記者会見
# 第四十八話 幕引き(2)
「橘班長の不在についても、必ず突かれるでしょう」
法務部長が言った。橘は静かに頷く。
「不在だったことは事実です。責任は私にあります」
アルテミシアは、橘の責任という言葉にピクリと目元が動いた。彼女は、その責任は自分にこそあると言おうとしたが、橘の目がその言葉を口にさせなかった。橘がその責任を受け止めるのは、彼は強制介入班の班長であり、立野は彼の部下であるので正当ではあった。
「現場の説明は俺がします」
金剛寺が低い声で言った。
「俺たちは逃がさないために戦った。それだけです」
「お願いします」
アルテミシアが言う。金剛寺は短く頷いた。
「総裁も、あんまり抱え込みすぎない様にしてください」
法務部長が少しだけ気遣わしげな目を向けた。
「努力します」
「努力でどうにかなるなら世話ねぇんですがね」
金剛寺はそう言って、苦く笑った。橘はアルテミシアを見つめたまま何も言わなかった。
---
それなりに広いはずの会見室には、すでに多くの記者が詰めかけており、後ろには立っている記者までいた。
国家労働局本庁舎の会見室はあまり使われることはなく、華美ではない。壁は淡白く、演台は黒に近い灰色。背後には国家労働局の標章があるだけで、余計な装飾はない。
アルテミシアが先頭に立ち、法務部長、橘、金剛寺が続く。シャッター音が一斉に鳴り、フラッシュが瞬く。アルテミシアは演台の前に立ち、会場を見渡した。
いつも通りの微笑はないが、険しい顔でもなかった。彼女は聖女として、総裁としての仮面をかぶり会場に立った。
「国家労働局総裁、アルテミシア・レインです」
澄んだ声が、会見室に通る。
「先日未明より実施された一連の緊急保護介入作戦についてご説明いたします」
資料が配布される音が、会見室に響く。
「本作戦により、複数名の被害者を保護し、人身売買に関わる複数の証拠を確保しました。また、国外勢力と見られる犯罪ネットワークが、本邦において活動範囲を広めつつあったことについても、国家警察および関係機関と共有を進めています」
アルテミシアは一度、言葉を切った。
「我々、国家労働局は事態の危急性に鑑み、強制介入班の投入を決断しました。この対応中に大きな損害を受けました。特に立野隊員が職務遂行中に銃弾を受け死亡。ほか、重体一名、ここにいる金剛寺副班長を含む重傷者数名、軽傷者多数。負傷者の治療と、御遺族への対応を最優先に進めています」
誰かがペンを走らせる音がした。
「立野隊員と御遺族に、深い哀悼の意を表します。また負傷した隊員、支援に当たった国家警察、国防軍、海上軍、医療関係者の皆様に感謝申し上げます」
アルテミシアは深く頭を下げた。橘も、金剛寺も、法務部長もそれに続く。頭を上げた時、アルテミシアは少し目線を下げた。
「それでは、質問をお受けします」
最初に手を挙げたのは、レンシアの経済紙の記者だった。
「警察や軍に任せるべきだったのではありませんか?労働局の判断が早すぎた結果、死者を出したという見方もできます」
会場の空気がわずかに固まる。アルテミシアはすぐには答えず、法務部長へ視線を送った。法務部長が、マイクへ顔を寄せる。
「そのご指摘は、当然のものです」
声は平坦だった。
「ですが、当時の状況は極めて流動的でした。国家警察は人質救出側への対応を優先しており、先の戦闘により再編成を余儀なくされていました。加えて海上臨検隊も湾内の捜索と封鎖に即応していました。CTRUの投入についても、要請から出撃、現着までにはどうしても時間を要します」
記者の何人かが顔を上げる。
「国家労働局が独力で場を制圧しようとした、という理解は正確ではありません。我々が選択したのは、国家警察および国防軍が到着するまでの時間を稼ぐための遅滞行動です」
ざわめきが起きた。法務部長はそれを待たずに続ける。
「仮にあの時点で待機を選んでいれば、重要参考人は船で湾内へ出ていた可能性が高い。そうなれば追跡は困難でしょう」
潜水艇の存在可能性に関することは意図的に伏せられていた。嘘はついていない。そこで一度、法務部長は資料へ目を落とした。
「したがって当局は、現場で許される範囲の実力行使をもって、逃亡を阻止し、正規の実働部隊へ状況を引き継ぐ必要があると判断しました」
次の記者が手を挙げる。
「では、現場判断としてはどうだったのですか。強制介入班は基本的には非殺傷が主装備と聞き及んでおります。軍用レベルの装備を持つ武装勢力と正面から交戦する、これは無謀な突入だったのでは?」
金剛寺が、マイクへ向かった。片腕を吊った大柄な男が動くと、それだけで会見室の視線が集まる。
「当日の現場指揮を執りました、金剛寺です」
低い声だった。
「現場判断としても制圧は狙っていません。危険ではありましたが、その時は説明にあったように即応可能だったのは我々だけでした。よって限定的な遅滞行動を目的としていました」
金剛寺は、一度だけ奥歯を噛んだ。
「我々の戦力では押しきれる相手ではないことは、最初から予想済みです」
「それでも踏み込んだと?」
「踏み込まなければ、逃げられたからです。そうすればすぐにまた次の被害が生まれる」
記者はなお食い下がる。
「その判断で、隊員が死亡していますが」
金剛寺の顔がわずかに歪む。怒りではなく、痛みの方が近かった。
「立野は労働局の任務を理解していました」
金剛寺は言った。
「あいつだけじゃありません。あの場にいた全員が、今やらなければいけないことがなにか、しっかりわかっていました」
それ以上は言わなかった。飾らず淡々と、美談にしてはいけなかった。死んだ人間を祭り上げたりはしない。ただあの場での判断を、会見室の言葉だけで軽く扱わせる気もなかった。
三人目の記者が手を挙げる。
「強制介入班の班長である橘さんに伺います」
橘が顔を向けた。
「今回、橘班長は重要局面で国外にいたと聞いています。介入班の班長が不在の中、強行すべきではなかったのではありませんか」




