労働局設置法第八条二項 必要最小限度の実力を用いて当該状況を鎮静化
一度仕切りなおすように橘は咳払いをしてから口を開く。
「まず施設の性格から確認する」
施設は、外から見るぶんには何の変哲もなかった。低層の白い建物。やや古い。敷地は整理されている。玄関脇に植えられた木は、誰かがちゃんと剪定していた。外壁沿いの暗がりに、先行して投入されたフォーアイズは低視認用欺瞞網を装備し、目立たぬように潜んでいた。機体のバックパックからその名の由来となる4基の小型ドローンが滑るように飛び立つ。四つのドローンが目となり耳となり、熱源、音、振動、化学物質をひとつずつ拾い上げ、施設内部を輪郭だけで浮かび上がらせていく。
リアルタイムで取得された情報を労働局の情報部サーバーへと送り届け、CICで表示していた。
「表向きは要保護未成年の一時保護施設。だが実態は違法な取引にかかわる商品の集積施設だ。港湾から移送されてきた商品を一時留め置き、次の送り先が決まるまで管理する中継拠点。保護施設の認可を隠れ蓑に使っている。出入口は四。正面、東側通用口、北裏口、非常階段直結の搬入口」
商品という言葉に一同が苦い顔をする。橘の言葉を引き取り、内部の偵察結果の暫定情報を情報部が補足する。
「四脚型の警備機械が内部に二。こいつらは識別コードを発信していません。おそらくセーフティ機能がカットされています。こちらの停止信号を受け付けないと考えられます。ほかに警備員とみられる複数の熱源を探知。裏口は熱源三。中の巡回二。内部一階東に複数の熱源。数は確定できませんがおそらく今回の目標です」
警備型のロボットは法執行機関の発する信号を受けると、機能を停止することが義務づけられている。違法改造機はこの機能をバイパスし、信号を受け付けないように改造されていることが多い。イヤホンの向こうで報告が飛び交う。橘は低く指示を出す。
「グレムリンの配置が完了次第報告しろ。狭域ジャミングを合図で発動できるよう準備。フォーアイズは偵察を続行。第一班は正面の警備を無力化後、ドアノッカーに突入準備をさせろ。電源喪失と同時に突入しろ。第二班は裏手にまわり電源の遮断の準備。迅速に、気取られてデータを消させるな」
橘は図面に戻る。
「東側通用口と非常階段、この二か所に警備の気配はない。普段から使わない口だと見ていい。ここは直前に閉塞する。ドアウェッジを用意しておく」
動線が図面の上に引かれていく。
「突入は正面と北裏口の二か所。正面は人間の警備員を相手にする。非殺傷で制圧。音を立てるな。北裏口は2班だ。電源は図面ではそこからすぐの部屋だ」
「内部の違法機体は」
「グレムリンがECMをかける。その間に制圧だ。EMPランチャー使え。人質もいる、銃口管理は慎重にたのむ」
ナディアの隣、椅子の背にだらしなく寄りかかっていた白髪混じりの男が、指の間で止まっていたペンを回しながら口を開いた。電子戦支援課の老技官である。
「補足させてくだせぇ。違法機を後ろにいる企業群の中央サーバーに直結させてるわけがねぇ。せいぜいがフロント企業、警備か保守の子会社あたりのサーバーに迂回して繋いでるはずです。ローカルのノードじゃ戦術ネットワークはつかえねぇ」
指先で軽く机を叩く。
「ECMかければシステム制限によりネットワークからの演算支援はなし、判断はローカルAIか学習済みパターン止まり。相手のグレード次第じゃ、ずいぶん単純な動きに落ちるはずでさぁ」
「ECMの持続時間は」
橘が短く訊く。
「長くは持たんです。三分が限度です。その間にケリをつけてくだせぇ。復旧と同時にやっこさんは再起動がかかるはず。そのタイミングでこっちから奴らの中継サーバーへマルウェアを差し込みます。なんで、一基は再起動まで潰さんでくださいな。バックドアを仕込む。次に同じ企業の名前が出てきたとき、中を覗ける側にいてぇんでね」
「部隊の安全が最優先だ」
「わかってます。できたらで構やしません」
室内がしばらく静かになる。ナディアが口を開く。
「管理室は二階奥。端末が今も稼働中だ。救出と記録を持ち帰ることが今夜の仕事です」
橘が引き取る。
「絶対に逃がすな。ただし、いつも通り殺すな」
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「シェパード≪本部指揮官≫より各隊、SITREP≪状況報告≫」
「ホーン1-6≪突入班1指揮官≫、突入準備完了」
橘は突入班1の指揮官としてドアノッカーの背後に銃口を上に向けるハイレディの姿勢で待機していた。
班員は4名。いずれも経験豊富なものばかりだった。扉前の警備員は音もなく気絶させられ、手錠で拘束してある。
「ホーン2-6≪突入班2指揮官≫、電源遮断準備完了」
「シアー6≪電子戦支援班指揮官≫、電源遮断と同時にECM展開準備よし」
「一、二、三!」
「電源遮断!」
「ECM展開!」
「ブリーチ!ブリーチ!ブリーチ!」
正面玄関で、ドアノッカーが前へ出た。前面装甲を厚くした突入支援機。
その腕に固定された破城槌が、扉へ叩き込まれる。打撃面で小さな爆発が起きた。ドアがくの字に折れ、蝶番ごと吹き飛ぶ。巻き込まれた警備員が壁へ転がった。
即座に多重閃光音響手榴弾を投げ込む。複数の子弾に分裂し、それぞれが閃光と爆音を遠慮なくまき散らす。
「労働局だ!全員その場を動くな!」
「膝をついて、手は頭の後ろだ!」
速射型のテーザーガンを装備したドアノッカーは、突入と同時に脅威度判定を実行、即座に2人の銃火器を持った警備員に短針を撃ちこみスタンさせる。
声が飛ぶ。そのあとは早かった。強い光。短い悲鳴。床へ転がる警備員。
「警備ロボが確認できてない!」
『シアー6より全隊、ECM維持限界まで残り2分』
そのアナウンスと同時に、奥の廊下の暗がりで何かが動いた。
腰丈。甲羅のように扁平な胴体が、四本脚で床を踏む。廊下の幅をほぼ塞ぐ大きさで、ゆっくりと前進してきた。
背中の外装パネルが開きかけていた。テーザーガンの展開シーケンスを途中まで実行した状態で、ECMが刺さったらしい。
ベイ扉が半開きのまま痙攣するように動き、止まり、また動く。アクチュエータが誤信号を受けてショートしている音がした。




