ジュリエットの決断
江梨香とハマールとのにらみ合いがしばし続く。先に折れたのはハマールであった。
「いいでしょう。新しい条文を伺いましょう」
「ありがとうございます」
ハマール卿は、聞くだけは聞いてやろうって感じの態度。無理を言ってすいません。
「えっとですね。この戦いにおいて王国側は、アマヌの一族に降りかかる全ての災難に対して、全面的な協力を行う」
私の出した条件に、ハマール卿の目が細くなる。
「・・・全ての災難とは、具体的には何を指すものですかな」
「まずは、敵対する部族が襲ってきたら共同で戦います」
「それはいいでしょう。この条文では互いに援護する義務があります」
「次に、天変地異が発生した場合、救助や物資の支援をする。具体的にはアマヌの岸壁が損傷するほどの地揺れとか火山の噴火とかになります。もちろん相互に助け合います」
「この場での即答は致しかねるが、協力は可能だと思われる」
「最後に・・・」
こほん、咳ばらいを一つ。
ここが一番肝心。
「占いが現実化し、何らかの厄災が発生した場合、王国側はアマヌの一族に全面協力して対応する」
「厄災とは、"地底に封じ込められた邪悪な何か"との解釈でよろしいか」
「はい」
天幕が何とも言えない空気感に包まれる。
荒唐無稽な占いの結果に対して、正式な外交文書を交わしましょうと言っているのだから仕方がない。でも、一族が抱いている不吉な予感を払拭する手は、これしか思いつかなかった。
すなわち、大変なことが起こっても一人じゃない、助け合う仲間がいるってことを印象付けるための条文。占いという人の心に訴えかけてくるものに対しては、同じベクトルで心に訴えかけないといけないのよ。
そしてこれは王国の為でもあると思う。だって、世の中が乱れたら王国にも被害が出る。それに対して協力し合うってことなんだから、王国にとってもプラスになるはず。
「それは、誰がどのように認定するのですかな」
しばしの沈黙の末に、ハマール卿が口を開いた。
「アマヌの族長とランカスター公爵の協議によって認定いたします。もしくは誰の目から見ても厄災と判断できれば、省略してもいいでしょう」
「今少し分かりやすくお願いする。たとえ話でも構いません」
たとえ話ね。
ここはあまり深く考えても仕方がない。とりあえずゴジラ的な怪物を想定してほしい。
「山のように大きな怪物が現れて、我々に襲い掛かって来る。竜とかですね」
子供の様な返答に王国側から失笑が起こるが、一族の方からは笑いは起きない。この反応の違いが全て。ようするに一族側は、ゴジラみたいな化け物が出てくることも想定しているってことよ。
「お話を纏めますと『敵対部族、天変地異、そして神話上の怪物が現れたとしても、互いに助け合う』と、いう事でよろしいか」
「はい」
「期間は」
「期間・・・ですか」
「そうです。期間です。まさか永遠にという訳にも行きますまい。本件はいつまでの話なのか」
「それは、本戦役の間中です。具体的に提示するのであれば・・・そうですね、公爵閣下が軍を率いてドルン河を南に渡るまでの期間では如何ですか」
「指揮権の所在は」
いいとも悪いとも答えずに、次の質問へと移る。
指揮権の所在? いや、意味は分かるけど、なぜにそのようなことを聞くのですか。わかんないけど取りあえず。
「合同です」
「合同とは」
「ジュリエットとランカスター公爵閣下が、同等の権限を持ちます」
「その理由はなんでしょう」
「ええっと・・・」
ハマール卿は、私を試すように細かい所をついてくる。
同等の理由はアマヌの一族のプライドを守るためだけど、そうなると援助をお願いしている立場ってのと干渉するわね。
「この点については、正確にご返答いただきたい」
畳みかけるようにプレッシャーをかけてくる。こうなったら当意即妙でいくしかない。
「何らかの要因で一方の指揮権が崩壊した場合に、存続した側が一時的に代行するためです」
「それは無理だ。王国側の指揮権は移譲できない」
「その場限りの緊急避難です」
「明確に拒否する。王国の指揮系統は、速やかに次席指揮官へと移譲される」
