第八条四項 保全した証拠及び拘束した者の身柄を、法令に定める手続に従い引き渡さなければならない
「EMP、今!」
橘が言い終わるより先に、隊員が撃っていた。
低い破壊音。機体が全脚をロックしたまま固まり、テーザーベイから白い煙が細く上がる。焦げたようなにおいが漂い、そのまま動かなくなった。
「一体目、制圧」
あっさりしすぎていた。それが全員の認識だったはずだ。
「もう一体がいる。どこだ」
返答の前に、右手の物資搬入口の扉が外側から押しのけられた。
同じ体型。だが、背中が違った。外装パネルは閉じたまま。その上に、別の何かが直接ボルト留めされている。
むき出しのレシーバー。スプリング式の俯仰台座。センサーにつながるケーブル。スチール色の銃口が、こちらへ正確に向いている。
「武装タイプ!テーザーじゃない!」
報告と同時にドアノッカーが動いた。内臓の状況分析ロジックが危険度識別最優先として判断した。ただ間に割り込む。隊員二人を後ろへ押しのけ、前面装甲を相手に向けた。
銃撃は短い連射だった。弾かれた珠弾が床と壁に火花として現れる。ドアノッカーは足を踏みしめ、一歩も退かない。機体の安定性がそのままシールドとして機能している。
「EMPランチャー!東側に撃つな!」
橘の声は落ち着いている。
背後で筒状のランチャーを構えた隊員が角から腕だけ出し、照準もそこそこに引き金を引く。
電磁パルスが破裂する音は思ったより地味だった。無感情に前進する警備機体はそれでも止まらず、銃弾をまき散らしている。
「ダメだ。部分ヒット!まだ生きてる!」
ECMのカウントがゼロになった。警備機体は動きを止め再起動のシークエンスに入り戦術ネットワークへの再接続を試みている。再起動後は弾着位置から銃口角度の補正を実行するため、今よりさらに厄介になるだろう。
「ドアノッカー!あれを潰せ!」
返事より先にドアノッカーが動いた。一直線。重量を乗せた走行、衝突寸前でやや低く沈む。
銃撃が肩口を掠めた。だがその距離では銃座が俯角を取りきれない。ローマウントの首振りには限界がある。支援機の肩口が相手の右前脚の付け根へ入った。
脚の根元が歪み、機体が右へ傾く。銃口が床を向く。ドアノッカーがそのまま抑え込みにかかった。腕部を相手の胴体へ被せ、体重を完全に乗せる。
だが、一拍置いて嫌な音がした。
抑え込まれた警備ロボの四脚が、床を擦りながら再起動の唸りを上げる。違法機体特有の制限外出力。片脚を失ったはずのバランスを、残る三脚が無理やり補正しようとしていた。タイルが割れる。ドアノッカーの安定脚が、ゆっくりと押し戻されていく。
「押し負けてる!」
班員の声に棘が混じる。ドアノッカーの関節部から、油圧の漏れる細い音。抑え込む力と、脚からの再加圧が境界で軋んでいた。あと数秒、いや、それより短い。銃口を下げ、二歩で距離を詰めるとドアノッカーの腕部へ踏み込む。
義体出力、安全域解除。
関節保護のリミッターを一段越えた感覚が、橘自身の内耳に小さく響いた。規定外出力により足にも負荷がかかったのわかった。片手でドアノッカーの腕部装甲を押さえ、もう片手で、格納されたままの高周波ブレードを引き抜く。本来、支援機側の機構から展開されるべきもの。それを、人間の手が外側から剥がすように取り出した。ロック機構が悲鳴を上げて外れ、ブレードが橘の掌の中で高い共振音を立て始める。警備ロボが姿勢を立て直しかけた。
遅い。
橘は腰を落とし、ブレードを下から真っ直ぐ——胴体正面、銃座アクチュエータと配線束が集まる一点へ、刺突した。制御ブロック。金属が裂ける硬い音。続いて、焼けた絶縁材の臭い。機体の四脚から同時に力が抜け、抑え込んでいたドアノッカーが遅れて解放されるように身体を起こす。メンテナンス用の通信ポートに受信機を素早く差し込む。
「焼け付く前にクラッキングを済ませろ」
橘は項技官に短く通信を入れる。
『ほいほいっと』
気の抜けるような返答とともに、基幹システムへクラッキングを行い、再起動にウィルスを紛れ込ませる。
「制圧完了」
「子どもの保護を優先しろ。急げ」
橘はそう言って捜索を継続させる。その後すぐに子どもたちの閉じ込められている部屋が見つかった。監禁された部屋の扉を開けた隊員が、一瞬だけ息を詰めた。
『ホーン2-2より、ホーン1-6。未成年、確認。複数生存』
だが同時に、別の声が飛んだ。
『シェパードより至急、管理室より外部アクセスを確認!証拠を消してる恐れあり!即座に制圧を!』
