接敵
「了解。各自IFFを再確認。経路を絞って追い込むぞ」
『了解』
CICの別画面で、赤い三角が少しずつ後退を始める。ただの逃走ではない。
真船を示す白いHVTマーカーを中心に、複数の赤い三角が薄く弧を描いている。前衛が足止めし、後衛が退路を確保する。見捨てていない。対象を保護しながら下がっている。ヘルメットカメラの映像でもそれは見えた。
「くそ、手際がいい。元軍属は伊達じゃねーな」
隊員の一人が吐き捨てるように言う。SWAMPは手慣れていた。
ヤロスラフ・コヴァチが真船の襟元を掴み、強引に頭を下げさせる。真船はよろめきながらも、壁際へ押し込まれた。コヴァチはその背後にぴたりと付き、片手でサブマシンガンだけを通路へ向けて撃つ。しっかりと狙っているわけではない。追跡者の頭を上げさせないための射撃だった。
前衛に出たペトル・マクシミチとイルゼ・グラウは、互いをカバーしながら下がっている。ペトルが膝を落として撃つ。アリーナが数歩下がる。
下がったアリーナが柱陰へ入り、今度はそちらが撃つ。その間に、ペトルが後退する。
常に少なくとも一人が銃撃を続けていた。労働局の小隊が押し込もうとするたびに、通路の角度と遮蔽物を使って前進を鈍らせる。撃ち勝つためではない。時間を削るための動きだった。
アリーナは、その間に退路側の収納ラックから大口径対物ライフルを引き出し、バイポットを広げ乱暴にデスクに置いた。彼女は凶悪な笑みを浮かべ叫ぶ。
「さあ、耐えてみろ!ガラクタ!」
銃声は、通路の中で爆発のように立て続けに響いた。
初弾がドアノッカーの防弾盾を打ち、盾面に白い亀裂を走らせる。二発目、三発目。アリーナの放った大口径弾はほとんど同じ箇所へ重ねように命中する。
彼女の淡く光る瞳も高近距離では精度に与える要素は少ない。純粋の腕前によるものが全てだ。
盾が耐えきれず貫通し、胸部の複合装甲に大きなへこみを付ける。
さらに数発目で、弾芯が装甲を抜け制御系統へダメージを与える。機体が後方へ弾かれ姿勢制御を失う。
その際、砕けた盾材と弾芯の破片が後方へ飛び、一人の隊員の頸部をかすめ切り裂いた。
冗談のように血液が吹き出す。
慌てて首筋を抑え倒れ込む。他の隊員がエマージェンシーキットからガーゼを取り出し直接止血を試みるが、けがを負った本人も意図せず体が暴れ処置ができない。
『ホーン1-6よりシェパード、WIA一!さっさと止血しろ!急げ!』
『シェパード了解。輸送隊にCASEVACの準備をさせる。速やかに後退させろ』
その間にもSWAMPの他のメンバーは射撃と後退を続けており、徐々に距離を引き離されつつあった。対物ライフルの残弾が切れ、今はLMGを断続的に撃ち込み、頭を下げさせるつもりの制圧射を加えていた。
アリーナは殿を引き受け、一人で介入班を足止めしていた。その時、銃撃がやんだ。残弾が尽きたのと、効果があったことを確認するとアリーナは腰のポーチへ手を伸ばした。
ピンが抜けた黒い小さな影が、床に当たり、硬質な音を響かせる。
『警告、グレネード。テイクカバー』
「それでは皆様、ごきげんよう」
ドアノッカーの合成音声が平板に警告した。FCSが投擲物を高脅威として捕捉する。それと重なりアリーナの別れの挨拶が重なる。
警告と同時に、ドアノッカーは前へ出た。砕けた盾で床へ転がる手榴弾を上から押し潰す。橘たちは反射的に身を沈めた。
爆発音。無数の破片が、盾の外装と防弾繊維へ叩きつけられる。金属片のいくつかは繊維層に絡め取られ、いくつかは装甲面で潰れて床へ散った。
隊員に被害は出ない。だが、視界は煙と粉塵で一瞬だけ潰れた。一班のドアノッカーはそこで限界を迎えたのか、動きを止める。
その一瞬で、さらにSWAMPは大きく下がっていた。真船の白いHVTマーカーが、CICの作戦図上で一気に奥へと移動する。
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「厄介ですね。こいつら……」
ナディアが低く言った。
「崩れませんね。HVTを抱えたまま、組織的に退いています」
アルテミシアは唇を結ぶ。その時、上空を旋回する二号機の映像に動きがあった。建物側面の資材搬入口から、警備機械が一機、遅れて出てくる。大型ではない。だが、肩部のラックに軽機関銃が載っている。先ほどまで死角に隠れていた機体だった。
「建物側面。敵性機械の動きあり」
フォーアイズからの報告。上空の二号機が機首をわずかに振った。
『二号機、行動阻害弾を撃つ』
四十ミリ行動阻害弾が、上空から放たれた。弾体は警備機械の足元で割れ、瞬間固化剤が泡のように広がり、膝関節と足首を白く固める。機体は一歩を踏み出しかけた姿勢で止まり、ラックの銃口だけがぎこちなく動いた。さらに追加で三発撃ち込まれ、完全に動きが阻害される。
『一班、HVTはいまだ後退中。確保を急いでください』
CICの作戦図では、真船の白いマーカーがさらに奥へ移動していた。SWAMPの赤い三角が、その周囲に重なっていく。時間を稼がれている。それでも距離は詰まっている。
アルテミシアは、モニターから目を離さなかった。
「地下へ抜けるつもりですねぇ……」
項の声が、CICの空気を切った。
「偵察情報から見るに、図面にはない点検通路がありますねぇ。古い搬出路とつながってる。今の動きから見るに、どうもそこへ向かってますなぁ」
「足止めできますか?」
「支援機を一機回せれば」
ナディアが即座に指示を出す。
『支援機を地下点検通路へ。封鎖資材を持たせてください。対象はHVT退避路。退路を塞いでください』
作戦図上で、青い支援機マーカーが一つ、本隊から離れた。細い通路だった。人間が二人並ぶには狭く、支援機が頭を擦るように進む。照明は落ち、壁面には古い配管とケーブルラックが重なっている。カメラ映像の端で、粉塵が舞っていた。




