星ヶ丘の嘘と、三年前のキャラメルソース(組織の動揺・疑惑編)
名駅の喧騒を地上二百メートルから見下ろす、神楽坂グループ本社ビルの役員会議室。
重苦しい沈黙の中、現社長・神楽坂宗一郎は、モニターに映し出された河川敷の検分写真を、忌々しげに睨みつけていた。
「……星ヶ丘で『掃除』に失敗した挙句、実行部隊がキャラメルソースで窒息死だと?」
宗一郎の傍らで、一人の若い女が優雅にスタバのカップを傾けていた。
玲那だ。
彼女は今、先代社長だった父を殺したはずの男――宗一郎の寵愛を受ける「愛人」として、この部屋に君臨している。
彼女は真っ赤な唇を微かに歪め、死体の写真を見つめた。
「あら。皮肉な殺し方ね。スタバの甘い香りが、あの男たちには死の味に感じたのかしら」
その声に感情はない。宗一郎は彼女の肩を抱き寄せ、忌々しげに吐き捨てた。
「玲那、お前を狙う不届き者は、私が必ず排除する。……報告によれば、この件の裏には『左神豊』という男が動いているようだ」
左神の名前が出た瞬間、玲那の指先がピクリと跳ねた。だが、彼女は視線を落としたまま、静かにコーヒーを啜る。
「左神……。先代のボディガードだった、あの薄汚れた男か。星ヶ丘の住人どもを金か人情かで抱き込み、我々の兵隊を狩らせているという。……玲奈、あの男はお前を探しているようだが、あれは救済ではない。我々への、そしてお前への執着だ」
宗一郎の目に、左神へのどす黒い疑念が宿る。
組織側から見れば、左神は「街のネットワークを掌握し、スタバという日常を戦場に変えて、組織を一人ずつなぶり殺しにしているテロリスト」に映っているのだ。「奴は、お前を奪い返すためなら手段を選ばない狂犬だ。……玲那、お前は私のそばを離れるな。
あの男が次に何を仕掛けてくるか、分かったものではないからな」 玲那は宗一郎の胸に顔を埋め、甘えるように頷いた。
だが、宗一郎の腕の中で、彼女の瞳には冷酷な計算が光っていた。
(……左神さん。あなたが私の『暗号』を解くたびに、この男の首に縄がかかっていく。……あともう少し。この男と、その娘と一緒に、地獄へ行く準備ができるまで)
彼女が狙っているのは、単なる復讐ではない。
宗一郎への歪んだ愛着と憎しみの果てに、「心中」という名の破滅を、自ら演出しようとしていた。