「その余裕が無い場合は」
「指揮命令系統が復帰するまで、現場指揮官が各自の判断で行動する。これは王国軍軍規に照らし合わせての対応です」
立て板に水のごとく、スラスラと答弁するハマール卿。
「手遅れになるかもしれません」
「ならばこそ指揮権は、北部方面司令部の下に統合されるべきである。アマヌの族長殿は同盟軍として、助言や要請を行う地位に付かれるべきではないか。そうであれば王国側にも受け入れる余地があるでしょう」
「それは・・・拒否します」
しまった。
流れを読み誤った。このままでは一族が王国の下風に立っちゃう。それだけは避けたい。
でも、指揮権の一本化はもっともな意見。
「そもそも、王国軍は三個軍団 約二万の兵員である。片やアマヌの一族は総勢六千ほど、どちらに全体の指揮権が付与されるかは明白である」
ぐぬぬぬぬ。追い打ちを食らっちゃった。
一族の憂いを打ち消すため、王国側の協力を引き出したいのに、協力と引き換えに一族の立場が弱くなっては本末転倒。何のための交渉かわかんなくなる。
そもそも王国軍の勝利の為に一族の加勢を引き出す。これが本筋。だけどやっていることは王国の外交官との一騎打ち。しかも負けそう。私は一体何と戦っているのか。ちょっと混乱してきた。
ド素人が外交官の真似事をしたって、本職を前には太刀打ちできないわよね。
でも負けない。
一族の助力を引き出して王国軍に勝ってもらわないと、みんなの命も危ない。ここで引き下がる余地はないのよ。それに素人だとしてもジュリエットも任せてくれたんだから、食らいつくだけ食らいつけ。途中であきらめるなんてダサいことは嫌よ。
江梨香は思考を切り替えて、気合を入れなおす。
「分かりました。では混乱した場合は双方ともに次席指揮官への移行で統一しましょう」
「意思の疎通に」
「双方の意思疎通の為に連絡係を配置しましょう。常設で」
ハマール卿の反論に上からかぶせていく。これは撒き餌。
「双方に距離がある場合、連絡には時が掛かることが避けられないが、それについては」
よし。食らいついた。
「そうですね。これを使いましょう」
白い軍装のポケットを探り、緑色の石を取り出す。
「それは・・・魔道具・・・ですかな」
おおっ、これを一目で魔道具と見破るとはご慧眼。
「そうです。遠く離れた者同士で会話ができる魔道具になります」
「遠く・・・どれほどの距離を」
「地形にもよると思いますが、先の演習では3,000フェルメ(約4キロ)を越えました」
「・・・それは凄い」
王国、一族の双方から驚きの声が上がった。
「この魔道具であれば、王国軍本隊にいるガーター騎士団所属のコルネリア・ヴァレッタ卿と、光の速さで会話ができます。私が一族側の窓口になります」
「なるほど・・・」
ハマールは、しばしの間黙考する。いや、正しくは考えるふりをしている。彼にとってここまでの問答は、大した意味を持たない。
王国側が指揮権を手放すことなどあろうはずもなく、またアマヌの一族にとっても同様である。その様な事柄は討論にも値しない。ならば、どうして議論を吹っ掛けたのか。それは江梨香という人間を観察するための刺激としてであった。
「分かりました。指揮権は各々が持つことといたしましょう」
もったいぶって、譲歩の姿勢を見せる。彼の心境を知りえない江梨香は大きくため息をついた。
はぁー。なんとか譲歩を引き出せた。
「ありがとうございます。では、厄災が発生した場合、互いに協力して事に当たるという事でいいでしょうか」
「予備交渉としては合意できます。ただし、決定には北部方面司令部長官閣下の決裁が必要です。お忘れなく」
「暫定で構いません。無理を言っていることは承知しています」
「では、そのように」
「ジュリエットもこれでいい」
ここまで黙って話を聞いていたジュリエットに、お伺いを立てる。
王国と話がまとまっても、一族がウンと言わなければ全てがご破算。つまり話はまだ半分ってこと。
「ふむ。正直言えば、話の半分はようわからんかった。皆の者。意見を述べよ」
居並ぶ重臣たちに意見を求めると、ざわめきが起こる。が、迷っているのか意見は出てこない。
