表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/10

崩壊国家:ウルガンクス

「思ったより多いですね」


アルテミシアが低く言う。


「ええ」


ナディアは端末から目を離さない。


「ハブはひとつではありませんでした。人の一時保管、違法機体の仮置き、禁制品の集積。用途ごとに分けているはずです。全部を一か所に置くにはリスクが高すぎる」


橘が腕を組む。


「全部に当たるには人が足りないな」

「ええ、全く足りませんね」


ナディアは即答した。


「張り込み、関係部署への照会、情報の追跡、こちらだけでは手が回らない」


アルテミシアは短くうなずいた。


「神山管理官に共有しましょう。本来的にはあちらの管轄です」


---


神山純は、回線が繋がった瞬間から機嫌が悪かった。様々な部署から苦情が上がっているのだろう。アルテミシア以外のメンバーは内心申し訳なさを少なからず感じていた。


『先に言っておきますが、苦情がいくつも上がってきています』


開口一番、それだった。


『本来こちらへ引き渡すべき被疑者を、そちらが長く持ちすぎた。越権行為です』

「申し訳ございません」


アルテミシアは涼やかに返した。


『謝罪は結構。わざわざ怒られるために連絡してきたとは思えません。越権しただけのものはあったんでしょうね?』


神山の声には棘があった。だが感情だけではない。調査、管轄、手順、その全部を背負う実務者の怒りだ。ナディアが横からデータを送り、アルテミシアがそのまま読み上げる。


「後見人登録情報の偽造による人身売買のスキームを確認しました。加えて、篠崎という女と弁護士の真船という男が関わっているという情報、先ほどやりあいましたが警備会社を隠れ蓑にした違法機体、そして複数の集積地の存在です。さらに言えば銃器等の保管も示唆されています。いずれも口頭での自供であり裏付けはこれからです」


向こうが黙った。


「供述は末端のものですが、叩いただけしゃべりました。そちらに任せても同じ結果だったかもしれませんが」


数秒の沈黙。そのあと神山が深く息を吐く。


『……最初からそれを出してくれれば助かるんですがね』

「出せる段階まで持っていくのに手間取りました」


まだ怒ってはいる。だが、怒りの質は変わっていた。


『わかりました。聞き出した情報を共有してください。こちらでもあたってみます。保安調査室に投げます』


ナディアが目を上げる。


「保安調査室……」

『過激派、越境工作、非公然組織、身元不明者。そういう()()()を掘るところです』

「助かります」


神山は一拍置いてから、少しだけ声を緩めた。


『苦情の件は消えませんが……まぁこちらで対応しておきます』


アルテミシアが小さく笑う。


「それは何よりです。正直、我々だけでは手が回りません。そちらの線はお任せします」

『何よりじゃありません。面倒ごとばかり持ってきて……次からはもっとうまくやってください』

「前向きに善処します」

『善処じゃなくてやるんです』


回線が切れた。


---


神山から次の共有が来たのは二週間後の午後だった。


保安調査室が拾ったのは、集積地候補のひとつ——表向きは老朽化した物流関連施設——に出入りする人物と車両の記録だった。

長距離からの望遠レンズによる映像、ドローンによる監視。顔は鮮明ではないが、歩き方と体格からの情報照合結果だ。


『現時点では継続調査中です。正直、何もつかめていません』


神山の説明は事務的だった。


『写っている複数名はいずれも身元不明。照会は走らせていますが、まだ拘束に足るだけの裏づけがない。|SAG≪特殊急襲グループ≫を動かすには情報が薄い。今は情報を集めるときです。』


壁面に並ぶ写真は、どれも決定打には見えない。私服警備らしい男。搬入口の陰に立つ女。買い出しに見える若者。帽子。逆光。半身。ナディアは無言で画像をスクロールしていく。そして十二枚目のところで、ふと指が止まる。


「……これ」


橘が横から覗き込む。


「どうした」


ナディアはすぐには答えなかった。彼女のアッシュブルーの瞳がその人物の写真をじっと見つめている。画面の中の男は、通用口の脇に立っているだけだった。顔の半分は影で切れている。詳細をつかめるほどの鮮明さはない。それなのに、ナディアには嫌な引っかかりがあった。


「見覚えがあります」

『身元がわかるのか!?』


神山の声が少し低くなる。ナディアは画像から目を離さない。


「いいえ。申し訳ありません思い出せません。でも、この顔は前職の頃に見たような気がします」


会議室が静かになる。


「前職?」


アルテミシアが問う。


「ヴェルフラード国家憲兵隊情報保全局にいた頃です。正式な手配書というより、もっと内輪のクリーニングリストでした」


橘が短く言う。


「クリーニングリスト?」


ナディアは一度だけうなずく。


「そう呼んでいました。国家に対して不利益となる人物で、見かけたら報告、可能なら殺害。つまり|クリーニング≪暗殺≫です。そういう対象を顔写真つきでまとめたものです」

『こちらの保安調査室でも割れないのに、嫌な話をしてくれる』

「思い出せそうですか」


アルテミシアの問いは静かだった。ナディアは少しだけ考え、首を振る。記憶の引き出しに何かありそうではあったが、その輪郭を掬おうとするたび溶けて消えていった。


「今はまだ曖昧です。旧ウルガンクスの関係だった気もしますが、確信がないです」

『旧ウルガンクス共和国ですか。俄かにきな臭くなってきましたね』


旧ウルガンクス共和国。

新資源である親和鉱石の潤沢な鉱脈があったがために、あらゆる利権に外部資本が食い込み、政界と軍と治安機構を腐らせ、最後には内戦へもつれ込んだ。

今や情報機関や軍部の不穏な人材、認証の甘い武器、偽装身分、非合法薬物、ありとあらゆる混沌を世界に吐き出している国の残骸だった。


「確か今は、北部の聖女アルメリア・マリーチマを中心とした北部アルメリア自治国が、国際的な窓口となってますねぇ」


項が補足する。


『ほかにも何か思い出したらすぐ連絡をください。こちらでも引き続き調査を進めます。ヴェルフラード側にも、正規ルートで照会をかける』

「お願いします」


ナディアは短く答えた。通信が切れると、会議室にはしばらく沈黙が残った。壁面には、名前のない顔がまだ残っている。

何者かはまだわからない。だがナディアの記憶が引っかかった時点で、ただの見張りや雑用では済まない気配だけは濃くなった。


「ヴェルフラードへの照会は神山さんに任せましょう」


アルテミシアが言った。


「国家警察の正式照会なら筋が通ります。私たちが同じ線を触る必要はありません。我々は別の線から見ましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