追いつくための時間
「過去一時間の映像の要点ですが、妙に人の出入りが多いんです。先週までの様子とはまるで違います」
一同が見守る中、映像が再生される。無人の閉じられているはずの旧排水ポンプ場の搬入口。そこへ車両が一台入っていく。技官が早送りするともう一台が現れる。さらにトラック、複数の人影が確認された。しかし基本的にはもたらされた映像は、降雨や降雪といった路面情報、渋滞情報などを見るためのものなので、暗いポンプ場内の画像は荒い。
「現在、登録情報としては無人施設です」
若い技官が、ほとんど独り言のように言った。その直後、映像が途切れた。項が画面を拡大する。
「カメラ応答なし。回線断じゃありませんねぇ。機器側です。破壊されたか」
室内が押し黙った。
「ん?待ってください」
別の分析員が、途切れる直前の映像を指した。
「こいつ、銃を持っていませんか」
暗がりでははっきりしない。だが、搬入口の前で車両から降りた男の右手に、細長い影が見える。工具にも見える。短銃にも見える。
確証はない。だが、全員が同じ可能性を見ていた。
「怪しいですね」
アルテミシアが、低くつぶやいた。
「人を隠すには不向きです。車両を集めるにも目立つ。なぜそこへ……」
項がメインモニターに施設見取図を拡大した。古い排水路が施設から海までつながっている。暗渠は町のほうへ延びていく。保守用の点検口は目立たない位置にあり、水位観測系統の外部操作盤が複数ある。線が重なりかけた瞬間、ナディアが顔を上げた。
「周辺の監視映像を洗ってください。旧排水ポンプ施設だけでは足りません。搬入口、川沿いの作業道、橋脚下、排水路の出口。映っているものは全部」
ナディアが素早く指示を出す。
「今の画像は解析へ。車両番号、人物の体格、装備、持ち物。銃器に見える影があるなら、輪郭補正をかけてください」
若い技官が、地図を見つめた。大型モニターには複数の情報が表示されていた。
港湾から始まった人身売買。
保守会社が運んだ継ぎ接ぎの警備ロボとSAGとの交戦。
真船が逃げた地下暗渠。
排水施設の不自然な警備。
湾に流れ込む排水路。
湾から海……海……
瞬間、ナディアの中で、独立していた点が一つの線につながった。
「海……そうか、川だ!」
ナディアの目が、すぐに地図へ戻った。
「川から湾内へ出る気だな!水上臨検隊へ緊急連絡を!湾内の小型艇、無灯火船、整備登録のない作業艇を洗ってください」
「ナディアちゃん落ち着いて。わかるように説明してもらえる?」
いきなり慌ただしく話し出したナディアに、アルテミシアは面食らった。
「ゾディアックのような小型艇を使う可能性があります。小型艇で一気に湾を抜ける気です」
「でもそんなものでは外洋を越えられないでしょ?」
「SWAMPに旧ウルガンクス海軍潜水工作隊の人間がいましたよね?潜水とは言いますが、HVTを水辺から救出、あるいは誘拐する技術があります。要人の水際回収です。低空進入した大型のVTOL機で回収する気かもしれません」
「なるほど重要資料と人物を海から逃がすのか……」
その時、神山から情報が共有される。
国家警察の警邏隊が、旧排水ポンプ施設へ向かう一本道で停車中の不審車両を発見。職務質問を行おうとしたところ、車内の男が発砲。短い銃撃戦の末、警察官数名が負傷し、相手はその場で射殺された。要約には、最後に一文が添えられていた。高度な訓練を受けた者の動きと推定。
CICの空気が変わった。
「位置は」
ナディアが訊く。通信員が即座に地図に位置情報を重ねる。旧排水ポンプ施設へ向かう一本道。その中間。車両を止めれば、施設へ向かう者も、施設から逃げる者も確認できる場所だった。
「見張りでしょうか」
若い技官が言った。ナディアは答えない。もはや旧排水ポンプ施設は候補ではなくなった。そこに何かがいる。その時、戦略AIが水域にちなむ広域ワード検索と関連情報提案ロジックに基づき、いくつかの候補を提示する。その中に瑞海重工業の名前があった。
「瑞海重工業……小型潜水艇製造ライン?」
ナディアの声は硬かった。
「海底設備点検用、資源調査用、港湾外縁の保守用。これを湾内に潜ませ乗り込ませれば、空域を侵すリスクなく外洋の潜水艦や船舶に接続できます」
項が港湾図の外側を拡大した。河口から湾内へ。湾内から防波堤の外へ。その先には、領海内外をまたぐ海洋情報調査区域が表示されている。
「小型艇で川から出し、湾内で小型潜水艇へ移乗し、湾外で外洋航行可能な船が待機している。考えたわね。さすがに自国のそれも湾内でASWになるなんて想像もしてなかった」
ナディアが言った。
「仮に軍籍の艦へ移った後では、もはや犯罪組織ではなく軍になります。拿捕は犯罪捜査ではなく、軍事的な衝突になりかねない」
項が残り時間を見た。
「二時間四十八分。人と装備を引き上げるのはもう終盤でしょうねぇ」
ここからは待つ時間ではない。追いつく時間だった。その時、別回線で神山からの追加共有が入った。国家警察情報調査室が、人質の収容先候補を一本化した。音声、道路網監視、福祉局の移管記録、施設台帳の照合を重ね、レーヴェ外郭団体が管理する施設が浮かんだという。
神山の短い文面には、すでに次の指示も添えられていた。SAGを中心とし、CTRUを加えたJTFを編成。任務区分はHRT。
ナディアが表示を切り替える。地図上には二つの赤い点が並んだ。一つは、子どもたちがいる可能性の高い施設。もう一つは、旧排水ポンプ施設。
「軍、警察の主力は人質救出へ向かいます」
ナディアが言った。
「旧排水ポンプ施設へ回せるのは、SAG抽出班と後続の制圧要員です。現着までに時間差が出ます」
「つまり」
アルテミシアが促す。
「その間に、残存勢力を水際へ逃がしてはいけません。こちらが釘付けにする必要があります」
「アルテミシア様」
通信員の声が響いた。
「別件で展開中のフォーアイズが一機、施設をドローンで監視可能な半径にいます。どうしますか」




