思ってもみない言葉
反射的に身を伏せる。光は通り過ぎた。見つかったわけではない。ただ、周囲を警戒しているだけだ。だが、光を振り回すだけで、一箇所を丁寧に確認する余裕がない。
十五メートル。
天野はメンバーが配置についたのを確認し、攻撃開始を指示する。左側に回り込んだ隊員が先に撃った。スタンニードル弾が一人を昏倒させた。同時に、右側の隊員がフラッシュバンを投げ込む。
閃光。
暗闇に目の慣れた敵兵の網膜を焼く。その瞬間、施設側から怒号が返ってきた。こちらの銃声に気づいた敵兵が集まりだす。コンテナの陰や、あちこちに分散していた敵の線が、今度はこちらへ向かって徐々に集まり始める。
恩寵があっても万能ではない。今度は、天野たちが窮地に立たされる。あちこちからマズルフラッシュを向けられる。
最初に負傷したのは右側の隊員だった。肩に弾を受け、護岸ブロックの陰へ崩れ込む。左側の隊員が引き戻そうとして、すぐに太腿に破片をもらった。苦痛の呻きを上げながらも物陰に引き込む。
もう一人は船上からの短い連射を浴び、ヘルメットが跳弾させたが、強い衝撃を受けて倒れた。意識が飛んだのか、呼びかけに反応しない。
天野自身も左腕に熱を感じた。痛みを感じている余裕はない。スモークを展開し、倒れた隊員を引きずり一か所に集まる。頭に弾を受けた隊員の頬を叩きつつ、バイタルを確認するがすぐに意識を取り戻す。
「おい、しっかりしろ!」
「一瞬寝てました!」
「馬鹿野郎、さっさと撃ち返せ!」
軽口はそこで終わりだった。桟橋側と施設側のそのどちらにも敵がおり、負傷者を抱えた四人でここから離脱する余裕はなかった。
無傷なものはおらず、各自が残弾を数え、短く息を吐く。万策尽きかけていた。だがあきらめるわけにはいかない。しかし、数度の応射の後、残弾が尽きる。
「投降しろ!」
敵兵の怒号が響く。天野は隊員に
「ここまでだな」
そう告げる。労働局にとって死兵となって戦うことは美学でも何でもない。苦汁をなめてでも生き残り、より多くを救うことが求められる。
「俺たちは戦争をしているわけじゃない……だが、どうやら目的は達したようだな」
その時、海の暗闇に微かな光が煌めいた。それはすぐに航空機の爆音に変わる。光のない水面の上を、四つの影が滑るように現れる。CTRUの小型VTOL強襲機だった。兵員輸送型MV-6Cが二機。火力支援型AV-6Cが二機。
『こちらは国防軍だ。IFFは確認した。これより援護する。デンジャークロース』
天野は一瞬だけ目を閉じた。ようやく来やがった。
『クリアードホット!!』
「全員、伏せろ!」
先行した火力支援機が短く電磁加速式コイルミニガンを撃つ。銃撃は、敵兵を引き裂くものではなく、天野たちと兵士たちの間を切り分けた。もう一機の40㎜スマート擲弾が小型船の機関部に正確に命中する。信管がオフなのか爆発はせず黒煙を上げさせた。
輸送機二機が機首を上げ一気に減速。埠頭のわずかなスペースにスキッド音を響かせ強引に着陸する。左右のむき出しのベンチから、完全武装のCTRUの隊員が降り、駆け足で火線を形成し敵兵の動きを抑え込む。
二機から降りる動きは、機械的で、一切の無駄がなく、展開を終えたMV-6Cは即座にエンジン出力を上げる。ローター音が一段高くなり、機体は一気に高度を取る。その間にもAV-6Cは断続的にミニガンの射撃を加え頭をあげさせなかった。
その時、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。SAGと地方警察の銃器犯罪対策課の部隊も到着したようだ。
長いようで短い戦いが終わろうとしていた。
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CICの空気は重かった。ナディアが画面を見つめたまま、項が椅子の背にもたれかかりながら、それぞれ短く息を吐く。
「ようやくおいでになったか……」
項の声には、安堵よりも疲弊のほうが色濃かった。アルテミシアは作戦卓の縁に両手をついていた。報告を聞いてから、まだ一言も発していない。金剛寺班の損害報告が、まだ耳の奥にこびりついている。死者一名。重体一名。重軽症含め負傷者多数という報告が重なる。無傷なものはいなかった。
どちらの感情を先に出せばいいのか分からなくなっている。
「総裁」
