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赤灯準備

労働局本局のCIC(統合作戦情報室)は、普段より暗い。実際に暗いのか、これから始まる作戦に対する緊張感がそう見せているのかはわからない。

照明を落とした室内に、壁面モニターだけが白く浮いている。中央の大型卓には、飲みかけのコーヒーが冷めるがままになっていた。


真船達が逃げ込んだ建物が立体的に浮かび上がっていた。登録上は空き物件。税務上は資材保管用。だが、いまそこは真船が逃げ込んだセーフハウスとして扱われている。プーカのドールから送られてくる映像が、左側のモニターに並ぶ。


右側のモニターには、先行して配置されたフォーアイズの情報が重なっていた。四基の小型観測ドローンが拾った熱源と音響が、施設の輪郭を内側から露わにしていく。


「都市計画課から内部図面、来ました」


ナディアが言った。レンシア市都市計画課から取り寄せた建築申請情報と平面図が、作戦卓へ投影される。


建築時の区画図。増改築申請。消防設備図。電源盤の位置。古い排水路。地下連絡坑。図面上では死んでいるはずの通路に、フォーアイズが拾った細かな測定結果を重ね映す。


図面の線が、現場の今へと変わっていった。項主任技官が情報を端末に打ち込む度に作戦卓に記号が増えた。


赤は敵対勢力。

黄は不明熱源。

青は進入路。

緑は介入班。


アルテミシアは、図面上の電源のそばにある緑の点を見ていた。主電源盤、補助電源があり、小型発電機らしい熱源が一つ。通信アンテナは屋上空調機に偽装されている。


「妙だねぇ」


項主任技官が、誰にともなく言った。作戦卓の端で別の系統図が開かれる。消防用の緊急通報ネットワークが表示されている。


「セキュリティの更新、ずいぶん前で止まってますねぇ」


ナディアが顔を上げる。


「消防の非常発報システムですか」

「古いセキュリティホールが更新されずに残ってる可能性が高いな」


項主任技官の指が、端末の上で止まった。


「前に橘さん使った攻撃パッケージに、イベント発動式のワームを仕込んであります。梁瀬警備部長が真船へ連絡した時点で、保守会社の中継サーバー経由で感染済みでさぁ。普段は眠ってますが、起動信号を送れば自己展開します」


アルテミシアは短く問う。


「何ができますか」


「施設内無線ネットワークのセキュリティを内部側から開かせます。そこにボットを管理者権限で招き入れる。嫌がらせくらいにはなるかもしれませんぜ」


「やってください」


「はいはい、やりますよ」


項主任技官が、起動信号を送った。数秒の後、アクセス権を確立したと通知が出る。


「防炎シャッター管理も取れますねぇ」


項主任技官が続けた。施設図の中に、灰色の線がいくつも浮かぶ。防火区画を分けるためのシャッター。普段は火災時に煙と炎を区切るための設備だが、いまは敵の動線を区切るための壁になる。


「真船への直線ルート以外を、いくつか落とします。完全封鎖はできません。非常時の迂回路は残りますし、破壊もされるでしょう。ですが、時間は稼げますねぇ」


「やってください」


「HVTの部屋まで一直線にしましょうね」


作戦卓の上で、倉庫内の通路がいくつか封鎖され、逃走経路が制限された。数本の予測される線へ収束する。実際は回り道をすれば迂回はできる。だが、その回り道は数秒を生み出す。逃がさないためではない。わずかな一手を届かせるためのものだった。ナディアが呼びかける。


「橘班長、通路を制限しました。一気に真船を抑えてください!」


---


別のモニターには、国家警察側の映像が出ていた。


真船法務事務所の前では、まだ救助と現場封鎖が続いている。目隠しのブルーシートが翻り、救急車両の赤色灯がちらつく。爆発物処理班は事務所内の点検を行っている。煤けた壁面に負傷したSAGの隊員が背を預けて座っている。部隊は重傷者を後送しながら再編成に入っていた。軽傷で済んだ者は、防弾装備を付け直し、弾倉を確認し、破片傷の上から包帯を巻いている。


神山純の声が国家警察側の回線から入る。


『SAGは再編中。軽傷者は再投入可。重傷者は除外。再編完了次第、そちらの位置へ向かわせます』


「到着見込みは」


ナディアが問う。


『最短で十五分。現実的には二十分だ。国防軍側の部隊もあまり大差はない』


二十分。長すぎる。セーフハウスは、おそらく一つではない。今の包囲を抜けられ、企業群のバックアップを受けたうえで別の都市へ逃走されれば、追跡は一気に難しくなる。真船は法務処理役であり、資金の流れを白く塗り替える人間であり、人身売買ネットワークの中核である。ここで押さえられなければ、次のチャンスはないだろう。


そして手繰るべき線が消える。


「必ず、ここで片をつけます」


アルテミシアが言った。誰に向けた言葉でもなかった。だが、CICにいた全員が聞いた。

作戦図の右端から、緑色の三角が二つ滑り込んでくる。橘達を運ぶ輸送機のマーカーだ。

二つの三角は、攻撃目標として設定されたセーフハウスへ高速で接近していた。項主任技官が重ねた施設図の上で緑の三角は秒ごとに距離を詰めていく。


隣のディスプレイには、赤い三角が複数表示されていた。


扉の内側。

倉庫奥の柱陰。

二階通路の曲がり角。

非常階段の踊り場。


フォーアイズとプーカのドールが拾った熱源とエコーロケーション(音響定位)などをもとに、護衛の予測位置を仮置きされた敵性マーカーだった。確定ではない。だが、待ち伏せするには合理的な位置取りでもあった。


さらに別のモニターには隊員のヘルメットカメラ映像が並んでいる。赤い低照度灯。揺れる床。膝の上の銃。ドアノッカーの黒い装甲。呼吸の音は聞こえない。だが、映像の小さな揺れだけで、機内の緊張は十分に伝わった。


二機のS/VTOL輸送機は、夜の街の上を低く這った。高度は建物の屋上をなめるように、左右の大型リフトファンが低い振動を響かせる。後部推進器が黒い機体を前へ押す。黒い海と倉庫群の影の間を、二機は灯火を絞って進んでいた。



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