待ち伏せ
「自意識を薬剤で抑制された使い捨ての兵。おそらく突入された際の時間稼ぎでしょう」
彼らは危険要員である。同時に、制度から消された被害者でもある。そして同時に使い捨ての兵士。だが、画面の向こうで銃口を向けているかぎり、その区別は現場の隊員を守ってくれない。画面の端で、黒い服の男が走った。SAG隊員が警告を飛ばすが男は止まらない。胸元のベストに小さな赤い点滅が見えた。
『自爆ベストだ!』
誰かが叫んだ。次の瞬間、映像がまた白くなった。今度は音だけではなかった。作戦室のスピーカーが割れたように鳴り、通信が一斉に乱れる。煙。火災警報。負傷者の位置確認。爆発物処理班の前進要請。神山が誰かに指示を飛ばしている。
『負傷者を運び出せ!』
『近づけさせるな!』
『そいつを連れて下がれ!』
『二次爆発警戒』
『QRFを入れろ!』
神山の声が割り込んだ。当然、即応予備は待機していた。後詰、負傷者の回収支援、逃走路の封鎖、二次攻撃への対応。そのための部隊である。だがQRFが動き出すより早く別の脅威が現れる。
『周辺地下駐車場でコンタクト!トラック荷台から違法改造機体が複数現れました』
「いったいどこからこれだけの機体を……」
ナディアが言った。声が乾いている。
「事務所内の待ち伏せだけじゃない。周辺建物の地下駐車場に、QRF対処用の機体を置いていたとは。この数の機体を投入してまで守るほどの利益があるのか?」
橘がつぶやく。
「もとの機体は性能としては警備用途です。軍用や戦闘用にくらべればスペックとしては高くありませんが、けれど数と武装はそれなり以上に厄介です。おそらくですが警備機体の定期メンテの際に、部品交換、更新、廃棄処理をごまかして組んだものでしょう。本来なら廃棄しているものです」
「本来なら、か……」
「適正に廃棄されなかったパーツの寄せ集めでしょう。保守会社、廃棄業者、警備会社のどこかが腐っている」
「計画的だな」
法務部長がつぶやいた。ここまで想定していたのか。神山の声が、短く低くなった。
『脅威度を上げろ。近隣の警察官は避難勧告に回せ。市民を近づけさせるな。即時、武装警察官の応援要請。国防軍にも応援を要請しろ』
短い沈黙のあと、また別の報告が重なった。神山の声が低く漏れた。
『馬鹿みたいに多いな……』
アルテミシアの指が机の縁をつかんだ。
自分が渡し、積み上げた。自分が、神山に託した。その先で、人が倒れている。正しい手続きだった。労働局が踏み込まず、国家警察が令状を取り、SAGが担当した。どこにも間違いはない。それでも、画面の向こうで人が倒れていた。白い事務所の内部で火が広がっている。相談室の奥から黒い煙が噴き出す。資料保管室の扉が内側から吹き飛び、誰かが床へ倒れた。
うめくようにアルテミシアは絞り出す……
「真船は」
ナディアが言った。
「映っていません。おそらく……すでに逃げています」
その時、秘匿回線が鳴った。この状況に不釣り合いなほど軽い呼び出しだ。アルテミシアの端末に、署名のない接続要求が浮かぶ。ナディアが眉を寄せた。アルテミシアは一瞬だけ目を閉じ応答した。
『我が麗しのアルテミシア様』
回線の向こうから、芝居がかった声が届いた。
「プーカさんですか。今は少し、後にしていただけますか」
声は、思ったより硬くなった。
『真船の事務所の件ですが。お聞きになられませんか?』
アルテミシアの指が止まる。
「何を知っているのです」
『逃走中の一団を、私のドールで追跡しております。位置情報を送ります。お役立てください』
端末に座標が流れ込んだ。事務所から北側へ抜ける古い保守道路。その先にある、登録上は空き物件の倉庫区画。税務上は資材保管用。所有者はペーパーカンパニー。登記代理人は偽名だが真船法務事務所と接点がある。
「ありがとうございます。でも、なぜあなたがそこまで」
回線の向こうの温度が変わった。軽薄さが、薄い膜のように剥がれおち一瞬だけプーカの素顔のようなものが感じられる。
『彼らとは少々ご縁がございまして……ね』
プーカの声は丁寧だった。だが、いつになく冷たかった。
『それに関しては、今はよいでしょう。例の残党と真船はセーフハウスへ入りました。通信内容から見て、外部の回収部隊に救援を求め、海外へ飛ぶつもりのようです』
アルテミシアは画面を見た。真船法務事務所では、まだ救助が続いている。SAGは動けない。国家警察は現場制圧と救護や避難誘導で縛られている。再編成を待っていては真船は消える。そして、警察側から情報が漏れていた可能性もある。断定はできない。だが、待ち伏せはあまりにも整いすぎていた。
「SWAMP」
ナディアがつぶやく。
「これを放置すれば、次に消されるのは証人か、まだ残っている証拠です」
「神山さんへ共有を」
アルテミシアが言った。ナディアが端末を叩く。
「介入班はどうしますか」
法務部長が聞いた。真船恭介は高価値対象である。彼を押さえることがもっとも確実な証拠保全になる。逃がせば、証拠隠滅、証人威迫、加えて、彼を護衛するSWAMPとオフ・ザ・ブックスは、すでに国家警察のSAGへ重大な被害を与えた違法戦力である。治安維持の一翼を担う局として、看過できない。
根拠は十分だった。問題は、根拠ではなかった。相手は高脅威武装勢力である。本来なら、労働局の介入班が単独で正面から当たる相手ではない。介入班は殺すための部隊ではない。生かして押さえるための部隊だ。
まして、オフ・ザ・ブックスは単なる敵兵ではない。違法改造を受け制度から消され、ダーティーワークに投入された人間兵器である。止めなければならない。だが、可能なら生かして押さえなければならない。
HVTと判定された時点で、原則として労働局の管轄外となる。国家警察へ話を通しSAGへ委ねる。それが正規の手順だった。だが、今は負傷者多数で再投入できない。




