緑灯降下
輸送機の内部は狭い。
赤い室内灯の下で、橘伊吹は膝の上に置いた銃を確認した。安全装置。弾倉。ヘルメットに固定された識別信号ビーコン。非殺傷弾と実弾の区分。隣では隊員が拘束具をポーチへ固定し、別の隊員が爆発物探知センサーのチェックをしていた。
ドアノッカーは機体後部で固定されていた。防弾装備を増設したうえ、高張力鋼と防弾繊維で覆った大型の盾も装備している。頭部センサーだけが微かに動いている。支援機は人間のように緊張しない。ただ、指示を待ち、橘達に扉の先へ進む数秒を生み出すのを静かに待っている。
橘の義眼は視界端に、CICから更新された作戦図が流れ込む。兵士を示す赤点が十二。警備機体を示す黄点が四。主電源は北東壁面に位置し、補助電源は少し離れた事務室奥にあった。屋上通信アンテナは空調機に偽装されており、ネットワーク自体は部分掌握ずみだった。監視カメラ画像は掌握済み部分から同期中で、内部の情報を収集していた。防炎シャッター開閉を掌握したの通知が入る。
「一班は正面口だ」
橘が言った。
「ドアノッカーは盾持ちだ、前にだせ。ブリーチングチャージで一気に踏み込むぞ。相手は武装している。ドアノッカーで遮蔽を取りつつ、素早く押し込んで無力化しろ。対象が自爆装備を見せた場合は実弾の使用許可」
短い返事が重なる。
「二班」
別の輸送機にいる副班長の金剛寺が応答した。
『聞こえています』
「降りたら非常口から入れ。通信アンテナを潰し、上階退避路を封鎖しろ。上から圧力をかけやつらに考える暇を与えるな」
『了解』
パイロットの声が割り込む。
『ETA120秒』
CICからナディアの声が入る。
『プーカのドールが内部視界を維持。フォーアイズは外周監視継続。屋上に熱源一、動いています。ドローンで無力化します』
「頼む」
『無力化確認、屋上はクリア』
『輸送機側、支援射撃手順を確認』
パイロットが続ける。
『人員投下後、窓越しに内部を偵察。突入直前、指定区画へ時限信管つき閃光音響弾を狙撃擲弾銃で投射』
「誤射とタイミングに注意しろ」
橘が言う。
『国家警察にもIFF《敵味方識別》同期済み。協力者のドール位置も確認済み』
「よし」
橘は息を吐いた。胸の奥に、まだ恩寵の冷たい感覚が残っている。迷いを覆い隠すような澄み方だった。ありがたい。だからこそ、橘はこの感覚が嫌いだった。
使った以上は、結果を出さなければならない。危険ではあるが、必ず帰らなければ。帰ってこい、彼女はそう命じたのだから。
『30秒前!』
機体後部、降下口脇の合図灯が緑へ変わる。急減速するため機首が上向き、減速Gがそれぞれにかかる。
機体後部のランプが開く。夜の風が吹き込み、夜の冷えた匂いが装備の隙間へ入り込む。
「一班、降下、降下、降下!」
橘は立ち上がった。同時に、一号機のドアノッカーが固定を解かれ、タラップから飛び降りる。急激な重量変化に機体が大きく揺れ、重量物が着地した音が聞こえる。続いて隊員たちが短いロープを滑り、突入予定の入り口前へ吸い込まれていく。
二号機は一拍遅れて、屋上の縁へ機体を寄せた。
ヘルメットカメラの映像が、横へ流れる屋上を映す。機体がわずかに機首を上げ、速度を殺しながら建物へ近づく。後部ハッチの床が開き、屋上の縁へ引っかけるというより、触れる寸前で保持する。
『二班、移れ!』
副班長の声と同時に、二班の隊員がタラップを駆けた。最後にドアノッカーが身を沈め、装甲の重さを感じさせない低い姿勢で屋上へ渡る。閉じてゆく後部ハッチの隙間から管制員が親指を立てているのが見えた。二機の輸送機が高度を取った。ナイトビジョンの緑の灯が、隊員の顔をうっすらと照らしていた。
戦いが始まる。