『ホーン1-6より、全員聞こえたな!急げ!』
即座に管理室の扉を蹴破りなだれ込む。管理室の奥から、薄い顔の男が引きずり出されてくる。
「生かして押さえろ」
別の隊員が福祉局の身分証を発見していた。保護監督室とある。現場実務の人間だ。男は最初から泣きそうな顔をしていた。
「ホーン1-6よりシェパード。警備ロボの排除、施設内の制圧完了」
『シェパード、了解。アルテミシア様はいつもどおり前に行かれるようだ。』
毎度のことに慣れてしまった2班の指揮官は大きなため息をつく。
「お前ら!姫様がおいでだ!手の空いてるものは施設内の再確認!」
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介入後の施設は静かになった。子どもたちは保護班へと引き継がれ、警備員と職員は拘束。端末回収され、紙記録は袋詰めさた。
アルテミシアは最後に施設へ入ってきた。聖女は約定により武器を持たない。そのためいつだって少しだけ遅れて現場へ入る。
聖女に限らずだが責任を引き受けることが仕事となる者は後からやってくる。
保護された子どもたちの前で立ち止まり、ひとりの少女に毛布をかけてもらっているのを見る。少女は怯えていたが、アルテミシアの顔を見た時だけ、少しだけ瞬きを忘れた。彼女はしゃがんで言う。
「もう大丈夫です」
一方で、管理室に連れてこられた福祉局員は最初から目を逸らしていた。アルテミシアは彼の前に立つ。
「仮保護移送調整室、主任補」
男は答えない。
「あなたが通した後見変更申請、ここ三か月で二十七件。移送後の行方の確認が取れない案件が15件。どういうことか説明していただけますか?後見人の身元調査は福祉局の業務のはずですね」
「私は、何もしていない」
男は震える声で言う。どこにでもある言い訳だった。アルテミシアはうなずいた。
「ええ。そうでしょうね。」
その優しげな声色に希望を見たのか、男は少しだけ顔を上げる。そこへ、彼女は続けた。
「でも、あなたは書類に署名した。存在しない後見人を記入欄に署名するのはどんな気持ちでしたか?」
男の息が止まる。
「あなたはその書類を承認した。あなたは、どこの誰ともわからなくなった子どもに、新しい後見人の名前を貼って運び出した。それがどのような意味を持つのか分かったうえで、です」
アルテミシアは怒鳴らない。それが余計に、逃げ道をなくしていく。
「それは、あなた自身の手で行われた」
アルテミシアは福祉局員を見下ろしたまま、静かに言う。
「あなたを逮捕します」
男が顔を上げる。ほっとした顔になりかけたその瞬間、アルテミシアは続けた。
「そして、警察に引き渡します」
その一言で男の顔から色が消えた。
「ただし、あなたが協力的であるなら、まだ救えるものがあるかもしれない。そうでないなら非常に重い罪になるでしょう」
ナディアはそれを聞きながら、この男の先に何本の線があるかを考えていた。港湾局。孤児院。後見人偽造。企業群。施設ひとつで終わるはずがない。橘は、保護された子どもたちの方を見た。助けられた。しかし、全員ではないだろう。そして、ここだけでもない。アルテミシアが振り返る。
「まだ救えるものを救いましょう」
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同刻。
使い捨ての通信端末が、短い振動を二度繰り返して止まった。
薄暗い部屋で女がそれを手に取る。画面の光が顔の輪郭だけを淡く照らした。表情は読めない。通信は音声ではなく、暗号化されたテキストだった。
施設が落ちた。職員が拘束された。端末も押収。
女は端末を置き、数秒だけ天井を見た。
末端が一つ落ちること自体は、想定の範囲である。施設はいくつもある。経路も複数ある。一つが潰れたところで、全体は止まらない。
だが、あの福祉局員は几帳面だった。記録を残す男だった。自分の保身のために、上への連絡経路を控えている可能性がある。そしてそれが今は労働局の手の中にある。
女は端末を再び取り上げ、短いテキストを打った。
『労働局について情報を集めろ』
送信。端末のログを消去する。
労働局が何をどこまで掴んでいるのか。それを測るには、もう少し泳がせる必要がある。
——面倒な相手が出てきた。
それだけを思い、女は椅子の背にもたれた。次の手を打つまでの、短い静寂だった。




