タッチの差
プーカは、宣言通り一分を稼いだ。正確に言えば六十七秒だ。橘達が追い付くにはそれだけで十分だった。
細い地下点検通路で、焼けかけた支援機はもう動けない。脚部は死に、主センサーは戻らず、FCS《火器管制装置》は使い物にならない。それでも、背面バックパックのスタンニードルガンだけは最後まで生きていた。針状の電撃弾が、バリケードの隙間を抜けて飛ぶ。狙いは甘い。だが、近づく手足を振り払うには十分だった。
SWAMPの一人が、手首を押さえて呻く。別の一人は膝をついた。強い痺れが残っている。銃を握れないほどではない。走れないほどでもない。だが、引き金を絞る指先と、踏み込む足首から、ほんのわずかに確かさが失われていた。
そのわずかが、命取りになる。
「爆薬を使う」
支援機の切削耐性繊維の複合素材で作られたバリケードは、簡単には破れない。ナイフや工具で裂こうとしても、繊維層が刃を絡み止め樹脂層が衝撃を逃がす。時間があれば別だが、今、真船達に時間はない。
アンドレアス・ヴェーバーはそういうと成形炸薬を取り出し、粘土のようなそれをナイフで小さく切り出す。
ほかの護衛が真船をさらに奥へ押しやる。真船は顔を白くしていた。額には汗が浮き、靴の先が何度も床の段差に引っかかっている。
「急げ。急げ、早くしろ」
守られるだけの身でありながら、その声だけがやけに大きい。護衛の一人が冷たい目線で振り返り指示をする。
「頭を下げ、下がっていろ」
「わ、分かっている」
そう指示された真船は命令された姿勢を取っているだけだった。
成形炸薬にリモート信管を差し込み、バックパックごと支援機のそばに投げ込む。どの道、プーカたちは移動できないことが分かっているので、その動作は落ち着いていた。素早く側道の壁に隠れ起爆する。爆発はそれほど大きなものではなかった。SWAMPも崩落の危険性には気が付いている。
成形炸薬がバリケードの一部を引き裂いた。複合樹脂が裂け、切削耐性繊維が焦げながらほつれる。穴は大きくない。人ひとりが身を捻って通れる程度だ。だが、通れる。
「先に通れ」
ミッコ・サーリが真船を押した。真船は四つん這いに近い姿勢で穴をくぐる。背広の袖が焦げた繊維に引っかかり、布地が裂けた。彼はそれを振り払うこともせず、穴の向こうへ転がり込む。次に護衛が続こうとした。
その時、橘たちが追いついた。
「コンタクト!」
橘の声は低い。ドアノッカーが先に出る。防弾盾は弾丸を防ぐ他に、強力なストロボの点滅で視界を遮る。銃弾を受けてもかまわず前に進む。
サーリーやSWAMPは振り向きざまに撃つ。速く正確だ。だが、プーカとの戦闘で手足の痺れが少しだけ反応を遅らせている。直後に弾が切れたのかライフルを投げ捨て、胸元に固定していた拳銃を引き抜き構えようとした。
だがほんの僅か、祈りの影響か、サーリーは自覚しない瞬きの間、逃走か戦闘か躊躇した。そのわずかな隙に橘は3歩踏み込む。腕を伸ばし、銃を持つ手首を掴む。義体の出力が上がった。骨の折れる音はしない。だが、関節が逆へ曲がり拳銃が床へ落ちる。苦悶の声が漏れるが、即座に掴まれていない手で鋭利なナイフを抜き突き出す。
橘はつかんだ手を強引に引き下ろし、体勢が崩れ下がった顎に膝を叩き込む。強烈な衝撃が脳を揺さぶり意識を刈り取る。
ヴェーバーがナイフを抜き、走り寄ろうとしたところを介入班の隊員がネットランチャーを撃ち込む。投網のように繊維が体の動きを邪魔する。さらにテーザーガンの針弾が入る。男は歯を食いしばりそれでも倒れなかった。
「寝ていろ」
橘が短く言い、出力を上げた脚力で踏み込み肩からぶつかった。壁に叩きつけられた男がようやく崩れる。
残る二人は、穴のこちら側で足止めを選んだ。真船を逃がすためだ。彼らは最後まで手順を崩さなかった。片方が撃ち、片方が下がる。弾が切れれば拳銃を捨て、短機関銃へ持ち替える。
橘達はドアノッカーを前に進め盾とする。
「カバー!リローディング!」
イルゼ・グラウは仲間に叫び、チェストリグから5.7㎜小口径高速弾の装填されたマガジンを引き抜こうとした。しかし、痺れた指が弾倉を取り落とし、その一度を労働局の小隊は逃さなかった。
ドアノッカーがストロボを点滅させ視界を奪い、その瞬間、橘は義体出力を最大にし一気に肉薄した。マガジンを取り落としたことで視線を下げていたイルゼは、閃光を直視しなかったため立て直すのが早かった。
装填する時間がないと判断し、短機関銃を捨て、腰からナイフを抜きほぼノールックで放った。放たれたナイフは橘のわきを抜け、ドアノッカーからわずかにはみ出していた介入班員の足に突き刺さる。
「ぐっ!」
負傷者は即座に仲間によってドアノッカーの陰に引き込まれる。橘を援護しようと顔を出そうとした瞬間、もう一人のSWAMP構成員からの射撃を受け、釘づけにされる。その間にもグラウはすぐさま2本目のナイフを右手で抜き、橘に正対し躊躇なく踏み込み小さく切り上げる。橘は走りながら警棒を引き抜き、突き上げられたナイフを警棒で受ける。
一瞬の膠着。
橘はグラウの右ひじごと相手に押し込み密着し、グラウのヘルメット越しに2発打撃を加えた。それにより怯んだところに、さらに手首へ警棒を叩きつけナイフを振り落とす。
――折ったな。
橘は手ごたえから判断した。
「チッ!」
忌々しげに舌打ちをするグラウ。左手を後ろに回し拳銃を引き抜く。利き手ではないが十分早い。構わずさらに踏み込む橘。
拳銃の照準を合わされるより前に警棒で摺り上げる。それにより初弾が発射されたが、ヘルメットの右側面をかすめて飛んでいく。拳銃を摺り上げられたことで、がら空きになったグラウの胴へ橘の正拳が突き刺さり、体が軽く浮き上がるほどの一撃が決まる。
グラウは制圧され、真船は少なくとも穴を抜けた。支払われた分は働いたと判断し、加えて多勢に無勢とみて構成員は武器を捨て両手を挙げ投降する姿勢をみせた。




