④姉の演劇~優麗祭のライブ
姉が所属する3年E組の演劇が始まった。
「がびぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっっっ!!!!」
「うぐぐっ!気分が悪くなってきました」
「ちょっ、ひびき!ちょっ、七菜ちゃん!」
中国史の『項羽と劉邦』を題材にしたコメディーである。劉邦(主人公①)の悪妻役(呂皇后)を環奈が、作中で最も美しい項羽(主人公②)の妻役(虞美人)をデブ男が演じている。
体育館内が笑いに包まれた舞台なのだが、響希は開いた口が塞がらず、七菜は吐きそうになって、一緒に居た清華が2人を介抱する。
「かんちゃん、バカみたい・・・なにやってんの?」
響希は、「きっと、優雅で知的なお芝居で、かんちゃんはヒロイン」と想像していた。だが、舞台上の姉は、ハイテンションで奇声を上げたり変顔を晒して笑いを取っている。「姉がヒロイン」という予想“だけ”は当たっていたが、響希が知っている自慢の姉と全然違う。数十分前に演劇部で迫真のハムレットを演じていた姉と同一人物なのだろうか?妹の響希ですら解らなくなる。
「学校に居る時のかんちゃんて、こんななの?」
パンフレットを見ると、脚本は響希が嫌いな『福島雄太』だった。響希は“例のふく君”が同じクラスだったことを初めて知る。ふく君に、この酷い演劇をやらされている?もしかして、既に“ふく君”と付き合っていて“ふく君”の所為でバカになっちゃった?それとも、何かの弱みを握られて、無理矢理、あんな恥ずかしい演技をさせられてる?周りが姉の怪演を見て爆笑しているのが腹立たしい。ステージ上で演技をしてるのがアカの他人なら響希も大笑いしてるんだろうけど、姉のあんな姿は見たくなかった。
「こんな低俗な演劇を見せられるとは思っていませんでした」
元ネタ(楚漢戦争)を知っている七菜からすれば、「何でこんなキャスティングと演出?」と不思議で仕方が無い。
「優麗高は、特進の進学実績なら文架高以上の進学校。
かつては、女麗学園という名の誉れ高い女子高だというのに嘆かわしい・・・」
「七菜ちゃん、台詞が説明くさいよ!」
「だっふぅんだぁ~~~~~~~~~~~~」
「ひびきは、落ち込みすぎ!しかも、落ち込み方の種類が解らない!」
3Eの演劇終了後、校庭に出てテンションが下がりまくっている響希&七菜を、清華が慰め続けていた。
「何で、あんな下らない劇が支持されていたのでしょうか?
その前にやっていた2年生のオズの魔法使いの方が、
よほど、優麗高らしく、知的で面白かったのに・・・
独自解釈で散りばめられた伏線が、最後に全部繋がる手法なんて、
見事としか言い様がありませんでした」
「ひびき、七菜ちゃん、飲み物買ってくるけど、なんか飲む?」
「いらない・・・もう帰ろっかな」
「あれ?響希ちゃんと清華ちゃん、来てたんだ?」
声を掛けてくれたのは、姉の幼馴染みの長澤尚実ちゃんだった。他の高校に行った尚実の後輩が遊びに来て話していたが、「じゃ、またね」「失礼します」と別れて、響希達を見付けて寄って来る。
「あの人、バスケ部だった早山咲輝先輩ですよね」
「うん、中学の時の私の愛弟子。今日は、彼氏に会いに来たんだってさ。
気難しい子だから、彼氏がいるなんて驚いちゃった」
「へぇ?そうなんですか?
綺麗な人だから、恋人がいても不思議ではないですよね」
「響希ちゃんと、もう一人の子(七菜)が死んでるみたいだけど大丈夫?」
「あぁ・・・これはチョット・・・あははははっっ」
「せっかく来たんだから、うち(3D)のカレー食べて行きなよ!