アマヌの一族を支える氏族の代表者たちは、左右の者同士で意見交換するばかり。一族の宰相格のトリスタンは腕を組んで目を閉じている。
「忌憚なく述べよ。エリカが結んだ新しき盟約に従い軍を出すべきか、神聖なお告げに従い災いを避けるために傍観するか。我らはいずれを選ぶべきや」
再度促されて、一人の重臣がジュリエットに向き直り言上した。
「されば、ここは一時の間、軍勢を留め置かれるのがよろしかろうと存ずる。卜占が示したのは、昨年に続き王国の者に手を貸すことを、天がお許しになっておらぬという事でございましょう。王国には恨まれましょうが、天意に逆らうと天罰が下り申す。天意こそ恐れるべきかと」
「そうよな。もっともな意見だ」
ジュリエットが深く頷くと、多くの重臣たちが同調を示した。
「王国は皆様のお力を必要としております」
ハマールが落ち着いた口調でお願いすると、重臣たちの顔が曇った。
「それは存じておる。我らも財物を受け取っておいて、知らぬ顔をするほど卑しくはない」
「ならば」
「故に見定めたい。天が王国を助けてよいと示されるのであれば、我らも喜んで従う」
態のいい逃げ口上だ。しかし、一定の理を含んだ口上でもあった。
江梨香はハマール卿と一族の人たちとの問答を聞きながら、分速12,000回転で頭を動かす。
天の意か・・・
天の意など誰も分からない。そもそも運命ってのが決まっているのであれば、お告げを聞いたからって回避できたりするものなのかな。
逃れられないから運命。もちろん運命に蹴りを入れることは出来ると思う。私とエリックは実践してるからね。
ああ、そっか。
一つ閃いた。
「あのー。横からすいません」
江梨香が声を上げるとざわめきが消えた。本人は気が付いてはいないが、江梨香の発言はその場を支配する力を秘めている。
「占いの卦を思い出したんですけど、この卦って王国に味方してもしなくても、降りかかってくる災難かもしれませんよ」
「どういう事だ」
ジュリエットの表情が険しくなる。
「だって素直に読んだら、いつ、どこで、なにが起こるか、全く分からない。王国に味方したら敵対部族が襲い掛かってくることは分かるけど、地揺れとかの天変地異や伝説の怪物が、人間の争い程度でどうこうなるとは思えないわよ。そんな簡単な相手じゃないと思うの、封じられた魔って。だから王国に味方しようが味方すまいが、天の理がひっくり返ると想定した方が、より堅実じゃないかな。私たち一族にとって一番最悪なのは、王国に味方しないで恨まれた上に、天の理がひっくり返ることよ。これだと巨大な困難に一人で立ち向かうようなもの。誰も助けてくれない。みんな死んじゃう」
江梨香が一呼吸おいても、場は沈黙に包まれていた。次に重臣たち一人一人の目を見ながら言葉を紡ぐ。
「王国に味方しなかったら、天の理がひっくり返らない保証があれば絶対に味方しませんけど、占いの卦にはなんの保証もありません。そうなると、軍勢の進退が賭けになってしまいます。一族の命運を賭けるのは危険が大きい。むしろ、占いがこれから起こることを予言しているのであれば、絶対に王国に味方すべきです。私たちは王国の力を利用すべきです。今、王国は一歩だけ譲ってくれました、共に困難と戦うと。ならば私たちは一歩踏み込みましょう。その一歩こそが生死を分けます。ここで一歩下がると、王国との隙間が大きくなります。その隙間にこそ、邪悪な何かが生じるかもしれません。これこそ凶の卦です」
「ようゆうた。エリカ」
江梨香の演説にジュリエットが絶賛し立ち上がった。
「聞いたか皆の者。この身は一族の命運を賭博の種などにはせぬ。古き伝承にもある、災いは大きい方を選んではならぬと。この身は小さき災いを選ぶとする。その為にも王国に加勢するとしよう。皆の力も貸してくれ。異存はあるか」
「異存ございません」
一番近くのトリスタンが大きな声と共に深々と頭を下げた。
ジュリエットの威に打たれたかのように、他の重臣たちも深々と頭を下げる。
江梨香は一族の進軍を勝ち取った。
続く
占いの解釈を変えやがった。




