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迷路の弁護士

「SWAMP及び護衛、全員制圧」


ナディアが報告を受け、わずかに息を吐いたが、まだ終わってはいない。

いまだに、真船は地下道を走っていた。走るというにはあまりにも体裁を欠いている。もはや転がっている有様であった。地下点検通路は迷路だった。古い搬出路、排水管理区画、配管整備用の狭い階段、封鎖されたはずの点検扉。企業群の回収班との合流地点へ向かうには、決められた順路を通らなければならない。

ナビはあるが、余裕がなさ過ぎて幾度も道を間違えることとなり、すでに現在地は大きくそれている。


「どこだ。どこへ行けばいい」


返事はない。通信端末は繋がらない。真船は壁の表示を見た。管理番号は無機質に知らん顔をし、避難誘導灯はあたかも道が正しいというように光る。配管の識別ラベルはカラフルではある。しかしそのどれもが、今の彼には意味を持たない。背後から橘の声が響いた。


「労働局だ!止まれ真船!床に伏せろ!」


真船は止まらない。止まれば終わると分かっている。だから走る。走る先がどこかも分からないまま、古い排水管理区画の奥へ逃げ込む。


『HVT、地下排水側へ移動』


ナディアの声が追う。


『所轄警察、排水管理区画側出口を封鎖済み。警察犬ユニットが待機しています』

「追い込む」


橘が言った。介入班の声が重なる。


「止まれ!」

「床に伏せろ!」

「いやだ!」


真船が呟いた。


「来るな。来るな」


彼は角を曲がる。行き止まりだった。戻る。別の扉を開ける。古いポンプ室だった。また戻る。上へ出る階段を見つけ、半分まで上がってから、鉄格子に阻まれる。鍵はなく、扉は開かない。そして、背後では介入班が制止の声を上げながら距離を詰めている。真船は、恥も外聞もなく逃げた。

背広は裂け、靴は片方の踵が外れ、息は乱れている。壁に肩をぶつけ膝を打ち、それでも走る。走れば助かると思っている。走ってさえいれば、誰かが拾ってくれると思っている。


だが、誰も拾いに来ない。


所轄警察の警察犬ユニットが出口に入っていた。労働局の突入班が内部を、警察が外を塞ぐ。単純な役割分担だった。だが、地下の古い排水管理区画ではその単純さがよく効いた。

警察犬は鼻先を床へ落とし、濡れたコンクリートの上を迷いなく進んだ。汗、血、焦げた繊維、革靴の薬品臭。真船がめちゃめちゃに走ったせいで臭跡は乱れていたが、消えてはいない。


---


真船達の暗がりに喧騒とは別に、四人の男がいた。企業群の回収班だ。

彼らは真船が来るはずの出口を見ていた。予定時刻は既に過ぎ去っていた。通信は途切れ、SWAMPの護衛からの通信も消えた。代わりに、遠くで警察官の制止する声と犬の吠え声が響いている。一人が、小型端末の送信キーを押した。


「HQ、こちら回収班。パッケージ(真船)は敵戦力に抑えられたようだ。奪還するか?」


返答はすぐに来た。


『こちらHQ。奪還は不要。警察と交戦するのは許可されていない。即時撤退。ルートはC』


「コピー。Cルートで撤退する。アウト」


男は端末を閉じた。


「撤退するぞ」


先頭の兵士が、警戒の姿勢を解いた。銃口が下がる。


「やれやれ、ただの遠足だなこりゃ」

「ぼやくな。行くぞ」


四人は音もなく後退した。暗視装置のグリーンのかすかな光だけが暗闇の奥へと吞み込まれ、後には何も残されていなかった。別の暗がりの奥で、真船の叫び声が聞こえた。


「助けろ!助けてくれ!私は、私はまだ!」


---


警察犬が飛びかかった。真船の足がもつれ、床へ転がった。ハンドラーが即座に追いつき、警察官が腕を取って床へ押さえ込む。続いて橘たちが到着した。


「真船弁護士」


橘が言った。真船は顔を上げた。目だけが、まだ何かを探している。誰かが助けに来るはずだと、本気で信じている目だった。


「労働局監督執行部です。あなたを、専門職犯罪関与規制法違反、犯罪収益移転防止法違反、人身売買関連犯罪への関与容疑で拘束します」




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