挟撃にも似た何か
それは一方で裏手の警備が薄くなったことも意味していた。
正面でアレックスの狙撃がLMG射手を撃破したころ、リブリーザーを付けた天野たち四人は、水面に波を立てないように建物裏手へ静かに取りついた。正面の銃声と爆発音が、こちらの小さな物音を飲み込んでいる。
裏口近くに兵士が二人いた。練度不足なのか、二人とも明らかに意識は正面へ向いていた。それを見た天野は指を二本立て、左右へ振った。二人の隊員が影のように分かれる。
素早く背後から近づき、一人が口元を塞ぐ。もう一人が接触式スタンガンを首筋へ押し当てた。短い痙攣ののち声にならない呻きを上げ、二人の兵士はほとんど音を立てずに崩れた。隊員がハンドサインで制圧完了を伝える。
倒した兵士を物陰へ引きずり込む。そこで一同は水中装備を外した。リブリーザー、フィン、防水バッグ。濡れた床に置かれた装備が、作業灯の薄い光を鈍く返し、急ぐが慌ててはいない。幸いにも作戦開始前まで降っていた雨が、水による濡れた足跡を隠す。
ここから先はただの潜入ではない。気づかれれば、多勢に無勢で押し込まれる。だが、主電源を落とした段階で接敵は免れない。暗闇の中でどれだけ素早く撤退できるか。それが生死を分けるだろう。
天野たちは、静かに壁際を進んだ。何度か兵士をやり過ごす。落ち着きのない足音が近づき、止まり、また遠ざかる。こちらを見たわけではない。ただ、正面の戦闘が派手になりすぎて、誰もが自分の持ち場を疑い始めていた。
その金剛寺たちの血で生み出す混乱が、天野たちの通路を開いた。電源管理室の前までたどり着く。しかし、扉には鍵がかかっていた。天野は取っ手を一度だけ引きすぐに諦めた。背嚢から小型のブリーチングチャージを取り出し、扉へ貼り付ける。隊員たちは扉から離れて顔を背ける。
天野が起爆スイッチに指をかけた。遠くから相変わらず銃撃の音が響き、正面の取り合いがいまだ続いていることを知らせる。どうあれ潜入はばれる。極力戦闘を回避しつつ、敵を混乱させる必要がある。
「退避確認。三、二――」
爆発は配電盤を完全に吹き飛ばし、腹の底に響く衝撃を感じさせた。粉塵が通路を白く塗りつぶす。直後に変圧器か別の配電盤か、鈍い二次爆発が生じ建物を揺らす。施設全体の照明が一斉に落ちた。非常灯すら点かない。電源系統が根こそぎ潰れたようだった。
天野は暗視装置を装着するよう指示する。青緑の世界に切り替わる。だが、暗闇の恩恵は長くは続かない。敵もバックアップ電源か携帯照明に切り替えるだろう。暗視装置を持った兵士もいる。
それより先に、問題が生じた。
二次爆発により電源管理室に隣接する区画の壁面が部分的に崩落し、天野たちが桟橋へ向かうために使うはずだった通路を塞いでいる。瓦礫の隙間からは通路の向こうがかすかに見えたが、それも舞い上がった粉塵が視界を遮るまでの時間だった。わずかな時間考える。掘り返すことはできる、だが時間がかかるうえ、暗闇に慣れた敵が集まってくるだろう。
掘ることは即座に棄却、次善策をとるべく見取図を頭の中で広げた。
桟橋へ直行する内部を突っ切る最短経路は潰れた。残る選択肢は二つ。施設を大きく迂回して別の通路から桟橋へ向かうか、一度外へ出てから水路沿いに桟橋へ接近するか。
施設内部は敵が多い。暗闇で混乱しているとはいえ、四人で突破するには分が悪いだろう。
「後退して水路側から回り込もう」
簡潔に指示を出す。反論はなく、即座にそれぞれが違う方向を警戒しつつ移動を開始する。天野班は来た道を戻ることになった。来た時とは違い、照明は消え、暗視装置のざらついた青緑の視界だけが頼りだった。どこからか、敵兵の混乱した声が聞こえてくる。
天野たちは足音を殺し、呼吸さえ響かせないよう整える。先ほど無力化した兵士二人は、まだ物陰に転がっているはずだ。
その横を通過する時、遠くで怒声が聞こえた。施設の正面側――金剛寺たちが戦っている方向からではない。施設の内部、それも桟橋に近い区画からだった。
怒声はオルセア語ではなかった。何語かは判然としないが、口調からして命令と罵倒が混じっているようだ。統制が乱れているのだろう。
天野は足を止めずに聞いた。電源の喪失。正面からの攻撃。そして背後での爆発。
敵から見れば、正面と裏手の二方向から同時に攻撃を受けているように見えるだろう。実際には裏手の爆発は電源破壊であって、挟撃を仕掛ける余剰兵力はない。だが暗闇の中でそれを正確に判断できる指揮官が、あの中にいるかどうか。
天野は、対応の遅さからいないだろうと踏んだ。
先の真船逮捕劇で、この手の局面を冷静に捌ける練度の高い兵士は数がすり減っていた。セーフハウスでSAGと交戦し、地下暗渠で追撃を受け、残った精鋭の何割かは負傷か拘束で脱落している。
今ここにいるのは、その穴を埋めるために集められた二線級の兵力だ。撤収作業では問題ないだろう。しかし、防衛戦、それも挟撃を受けたと勘違いした環境下では明暗を分ける。そこに、アルテミシアの祈りが想定外の形で重なっている。
天野にその仕組みまでは分からない。ただ、今までの経験的に敵の踏み込みが半拍遅れ、判断にちぐはぐさが混じる。そして、こちらが通るべき隙間だけが妙に目につくのだ。
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天野たちは施設裏口から外へ出た。雨上がりの湿った空気が、施設内の粉塵と硝煙の匂いをより強めた気がした。
四人は壁に沿って移動を始める。なるべく戦闘を避ける立ち回りが必要だった。防衛兵力が厚い正面入口付近を避け、川沿いの作業道を使う。
足元は濡れた砂利で、どう歩いても音が立ちそうではあるが、一歩ずつ重心を確かめながら進む。電源の破壊が成功した今、小型船の動力を止める。それが天野たちの次の仕事だった。フォーアイズのUAVが観測した映像が、天野のバイザーに投影され、リアルタイムで更新されている。
正面の戦闘に引きつけられた兵力の大半は、施設の北側と東側に集中していた。金剛寺たちはまだ戦い続けているようだ。
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