púca:プーカ
ナディアが嫌そうに目を細める。
「旧ウルガンクス関係者で、正規記録に残りにくい人物。偽装身分、港湾、警備会社、清掃業、保守業、難民支援外郭団体。そちらの線なら、心当たりがあります」
「心当たり?」
アルテミシアが訊く。
ナディアは答えたくなさそうに、ほんの少しだけ間を置いた。
「……プーカです」
橘が壁から背を離す。
「あぁ、確かに適任だな」
「頼りたくはありませんが……警察が正規ルートなら、こちらは非正規の線を見るべきです。あの情報屋は、そういう汚い水路に鼻が利く」
アルテミシアは少しだけ考え、端末へ手を伸ばした。
「では、お願いしてみましょうか」
「総裁」
「好き嫌いで手札を捨てる余裕はありません。もちろん、使う範囲はこちらで決めます」
アルテミシアは、外部協力者用の使い捨て暗号化キーを発行した。
「プーカさんに調査を依頼します」
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いつもなら、秘匿回線で済ませる相手だ。だが今回は、プーカが――直接伺います。と返してきた。
直接といっても、本局中枢へ入れるわけではない。
その夜、プーカは外部協力者ゲートで止められた。機体認証、通信制限、持ち込み機材の走査。手順が終わると、アルテミシアの端末へ来庁報告が入る。
通されたのは、来庁者用会議室の中でも、特にリスクのある人物向けの部屋だった。その扉の外で、軽いノックが三回鳴る。
「どうぞ」
アルテミシアが言うと、入ってきたのは細身の外套。芝居がかった笑み。場違いに優雅な一礼。
「やぁ、愛しの聖女アルテミシア様。このプーカ、御招聘により参上仕りました。ご機嫌麗しゅう」
プーカはいつも大仰である。そしてふざけている。ナディアのこめかみに目に見えて青筋が浮いた。このふざけた優秀な情報屋を彼女はひどく嫌っていた。
「プーカさんが直接、いらっしゃるのは珍しいですね」
アルテミシアは穏やかに言った。その直接だけが、ごくわずかに強調されている。
一見すれば人そのものだったが、近くで見れば、目の焦点の合い方と歩幅の均一さが少しだけ生身と違う。作戦支援機の中でもドールと呼ばれる人に極力人間に似せたモデル。その中でも高精度・特注パーツに換装されており人との見分けはつかない。
それを遠隔操作しているのだろう。おそらく即座に見抜けるものは少ない。アルテミシアはそういった感は鋭い。初めてあった段階で見抜き、今にして思えば初見で見抜かれたことにプーカはひどく動揺していた。
「我が麗しの総裁閣下直々のご依頼ですからね。多少の手間は惜しみませんとも」
「普段は秘匿回線からの連絡でしょう」
ナディアが冷たく言う。
「ええ、でも今日は気分というものもありまして」
少しも堪えた様子はない。橘は壁にもたれたままそのやりとりを眺めていた。プーカがアルテミシアを見る目だけは、相変わらずそのふざけた態度とは違い、冷静に観察しているようでありこの人物の前では気が抜けなかった。
「それで、何か掴みました?」
アルテミシアが本題へ戻す。プーカが何かつかんでいることに対してはすでに疑いのない事実としているような言葉尻である。プーカは待っていましたとばかりに笑みを深くし、モニターに並ぶ身元不明者の写真へ目をやった。
「警察でもまだ継続調査中といったところですか?」
「そうです」
「なるほど。きっといかにもなルートをぐるぐるしているのでしょうね」
小馬鹿にしたような口ぶりを浮かべながら、彼は細い端末を投影機へ差し込んだ。認証を求める表示が一瞬浮かび、次の瞬間には横から強引に割り込まれたように消える。
「勝手に——」
ナディアが言いかけるのを無視して、プーカは指を滑らせた。身元不明の写真のうち、数枚へ赤枠が走る。その横に文字列が展開した。国籍、氏名、通称、所属、直近の鮮明な監視カメラ映像。どれも警察から提供されたものよりも鮮明であり詳細であった。
「……この短時間で」
情報部の若手が呟く。プーカは、なんでもないことのように言った。
「Special Warfare and Asymmetric Measures Program。特殊戦・非対称措置計画。略してSWAMP。旧ウルガンクス共和国の汚い仕事を請け負っていた連中ですよ。泥とかSWAMPって呼ばれてましたけどね。ダーティワーク専門の実行群です」
橘の目が細くなる。
「汚れ仕事の専門家か」
「ええ。護衛、回収、誘拐、口封じ、事故処理、証拠隠滅。手を汚す仕事をやる連中です」
赤枠のついた写真を順に指で弾く。
「まあ、なかなかご大層な経歴の方々ですねぇ」
軽い言い方だった。軽いが、たしかに厄介そうな肩書であった。
「内務省保安局、海軍潜水工作隊、陸軍特殊戦部隊、長距離縦深偵察連隊。軒並みエリート崩れですよ。きっちり国家のやり方を覚えた連中だ。野良の傭兵よりよほど始末が悪い」
プーカは写真の一枚を軽く叩いた。
「たとえばこちら。国内ではハウスクリーニング業の篠崎京子さんという親切そうな顔で通っておいでですがね。本名、イルゼ・グラウ。ウルガンクス内務省保安局のご出身。後片付けの専門家ですよ。彼女が来たあとには、何も証拠は残りません。次のお客様に貸し出せる段階です」
指が隣の一枚へ移る。
「こちらは港湾で新華月警備株式会社の警備部主任を名乗るミッコ・サーリさん。当然偽名、本名はペトル・マクシミチ。海軍潜水工作隊の出身です。いろいろなものを沈めてきた御仁です」
また隣へ。
「新華月の要人警護の現場に普通に立っておられる、アンドレアス・ヴェーバーさん。真船さんの護衛です。本名ヤロスラフ・コヴァチ。陸軍特殊戦部隊。一番まともに見える顔で、相手の警戒を解きます。笑顔で握手してくれる相手を、夜には握手した手で引き金を引きます」




