崩壊国家:ウルガンクス
「思ったより多いですね」
アルテミシアが低く言う。
「ええ」
ナディアは端末から目を離さない。
「ハブはひとつではありませんでした。人の一時保管、違法機体の仮置き、禁制品の集積。用途ごとに分けているはずです。全部を一か所に置くにはリスクが高すぎる」
橘が腕を組む。
「全部に当たるには人が足りないな」
「ええ、全く足りませんね」
ナディアは即答した。
「張り込み、関係部署への照会、情報の追跡、こちらだけでは手が回らない」
アルテミシアは短くうなずいた。
「神山管理官に共有しましょう。本来的にはあちらの管轄です」
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神山純は、回線が繋がった瞬間から機嫌が悪かった。様々な部署から苦情が上がっているのだろう。アルテミシア以外のメンバーは内心申し訳なさを少なからず感じていた。
『先に言っておきますが、苦情がいくつも上がってきています』
開口一番、それだった。
『本来こちらへ引き渡すべき被疑者を、そちらが長く持ちすぎた。越権行為です』
「申し訳ございません」
アルテミシアは涼やかに返した。
『謝罪は結構。わざわざ怒られるために連絡してきたとは思えません。越権しただけのものはあったんでしょうね?』
神山の声には棘があった。だが感情だけではない。調査、管轄、手順、その全部を背負う実務者の怒りだ。ナディアが横からデータを送り、アルテミシアがそのまま読み上げる。
「後見人登録情報の偽造による人身売買のスキームを確認しました。加えて、篠崎という女と弁護士の真船という男が関わっているという情報、先ほどやりあいましたが警備会社を隠れ蓑にした違法機体、そして複数の集積地の存在です。さらに言えば銃器等の保管も示唆されています。いずれも口頭での自供であり裏付けはこれからです」
向こうが黙った。
「供述は末端のものですが、叩いただけしゃべりました。そちらに任せても同じ結果だったかもしれませんが」
数秒の沈黙。そのあと神山が深く息を吐く。
『……最初からそれを出してくれれば助かるんですがね』
「出せる段階まで持っていくのに手間取りました」
まだ怒ってはいる。だが、怒りの質は変わっていた。
『わかりました。聞き出した情報を共有してください。こちらでもあたってみます。保安調査室に投げます』
ナディアが目を上げる。
「保安調査室……」
『過激派、越境工作、非公然組織、身元不明者。そういう厄介事を掘るところです』
「助かります」
神山は一拍置いてから、少しだけ声を緩めた。
『苦情の件は消えませんが……まぁこちらで対応しておきます』
アルテミシアが小さく笑う。
「それは何よりです。正直、我々だけでは手が回りません。そちらの線はお任せします」
『何よりじゃありません。面倒ごとばかり持ってきて……次からはもっとうまくやってください』
「前向きに善処します」
『善処じゃなくてやるんです』
回線が切れた。
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神山から次の共有が来たのは二週間後の午後だった。
保安調査室が拾ったのは、集積地候補のひとつ——表向きは老朽化した物流関連施設——に出入りする人物と車両の記録だった。
長距離からの望遠レンズによる映像、ドローンによる監視。顔は鮮明ではないが、歩き方と体格からの情報照合結果だ。
『現時点では継続調査中です。正直、何もつかめていません』
神山の説明は事務的だった。
『写っている複数名はいずれも身元不明。照会は走らせていますが、まだ拘束に足るだけの裏づけがない。|SAG≪特殊急襲グループ≫を動かすには情報が薄い。今は情報を集めるときです。』
壁面に並ぶ写真は、どれも決定打には見えない。私服警備らしい男。搬入口の陰に立つ女。買い出しに見える若者。帽子。逆光。半身。ナディアは無言で画像をスクロールしていく。そして十二枚目のところで、ふと指が止まる。
「……これ」
橘が横から覗き込む。
「どうした」
ナディアはすぐには答えなかった。彼女のアッシュブルーの瞳がその人物の写真をじっと見つめている。画面の中の男は、通用口の脇に立っているだけだった。顔の半分は影で切れている。詳細をつかめるほどの鮮明さはない。それなのに、ナディアには嫌な引っかかりがあった。
「見覚えがあります」
『身元がわかるのか!?』
神山の声が少し低くなる。ナディアは画像から目を離さない。
「いいえ。申し訳ありません思い出せません。でも、この顔は前職の頃に見たような気がします」
会議室が静かになる。
「前職?」
アルテミシアが問う。
「ヴェルフラード国家憲兵隊情報保全局にいた頃です。正式な手配書というより、もっと内輪のクリーニングリストでした」
橘が短く言う。
「クリーニングリスト?」
ナディアは一度だけうなずく。
「そう呼んでいました。国家に対して不利益となる人物で、見かけたら報告、可能なら殺害。つまり|クリーニング≪暗殺≫です。そういう対象を顔写真つきでまとめたものです」
『こちらの保安調査室でも割れないのに、嫌な話をしてくれる』
「思い出せそうですか」
アルテミシアの問いは静かだった。ナディアは少しだけ考え、首を振る。記憶の引き出しに何かありそうではあったが、その輪郭を掬おうとするたび溶けて消えていった。
「今はまだ曖昧です。旧ウルガンクスの関係だった気もしますが、確信がないです」
『旧ウルガンクス共和国ですか。俄かにきな臭くなってきましたね』
旧ウルガンクス共和国。
新資源である親和鉱石の潤沢な鉱脈があったがために、あらゆる利権に外部資本が食い込み、政界と軍と治安機構を腐らせ、最後には内戦へもつれ込んだ。
今や情報機関や軍部の不穏な人材、認証の甘い武器、偽装身分、非合法薬物、ありとあらゆる混沌を世界に吐き出している国の残骸だった。
「確か今は、北部の聖女アルメリア・マリーチマを中心とした北部アルメリア自治国が、国際的な窓口となってますねぇ」
項が補足する。
『ほかにも何か思い出したらすぐ連絡をください。こちらでも引き続き調査を進めます。ヴェルフラード側にも、正規ルートで照会をかける』
「お願いします」
ナディアは短く答えた。通信が切れると、会議室にはしばらく沈黙が残った。壁面には、名前のない顔がまだ残っている。
何者かはまだわからない。だがナディアの記憶が引っかかった時点で、ただの見張りや雑用では済まない気配だけは濃くなった。
「ヴェルフラードへの照会は神山さんに任せましょう」
アルテミシアが言った。
「国家警察の正式照会なら筋が通ります。私たちが同じ線を触る必要はありません。我々は別の線から見ましょう」