美味しいって評判だよ!」
「そうなんですか?ひびき、七菜ちゃん、行くよっ!」
「へへへっ!3名様、ごあんな~い!」
尚実が、落ち込み中の響希&七菜と肩を組んで、清華を連れて、自分のクラスの模擬店場所に連れて行く。席に座らせ、美味しそうな特製カツカレーを配ったあたりで、ようやく響希が、こっちの世界に帰ってきた。
「何があったの、響希ちゃん?」
4人掛けの空いた席に尚実が腰を掛けて、不満そうな表情で、スプーンでカツを突いている響希を気遣う。
「・・・うん、かんちゃんが」
「ん?環奈がどうしたの?」
「気持ち悪い大声出して変顔してた」
「・・・はぁ?」
「あんなの、かんちゃんじゃない」
「あ、あの、響希の言葉を訳すと、
環奈ちゃんが劇で変な役をやってたのがショックだったみたいで・・・」
「変な役?・・・あぁ、アレか・・・・あははっ、あはははははっ!」
急に尚実が大笑いを始めたので、響希はキョトンとした表情で見つめる。
「響希ちゃん、妹なのに、あの子(環奈)のスゴさ、解ってないんだ?」
「かんちゃんが凄いのは知ってるよ。
でも、あんな事やらされるの、かんちゃんじゃない。
全部“ふく君”の所為なんでしょ?」
「そっか、響希ちゃんは、そう感じちゃったんだ?
でもね、違うよ、響希ちゃん。
私、練習中のアイツ等を何回も見たけどさ、脚本の福島が仕切っていた時は、
パッとしないってか、皆、非協力的な感じで、
全然面白そうじゃなかったんだよね。
環奈が口を出したり、率先して汚れ役をやるように成ってからだよ、
3Eの演劇が纏まってきたのは」
「・・・え?そうなの?」
「あの子、陸上やってた時も、演劇やってる今も、
妥協はしないってか、入れ込み方がスゲーんだよ。
あの子を活かす適役なんて、望めばいくらでもできるだろうに、
自ら進んで変顔なんてやっちゃってさ。
でも、あの子がそれをやるから、
見てる奴等は、ギャップに驚いて劇に引き込まれる。
脚本は福島ってことになってるけど、
3Eの劇を裏でプロデュースしてんのは、響希ちゃんの姉ちゃんなんだよ。
まぁ、そんな素振り、環奈は、全然、見せないんだけどさ」
「へぇ~・・・そうなの?」
尚実ちゃんが、かんちゃんを凄く褒めてくれたのが嬉しい。かんちゃんの恥かしい演技は納得できないけど、何となく「凄いことなんだ」と思えたら少し気が楽になった。途端に、目の前にあるカツカレーが美味しそうに見えてきたので「いただきます」と食べ始める。
♪~♪~♪~
さっきまで耳障りに聞こえていたライブの歌が、楽しいBGMに感じられる。気が付くと、響希は足でリズムを取りながら特性カツカレーを食べていた。それを見た清華&七菜には、響希の次の行動が想像できてしまう。
「ごちそうさま~!よっし!ライブ見に行こうっ!」
「・・・やっぱりね。絶対、言うと思った」
「まだ食べ終わってません。もう少し待ってください」
「早くっ!早くっ!歌が終わっちゃう!」
「急かさないでください」
「せっかち!」
10分後、ようやく、七菜が食べ終わったのでライブ会場に向かう。尚実は、駆けていく響希達を笑顔で見送ったあと、響希が言った「ふく君」を思い出して溜息をついた。
「まぁ、『ふく君』違いなんだろうけどさ。
何でもできちゃう環奈をスランプに落としてるのって、
響希ちゃんがイメージしてる『ふく君』とは別の『ふく君』なんだよね。
こればっかりは、私にも、対処ができん」
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♪~♪~♪~
体育館では軽音部がライブをしていた。最初は、「高校生って、こんな事できるんだ?」と惚けて眺めていた響希だったが、いつの間にか、聞き心地とノリが良いリズムに合わせて体を揺すっていた。隣を見たら、七菜は眺めているだけだが、清華も足と肩でリズムを取っている。周りの観客達も、良い感じに乗っている。
体育館の最終イベントとなる軽音部のライブを楽しむ響希達だったが、まだ優麗祭は終わりではなかった。ライブが終わったと思ったら、今度はグラウンドが騒がしくなってきた。3人娘は人の波に乗って一緒にグラウンドに飛び出す。
南側のプレハブをステージ代わりにして、優高のブレザーを着たバルカン人と、様々な衣装の女生徒4人が、ゲリラライブをしていた。
「なにあれ?あの人達も優麗高の人?」
「部外者のゲストを招待するようなイベントは無いはずだから、
優麗高の人・・・かな?
