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あの日、スタバで消えた君を、俺は今もベンティサイズの孤独の中で待っている  作者: ルツ


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魔都の若き女帝(怪物の微笑)

 大理石の重厚な階段を上りきると、二階フロアは一階の賑やかな工場のような喧騒とは一転して、重苦しい、肌を刺すような静寂に支配されていた。 

天井まで届く全面ガラス窓の向こうには、近代的な超高層ビル群が近未来の墓標のようにそびえ立つ、魔都上海の景色がどこまでも広がっている。

フロアのあちこちには、仕立ての良いスーツを着てはいるが、衣服の下に明らかに重い自動拳銃の感触を隠した、チャイニーズ・マフィアの屈強な護衛(SP)たちが、十数名、鋭い眼光を走らせていた。

「豊のおじさん、あそこネ」 

メイリンが、片手で掲げた特大フラペチーノのストローを咥えたまま、顎で窓際の最奥に位置するテラス席の特別フロアを示した。

「あの女、パパの組織の偉いおじさんたちを完全に手玉に取って、今や裏の取引を全部仕切ってるアル。本当に趣味の悪い童顔ネ。でも、おじさん、安心していいアル! わたしは絶対にパパの『殺し』の仕事には手を出さないって決めてるけど、おじさんを守るためなら、あそこの黒スーツの男たちをスタバの鉄製の大型ゴミ箱ごと素手でブン回して、全員まとめて壁のシミにしてあげるネ!」 

メイリンは、そのあどけないお団子頭シニヨンを揺らしながら、不敵に胸を張ってみせた。彼女はマフィアの長の娘でありながら、組織の血生臭い暗殺や犯罪の信条を心の底から嫌い、スタバという「日常」に救いを求めて入り浸っている、最高に真っ直ぐでタフな野生児だった。そんな彼女の破天荒な言葉が、今の俺には酷く眩しく、そして少しだけ救いになった。

「ありがとうよ、メイリン。……だが、そこから先は俺の仕事だ。千影、行くぞ」 

十四時ちょうど。 

俺はマウンテンパーカーのフードを深く被り、黒スーツの男たちの殺気が張り付く特別フロアへと、一歩一歩、激痛に耐えながら足を踏み出した。歩を進めるたびに、稲沢の線路際で千影に叩き割られた右脇腹の肋骨が、鋭い刃物のように肺を深く抉り、口の奥から熱い血の味がせり上がってくる。強くない俺の身体はとっくに限界を超えていた。だが、その絶望すらも、俺の胸の中の「深愛」をさらに狂おしく加速させるための燃料に過ぎなかった。 

特別フロアの最奥、革張りの高級ソファに、一人の少女が静かに佇んでいた。 

大きな白い帽子を深く被り、顔の半分を隠している。だが、俺がそのテーブルの前に立ち、キョウコさんから受け取ったあのベンティサイズの空の紙コップを、コト、と音を立ててデスクへ置いた瞬間、少女はゆっくりと顔を上げた。

「――待ってたよ、おじさん」 

帽子の庇の下から覗いたのは、名前も容姿も完全に変え、現地のマフィアを懐柔して「若き女帝」として君臨していた玲那れいな

――いや、あどけない童顔の皮を被った、本物の悪魔の顔だった。 

彼女は、俺がすべての人生を投げ捨てて、自分の望む地獄の果てまで付き合いに来たことを、完璧に見抜いて、最高に愛おしそうな目で俺を見つめ、あどけない声で微笑んだ。

「おじさん、本当に脱獄して、海を渡って、ここまで私を追いかけてきちゃったんだね。合格。……やっぱりおじさんは、世界で唯一、私の『オーダー(殺意)』を完璧にこなしてくれる、最高に邪魔で、最高に愛しい警護員ボディガードだね」 

彼女の瞳の奥には、すべてを焼き尽くし、戸籍を抹殺して「透明人間」となった充実感の火の粉が、冷たく、そして爛々と輝いている。

 俺は、熱さで痺れた舌を動かすように、乾いた唇を開いた。

「首を洗って待ってろと言ったはずだ、お嬢ちゃん。……俺の分のブラックコーヒーも、ワンモアで用意してあるんだろうな」 

世界の果てである上海、世界で一番大きなスターバックスの旗艦店。その地上二百メートルの上空で、探偵と怪物の、最期の一滴まで付き合うための「最終段階の心中計画」の幕が、今、最悪の笑顔と共に切って落とされようとしていた。

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