったためしがない。絶対に何かしらのトラブルがあるのが様式美と化している。なので今回も何らかのトラブルがあると思って挑もう。
一番考えられるのが、ジュリエットの機嫌が悪いとかかな。王国側の態度が悪くて、怒り狂っている姿が想像できちゃう。
ああ、ありそう。
ジュリエットってば、切れやすい性格だし、王国の人はナチュラルに北方民を小馬鹿にしてくる。もしくはお土産がショボいと、配下の人たちがゴネるとかもありそう。
よし。
王国側の態度に問題が有るのなら平謝りでご寛恕を願い、配下の人がゴネてたら約束手形を乱発してやる。なんとしても援軍を引き出さなきゃ。
そんな風に考えながら羽黒を進めること数日。深い森を抜け木々もまばらな草原へと到達した。ここがアマヌの一族との会合ポイントである
そこで江梨香たちが見たものは、視界一杯に広がる大軍勢であった。
数えきれない数の天幕に、炊事の煙が上がり、黒い集団となって馬が駆け回っていた。追従してきた護衛からも感嘆の声が上がる。
「ものすごい数ですね」
「うん」
マリウスの言葉にそれしか返せなかった。
ジュリエットってば、族長というよりも北の王様って感じなのよね。絶対に敵に回したらあかん。個人的にもだし、王国としても同様だと思う。
しかし、これだけの軍勢を仕立てているってことは、援軍の件は話が付いていると考えていいかもしんない。
ああ、良かった。
後は一族の人たちに挨拶して出発しよう。
肩の荷を下ろした気分で、一番立派な天幕の前で馬を降りたら、中から王国の人が出てきて羽黒の轡を取る。
「おお、貴方様がアルカディーナ様ですな。お待ちいたしておりました。大変です」
「何か問題でも」
顔面蒼白コンテストがあれば優勝できそうな、その人に問いかける。
「はい。大変でございます。援軍のお話が・・・」
そこまで言うと、今度は金魚みたいに口をパクパクさせはじめた。何か厄介ごとが起こった証。
うん。知ってた。こうなるってことは。人生一筋縄ではいかないってことよ。
取りあえず、ジュリエットに挨拶しよう。
王国の人に先導され馬鹿でかい天幕に入ると、玉座の位置にジュリエットが胡坐をかいて座っていた。
「エリカ。ようきた」
私の姿を認めたジュリエットは、破顔一笑し駆け寄って来た。私も負けじと駆け寄る。
「お久しぶり。ジュリエット。元気にしてた? 」
「変わりない。お前も壮健そうで何よりだ」
「ありがとう。なんかジュリエットって背が伸びた? 」
「そうかな。自分ではわからんが、エリカに比べればまだまだよ」
懸案事項は脇に置いて、再会を喜び合う。
「お土産もいっぱい持ってきたから、一緒に食べようね」
「うむ」
自然と二人でのお茶会へとなった。私たちの前には、王国の人や部族の偉いさんが控えている。
ひとしきり近況を報告し合って、いざ本題。
「で、援軍のお話なんだけど。難しそう? 」
「うむ。それがな・・・」
明朗快活なジュリエットが口ごもった。
部族の人たちからも、うめき声にも似たため息が零れる。
私への歓迎ぶりや、ここまで軍勢を用意しているところを見るに、報酬とかでゴネているとは思えないのよね。何か別のトラブルが発生したに違いない。
「凶の卦が出たのだ」
「キョウノケ? 」
一体何の話か分からず、首を傾げる。
「我らは、いや、我らに限らぬが、戦に出る前には天に向かって戦いの吉凶を占う。生贄の骨を焼き、その割れ目に天の意思が表れる。それを見るのだ」
「なるほど・・・」
ああ、はいはい。占いね。その占いで凶の卦が出て、軍勢を進められないと・・・
「ええっー。占いー」
「さよう」
予想外の理由だった。そして、どうしようもない理由でもある。
戦争に行くか行かないかを、占いで決めるの? まじかー。
「そんな顔をするな」
ジュリエットの眉間にしわが出来た。
「あっ、ごめん」
私だって高校受験や大学受験やらの受験戦争では、上京 今出川 馬喰の北野の天満様に何度も何度もお願いに上がりましたので、占いとか御祈祷とかの験担ぎを軽んじる気持ちはございません。天神様ありがとうございます。お陰様で志望校に一発合格できました。残念ながら今は通へておりませんけども。
「ゆうておくがな、この身も少々の凶の卦程度では怯んだりはせん。ただ、今回は・・・」
「勇猛果敢なジュリエットでも引くほどの凶だったと」
「うむ」
ジュリエットが深く頷く。
ただの凶ではなく、大凶だったってことか。参ったわね。
「エリカもみるがよい。だれぞ、先の甲骨を持ってまいれ」
私が見て分かる物なのかな。
そんな疑問の中、いかにもシャーマンって格好をした女の人が、恭しく甲骨を持ってきた。
私とジュリエットとの中間地点に置かれたそれを見る。
神聖なものだろうけど、私の目から見たらただの焼け焦げた骨。鹿かな。
「見ろ。このような卦は見たことがあるか。陰陽が反転し、天がさかしまに動くようなものだ」
ジュリエットが熱によって発した、ひび割れについて解説してくれる。だけど、良く分かんない。私は、骨粗鬆症になってから焼き入れしたら、こんな風にバッキバッキに割れるのかもしんないと思った程度。
まあ、プロの人が不吉と言うのであれば、そうなんでしょうよ。
「エリカよ。どう思う」
「どうって」
そう言われましても知識がない私といたしましては、何とも思わんとしか言いようがない。でも、このひびが理由で、アマヌの一族が動けないのは確かなこと。アマヌの一族が動けなかったら、王国の敗北もあり得る。私的には、そっちの方がよっぽど凶の卦よ。
「因みに、どういう卦なの。ああ、実際にどう不吉なのか教えて」
ジュリエットがシャーマンの人に通訳してくれた。その答えは。
「"地底より封じられた魔が生じ、天の理が破れ混沌の世となる"」
ええっと・・・
うん。大凶だ。想像以上に大凶だったわ。
続く
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