でも、真ん中で歌ってるバルカン人は、優麗高の人じゃない・・・よね」
「非常に嘆かわしい。伝統ある優麗高で、このような事が。
現・優麗高、旧・女麗高は、明治時代の文架市・・・
いえ、当時の文架町で、女性を教育する先進的な・・・」
「七菜ちゃん、誰に優麗高校の歴史を説明しているの?」
「あれ?あの人、東中の先輩だよっ!確か、源川先輩かな?」
「確かに、近年の東中では、最大の問題児と評判だった源川先輩ですね。
運動会で場外乱闘、遠足で場外乱闘、文化祭で場外乱闘、朝礼で場外乱闘、
彼女の所為で、本来の修学旅行地が出禁になって、
次の学年から修学旅行先が変わったって噂も有ります」
「修学旅行先が変わったのって、
学校の方針でカリキュラムが変わったからじゃなかったっけ?
・・・てゆーか、七菜ちゃん、さっきから台詞が説明臭いよ。
誰に説明しているの?」
「あれ?ドラムの人・・・きしょい奴等から助けてくれた人」
「ですね。さっきの格好良い人です」
軽音部に比べると、演奏は上手とは言えなかった。でも、バルカン人の歌声と、上空にUFOが来る演出には度肝を抜かれた。
優麗高は、真面目な人ばっかりが集まる学校かと思っていたが、違ったみたい。響希は、上手じゃないけど頑張って演奏している源川先輩や、恩人先輩を格好良いと感じた。こんな人達が居る学校なら、自分も入ってみたい。
「清華は優麗高を受験するんだよね?」
「うん、そのつもり」
「七菜は文架高校だっけ?」
「市内で進学率トップの文架高校。
特進クラスなら文架高以上の進学実績がある優麗高。
全員が優秀な文架高より、一握りが優秀な優麗高の方が、
内申点を取りやすいんですよね。
どちらにするか、まだ迷っています」
「七菜ちゃん、台詞が説明臭いってば」
中3の陸上競技大会の1500m走で県内4位だった響希には、市内では、私立の渡帝辺工業高校と亜武良大学附属高校、市外からも幾つかの高校から推薦入学の案内が来ている。勉強は嫌いなので「亜武良高に行こうかな?」と思っていたけど、俄然「優麗高に入りたい」と思えるようになってきた。
優麗高に入学したいと思ったあとの、響希の行動は早かった。翌日、担任の先生に「優麗高に行くには何を頑張れば良いか?」のアドバイスを求める。「響希は亜武良高を選ぶ」と思っていた担任は驚いた。
「優麗高に行くには、もう少し、勉強を頑張らなきゃだな」
「頑張りますっ!」
「口で言うのは簡単だぞ。
まぁ、あまり結論を急ぐな。次の模試と定期テストの結果次第で判断しよう」
「はいっ!頑張りますっ!」
「優麗高は私立ではないから、陸上部の成績だけでは合格はできない。
だけど、陸上部の成績で内申を上げるのは有効だ。
来週が県駅伝だったかな?
先ずは、駅伝で好成績を収められるように頑張ってこい!」
「はいっ!超頑張りますっ!」
担任からすれば、教え子がやる気を出したのは嬉しいことだ。響希は、授業中にキチンと集中をして内容を理解する能力は高い。ただし、自学を全くやらないので、定期テストや模試では及第点しか取れない。それでは、人気の高い優麗高の合格圏には辿り着けないのだが、元々理解力の高い響希が、自学に集中できたのならば可能性は出てくる。担任はしばらくは見守ろうと考えた。
東中の駅伝(女子)は、3年前に数年ぶりに地区を突破して県進出を決め、その後、響希が3年生になるまで、4年連続で県大会の出場枠を獲得していた。先生方の間では「環奈が東中駅伝部の為に作った財産を、響希が引き継いだ」と、田村姉妹の絆を評価している。
数日後の県駅伝大会の成績は総合10位。エースで第1走者の響希が奮闘して、区間2位の好成績を収めたが、メンバー全員がトップクラスの実力を持つわけではない為、次第に順位を落とし、地方大会への進出権は獲得できなかった。




