不利な戦い
金剛寺は手早く指示を出す。
『今日、橘は不在だ。橘班は副班長が指揮を取れ。こちらは先の戦闘で負傷者が出ている』
橘班一三、金剛寺班一〇。合わせて二三。実質、一個小隊以下だ。
『あいつの義体パワーは期待できねぇ。だから無茶はするな。へまして怪我して、帰ってきた班長に地獄の強化メニューを組まれたい奴はいねぇだろうな』
隊員たちの間に笑いが起きた誰も、本気で笑っているわけではない。これから始まる戦いが危険なものになることは、全員が分かっている。それでも笑う。笑って、肩に入った余計な力を抜く。
金剛寺はその笑いが収まるのを待ってから続けた。
『目的は逃亡阻止だ。撃ち勝つ必要はない。逃がすな。生きて残れ。それだけだ』
ヘルメットに取り付けられたバイザーにはリアルタイムに情報が表示される。
『敵は確認できた範囲で三〇。未確認込みならもっといる。正面から押し込む数じゃない』
明確に不利である。誰も口には出さなかったが、全員が分かっていた。施設は、川沿いの人目につきにくい入り組んだ場所にあった。本来なら機械警備と監視カメラが静かに見つめているだけの場所である。だが今は、照明が部分的に点けられ、兵士たちがせわしなく物資を運び込んでいた。
施設全体はそれほど大きくはないが、小隊で制圧するには死角が多い。外周はコンクリート壁と鉄柵で囲われ、柵の上部には返しが設けられている。乗り越えるには時間がかかる。正面入口にはピックアップトラックが道を塞ぐように止められ、荷台に据えられた重機関銃が油断なく道の先を睨んでいた。
都市計画課から取り寄せた見取図が、フォーアイズの映像に重ねられ立体的に浮かび上がる。排水ポンプ施設には水中設備があり、簡易的ではあるが桟橋も設けられていた。
金剛寺はそれを眺め、おおよその算段を立てた。正面に主力をひきつけ、潜水で裏手に侵入、電源の破壊と船の制圧だ。
迂回したところで周囲は柵だ。全員分の潜水装備はない。それならば正面からは装甲を施した介入班車両で強行突破する。どのみち足止めをする以上戦闘は不回避だ。しかし、介入班の突入用装甲バンは対弾性を持たせているとはいえ、想定しているのは小火器までだった。軍用徹甲弾を吐き出す機関銃を正面から受けとめる設計ではない。
金剛寺はそこで一計を案じる。ドアノッカーへUAVの操作権限と戦術AI経由の視界情報を渡したうえで、防弾盾を車両正面へ固定する。隊員はドアノッカーと車両のさらに後ろにつく。視界が潰れても、UAVの映像とドアノッカーのセンサーが車両を誘導できる。それに加え、一定の防弾は担保できる。
ただし、ドアノッカーが潰される可能性は高い。ここで盾として使えば、その後の屋内戦で使える突入支援機は減る。正面を突破するために、後の制圧力を先払いする作戦だった。
突破後は下車展開、陽動。迎撃に出てくる兵士を釘付けにしながらアレックスの狙撃で削る。さらに近郊に待機させているS/VTOL機から、四〇ミリ多目的狙撃擲弾銃による支援を入れる。作戦というには荒っぽい。だが、こちらには時間も人数も足りなかった。
金剛寺は暗視装置付きの双眼鏡を覗き、口元だけを歪めた。
『連中の狙いは、このちゃちな桟橋だったか』
『みたいですね。こりゃ骨が折れそうですよ』
『ナディアにいいところを見せられるかもしれんぞ』
『よーし、張り切っちゃうぞ!』
小隊に笑いが起きた。笑っている場合ではない。だから笑っている。金剛寺は鉄塔の影を示した。
『アレックス。鉄塔から狙えるか』
『この距離なら外しませんよ。任せてください』
軽い声が返った。アレックスと呼ばれた隊員が、車両後部から高倍率スコープを載せた狙撃銃を取り出す。金剛寺はその様子を一瞥し短く釘を刺した。
『可能な限り致命傷になる場所は避けろ』
『わかってますよ』
『天野。三人連れて水路側へ回れ。水中から電源室に近づけ。爆破したあとは桟橋に向かい、船を制圧しろ』
『了解』
金剛寺は全体図を見た。撃ち勝つのではない。逃がさない。SAGが来るまで、ここに縫い止める。
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現地では金剛寺が作戦を説明していた。CICのアルテミシアは一度だけ目を伏せた。
「少し、外します」
それだけ告げて、彼女はCICを離れた。向かったのは自身の執務室だった。扉を閉めると外の声が遠く聞こえる。
祈るたびに、少しずつ自分が変わっていることをアルテミシアうっすらと感じていた。以前よりわずかに、迷い……躊躇が減っている。仲間を傷つける相手に対して、冷徹な実行力を行使することへのためらいが薄くなっている。
当然だろうと言えば当然だった。
守るべきものがある。指揮官として判断しなければならない。敵が銃を向けるなら、それにこちらも対応しなければならない。
祈るという行為は、恩寵と引き換えに何かを差し出すことでもある。神は、人の祈りだけを好むのではない。躊躇、打算、覚悟、後悔。正しさと必要性の間で揺れる心のうねりを好む。
アルテミシアに恩寵を与える神も、そうだった。その神へ祈るたびに、アルテミシア自身の内側は、恩寵を与える神の性質へ少しずつ引かれていく。
守るために祈る。祈るほど、戦うことをためらわなくなる。それは、便利な奇跡ではなく、美しいだけの祝福でもなかった。祈りと呪いは合わせ鏡だ。
アルテミシアは小さく息を吐いた。過不足なく。明確な意思をもって。確固たる覚悟のもとに。
感情を荒立てすぎれば、祈りは届きすぎる。弱すぎれば、部下を守れない。だから彼女は自分の心を整えた。愛するものを守るために。許さないものを止めるために。
アルテミシアは、自らの神へ祈りを捧げた。
デスクライトだけが灯る部屋に、詠うような、囁くような詩が響いた。危険な作戦に当たる金剛寺たちの無事の帰還を願い、敵対者には刹那の迷いを与えるために。
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