ナディアが呼んだ。事務的な声だった。アルテミシアにはそれがありがたかった。
「国防軍が桟橋側の制圧を引き継ぎます。天野分隊の負傷者はあちらが請け負うとのことです。金剛寺班にはSAGと銃器犯罪対策課が合流しました」
「……わかりました。金剛寺班長へ伝えてください。全員即時後退と」
声は平坦だった。おそらく平坦になっているはずだ。だが、アルテミシアは声が震えていない自信がなかった。ナディアは指示を伝達し、次の報告に目を移した。アルテミシアの横顔を横目で見た後、書類に目を伏せた。何も言わなかった。言わないことが、今のナディアにできる最善だった。
その時、誰かの視線がアルテミシアの手元へ動いたなら、作戦卓の縁を握る指が白くなり、わずかに血が滲んでいることに気づいたのかもしれない。
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しばらくした後、アルテミシアの個人端末に呼び出し音が鳴る。橘からの呼び出しだ。アルテミシアはCICの片隅で、一人で回線を取った。
『橘です。状況は』
「足止めは成功。CTRUとSAGに現場を引き継ぎました」
声は安定していた。報告するだけなら、できる。
『そうですか。こちらの損害は』
短い沈黙が落ちた。
「……立野隊員が死亡、重体一名。無傷のものはいません」
回線の向こうで、橘が息を吸う音がしたがそれだけだった。
『立野は務めを果たしました』
淡々と橘は言葉を紡ぐ。
「私の祈りが揺らいだせいです」
『困難な任務に犠牲は付きものです。皆、あなたと戦うと決めたときに覚悟しています』
「……私が……そうですね。ごめんなさい。少し取り乱しました」
アルテミシアは揺らいだ理由を口にはできなかった。
『いえ。我々はこの仕事が危険であることはよくわかっています。立野のためにも後悔はしないでください』
「ええ……わかって……いるつもりです」
どちらも続きを話せなかった。だが、どちらも切らなかった。回線は開いたまま、数秒が過ぎ、ノイズの向こうに、ヴェルフラードの夜の気配がかすかに混じっている。
アルテミシアは何か言おうと言葉を探す。しかし、見つけた端から二人の間に横たわる虚空に溶けていった。何を言おうとしたのか、自分でも分からない。きっと探している言葉はわかっているのだ。だがそれは言うべきではない。今は総裁としての責務がある。
橘が先に口を開いた。
『項主任技官へ、ノルーディアセキュリティから入手した追加のデータを送ります。確認をお願いします』
業務連絡だった。肩透かしをされた気持ちになり、いっそ笑ってしまいそうだった。アルテミシアはいつも通りの橘に、ようやく握りっぱなしになっていた自身の拳に気が付く。手のひらには傷ができていた。
「わかりました。伝えます」
『お願いします』
また、間が空いた。アルテミシアには橘が何か言葉を探しているような気がした。だが何かを言いかけて、やめたのか。もともと何もなかったのか。回線越しでは判別できない。
「橘さん」
『はい』
「……いえ、何があるかわかりません。気をつけて」
出てきた言葉はいつもと同じだった。同じ言葉しか出てこない自分が、少しだけ悲しかった。
『……なるべく早く戻ります』
思ってもみない言葉にアルテミシアは、呼吸を忘れた。返事を待たずに通信が切れた。アルテミシアは端末を胸元から下ろし、小さく息を吐いた。CICへ戻ると、項が端末を操作しながら、ちらりとこちらを見た。
「橘からですかな」
世間話のような口調だった。
「ええ。追加のデータを送ると」
「ほう。ではこちらで受けましょう」
項はそれ以上何も言わなかった。言わなかったが、端末に目を戻す前に、アルテミシアの顔を一瞬だけ見た。それがどういう種類の視線だったのか、アルテミシアには分からなかった。分からないふりをした。
項は煙草を口元へ運び、火を点けずにくわえた。CICでは禁煙だ。それを承知で口にくわえるのは、この好々爺の癖だった。神山からの共有で、人質救出側の部隊が突入を開始したという一報。
時間は進んでいる。事件は終わっていない。アルテミシアは作戦卓の前に戻った。
橘のいつもの位置、護衛として少し遠く、補佐官として少し近い、あの場所は空いたままだった。
――やはり後ろが空いていると落ち着かないですね。
アルテミシアはそれを表情には出さない。そして、次の報告について考えを巡らせた。




