強硬策
桟橋のある南西側は、先ほどまで作業員と護衛が数人いた。だが今、その一部が施設内部へ移動している。爆発音を聞いて、裏手の確認に向かったのだろう。一時的に桟橋周辺の兵力が移動し、薄くなっている。天野はCICへ短く報告を入れた。
『ホーン2-7よりシェパード。電源破壊完了。外周を迂回し桟橋へ接近中。敵は混乱している』
CICではナディアが即座に応じた。
「了解。桟橋南側の護衛は現在三名に減少。ただし、施設内部から戻ってくる可能性があります。時間を使いすぎないでください」
『了解。アウト』
天野は川沿いの作業道を進みながら、施設の外壁越しに聞こえる音に耳を傾けた。内部の混乱は収まっていない。それどころか、悪化しているようだった。
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施設内部では、電源喪失の直後から統制が崩れ始めていた。
「裏から来てるぞ!」
誰かが叫んだ。暗闇の中で、武器のアタッチメントとしてのフラッシュライトの光が不規則に揺れている。
「何人だ!」
「わからない! 爆発があった! 電源室がやられた!」
「正面だけじゃない、挟まれてる!」
梁瀬は壁に背をつけた。足が震えている。こんな場所にいるはずではなかった。自分は警備会社の管理職であって、銃撃戦の真ん中に立つ人間ではない。だが、撤収作業の現場責任者として来ざるを得なかった。ミラージュの指示だった。
――なぜこんなことに!
梁瀬は人身売買のバックマージンを受け取っており、部分的とはいえ犯罪に加担していた。SWAMPが拘束された今、自身に司法の手が伸びるのは間違いない。ミラージュに泣きついたことで、国外へ逃がしてもらえることとなったが、前線で指揮の一部をとる羽目となった。
兵士たちの動きが乱れている。正面の攻撃で張り詰めていた緊張が、背後の爆発で一気に崩れた。挟撃されていると信じた兵士の何人かは、持ち場を離れて施設内部へ戻り始めていた。
それは桟橋の護衛をさらに薄くする結果を招いた。彼らが浮足立った理由は、爆発だけではなかった。
戦闘が始まってから、妙に判断が鈍い。撃つべき瞬間に指がわずかに遅れる。遮蔽物に入るタイミングが半拍ずれる。曲がり角で踏み込みを躊躇する。一つ一つは些細な遅延だった。だがそれが重なると、決して素人ではないはずの兵士でさえ、全体としては新兵の寄せ集めの様になっていた。
自分がおかしいのか、状況がおかしいのか、判断がつかない。判断がつかないまま、隣の仲間が倒れる。そうなれば次は自分だと思うのは責められないだろう。しかし一度そう考えだせば足が止まる。止まれば、さらに遅れる。悪循環だった。
それが、遠い場所で祈った女の影響であることを、彼らは知らない。アルテミシアが想定した祈りの形とは違っていた。金剛寺たちへの完全な守護と、敵対者への明確な判断阻害。それが彼女の意図だった。
だが、祈りの間際に混じった揺らぎが、恩寵の表出を歪めた。金剛寺たちへの守護はやや薄くなり、その代わりなのか――敵対者への影響は、むしろ広く、散漫に濃淡のある広がり方となっていた。練度の高い兵士なら、その程度の揺らぎは経験と訓練で押し殺せただろう。
だが、真船逮捕劇で精鋭がすり減った後の、この施設に残された兵力にとっては、その薄い迷いは、暗闇と爆発と合わさって、動揺として現れる。
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天野たちは川沿いの低い土手を身をかがめ、足早に進んでいた。右手には施設の外壁。左手には黒い水面。雨上がりの川は水嵩が増し、濁った水流が天野たちの移動音を隠していた。小型船にたどり着くまでに、二度戦闘はあった。
だが、いずれも組織だった迎撃ではない。暗闇と停電、正面と東側からの圧力に振り回された兵士が、偶然こちらの進路へ迷い込んできただけに近かった。実態としては遭遇戦である。どうにも敵兵の注意力は散漫であるように感じられ、格闘戦に持ち込み、銃声を鳴らすことなく意識を刈り取る。
天野は、妙に順調な展開に内心で舌を巻いた。
――アルテミシアさまさまだな。
敬意のかけらもない感想だった。あの愛らしくも怜悧な聖女は、争いを好まない。好まないはずなのだが、やると決めた時は、なかなか無茶なことを言う。
桟橋が見えた。コンクリートの簡素な構造物。作業灯は消えている。電源が落ちたからだ。だが、あちこちにケミライトの灯りがほのかに光っている。小型船はまだそこにあった。
天野はバイザーに投影された情報を確認した。フォーアイズが捉えている熱源は桟橋周辺に八つ。五つは小型船の周囲で搬送用ケースを積み込んでいる。残る三つは歩哨として、桟橋の根元、船尾側、コンテナ陰に散っていた。その向こうで、小型船の船体がわずかに震えている。エンジンがかかっていた。
「シェパード。ホーン2-7より桟橋の状況確認。エンジンがかかっている。あの八人以外に増援の動きは?」
『現時点ではありません。施設内部の兵力は正面と裏手の確認に分散しています。ただし、梁瀬がまだ桟橋付近にいる可能性があります』
「梁瀬は武装しているか」
『不明です。警備会社の管理職です。銃を持っていても使えるかどうか』
「了解」
静かに近づき、動力を止める時間はない。小型船は、いつでも桟橋を離れられる状態にある。今ここで仕掛けなければ、逃げられる。
強硬策を取らざるを得ないと判断した。天野は三人の隊員へハンドサインを出した。二手に分かれ、互いにカバーしながら前進。二人が左右に分かれ、桟橋を挟む位置へ移動する。残る一人は天野とともに正面から接近する。片方が護岸ブロックの陰へ入り、銃口を桟橋側へ向ける。もう片方が数歩進む。止まる。今度はそちらが周囲を押さえ、後ろの組が前へ出る。
ファイア・アンド・ムーブメント。訓練で体に叩き込まれた動きだった。
水路沿いの護岸ブロックを遮蔽物にして、距離を詰めた。三十メートル。二十メートル。
その時、敵兵士の懐中電灯の光が天野たちの方を向いた。




