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国家警察組織犯罪対策室

監督部監査執行課長が、露骨に気の毒そうな顔をした。法務部長は視線を資料へ落とした。反対はしない、という意味だった。ナディアは短く息を吐く。


「神山管理官に投げるなら、情報は整理してあちらに渡せるようにしておきます」

「助かります、ナディアちゃん」

「グロモワ上席技官です」

「はい。グロモワ上席技官」

「港湾保安部への顔つなぎ、周辺封鎖の名目づくり。それから、保全後の証拠受け入れをお願いしましょう。広域犯罪対策室なら、施設認可と後見人変更の線も拾えます。それに……」

「証拠は保全後、国家警察へ正式に引き渡します。神山さんの手柄にもなりますし」


本人はたぶん、本気で気を利かせたつもりなのだろう。ある意味、越権ギリギリの線で踊っておいて手柄などとどの口が言うのか。事情を知らぬ者が見れば、その得意げな顔はたしかに愛らしい。しかし、ここにいるメンバーは一様に頭を抱えた。


「総裁」


法務部長の声にはいくらかの疲労が混じっていた。


「国家警察への正式通知は、いつ出しますか」

「こちらの出発に合わせます」

「何分前ですか」


アルテミシアは、少し考えた。


「三十分前で足りますか」


室内の空気が今度こそ止まった。


「行きましょう」


ナディアが顔を上げる。橘は動かない。アルテミシアの声は、やわらかいままだった。


「中に子どもがいるなら、夜を越させたくありません」


救わなければ。橘は改めてそう決意する。


「了解」


その一言だけで、会議室の全員が自分の役割へ散っていった。


「橘班長は後で私の執務室に来てください。」

「わかりました」


---


執務室はそれほど大きくはないが、奥にはアルテミシアの執務机があり、手間には来客を迎えられるよう高級そうな椅子が4脚とローテーブルが置かれていた。

アルテミシアは突入作戦前は、よくこうして橘を呼び出し確認する。毅然としてはいるが、迷いがないわけでも、自信があるわけでもないのだ。


「今回の作戦、橘さんはどう思う?」

「多少リスクはありますが、一気に踏み込むのは賛成です」


橘はアルテミシアをまっすぐ見たまま、即座に答える。その不安を払拭するのも自身の役割だと考えている。


「そう……ですね。すいません危険な作戦の前に呼び出して」


その一言で、アルテミシアの瞳の揺らぎは止まり、最高指揮官の顔となる。


「いえ、我々は常にあなたの理想とともにあります」

「……ありがとう」


---


時間は作戦開始30分前。


薄暗い作戦指揮車内には橘、ナディアともう一人の白髪の多い情報技官、監督部の隊員2名、そしてアルテミシアがいた。車内大型モニターではリアルタイム情報が反映される。

モニターの明かりがアルテミシアの顔を照らす。陽光では神像のようであった彼女の横顔は、電子の光ではまるで感情を持たぬ裁定者のようであった。


アルテミシアはメインモニターの前にいる。。


「神山さんに繋いでください」


短い呼び出し音のあと、疲れた声が回線に乗る。


『……神山だ』

「私です」

『嫌な予感しかしないな』

「三十分後に強襲作戦を実行します。周辺封鎖をお願いしたく」

『まだ正式通知が来ていない』

「今から送ります。今、情報を一式送りました。」

『それを世間では“まだ来ていない”と言うんだ』

「ですが、証拠は保全後に国家警察へ引き渡します」

『これは……人身売買に福祉局と港湾が噛んでるのか……』


穏やかに続けた。


「神山さん、お手柄ですね」


車内の空気が死んだ。後方席で装備点検をしていた隊員の手が止まる。監督部の隊員の一人は顔を覆い、若い医療担当は窓の外を見るふりをした。

誰も何も言わない。ただ一様に、国家警察組織犯罪対策室管理官の胃の無事を、ほんの少しだけ祈った。回線の向こうでは、しばらく返事がなかった。たぶん今、神山純は机に肘をついて額を押さえている。

連絡が直前になるのも、悪意からではない。警察内部にも企業群と近すぎる部署や人間がいる可能性があり、情報保全の観点からどうしてもそうせざるを得ないのだ。それが分かるため、神山もあまり強くは言えない。


『……君はな』


ようやく絞り出された声は、低く、疲れていた。


『もう少し言い方というものを覚えた方がいい』

「褒めています」

『余計に始末が悪い』


車内の何人かが、聞こえない程度に同情の息を吐く。アルテミシアはたぶん、本当に悪気がない。


「周辺封鎖だけで結構です。一次保全はこちらで持ちますが、正式な証拠移管は現着後すぐに。神山さんのお名前で話が通る方が早いでしょう」

『つまり君は、私の名前と権限と胃の寿命を先に使うつもりなんだな』

「胃の寿命は使いません」

『そこはどうでもいいのだ』


神山は深く息をついた。その呼気だけで白髪が二本くらい増えていそうだった。


『……封鎖線は引く。港湾保安にも話はしておく。査察は運輸監督省にも共有して実施する。その代わり、現場を荒らしすぎるな。証拠は残せ。生かして引き渡せ』

「ええ。もちろんです」

『まったく……十分気をつけてください』


そこで回線が切れる。数秒の沈黙のあと、隊員がぼそりと呟いた。


「また白髪が増えますね、あの人」

「今回は胃薬も増えるな」

「毎回すみませんって菓子折り送ってるんでしたっけ」

「送っています」


アルテミシアは即答した。


「神山さんみたいな人が、警察の中でもっと上に行ってくださらないと困るんです。そのためには、きちんと手柄を持って帰っていただかないと」


いつも同様に穏やかな表情ではあるが、モニターに照らされた彼女の瞳が一切笑っていないのは彼女に近しいメンバーにはよくわかっていた。国家組織というものは常に腐敗を抱えている。国家警察においてもそれはまた同じである。素直に情報を即時共有できないのには理由があるということだ

壁面には施設の見取り図が投影されている。フォーアイズが外壁沿いに拾ったデータを、ナディアが十分間で平面図に起こしたものだった。


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