表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日、スタバで消えた君を、俺は今もベンティサイズの孤独の中で待っている  作者: ルツ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/66

闇夜のハッキング(ユタカの暴走)

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!! 

 名古屋拘置所の肉厚なコンクリート壁を不気味に震わせ、非常用警報ブザーのけたたましい金属音が夜の静寂を暴力的にぶち破った。

天井の剥き出しの蛍光灯が、まるで断末魔の悲鳴を上げるかのように激しくチカチカと瞬き、次の瞬間、フッと完全にその光の息の根を止めた。 

完全な暗黒が、一瞬にして独房を支配する。 

非常用電源系統が起動し、廊下の隅にある避難誘導灯の真っ赤な残光だけが、錆びついた鉄格子の影を、まるで血の滲んだ檻のように床の上へ長く映し出した。

「おい、停電だぞ!」

「中央制御室はどうした、無線を繋げ!」 

管理棟の廊下からは、想定外の事態にパニックを起こした刑務官たちの、狼狽した怒鳴り声と慌ただしい靴音が響いてくる。

サツの最新鋭のセキュリティログが、今まさに内側から完璧に焼き切られようとしていた。 

同じ頃、名古屋拘置所の外周を囲む、暗い官庁街の路地裏。 

激しい豪雨がアスファルトを真っ白に煙らせる闇の中、一台の古い個人タクシーが、ヘッドライトを完全に消した状態でひっそりと佇んでいた。ハンドルを両手で強く握り締めているのは、ハゲのユタカ(ゆたか)だ。彼の目の前、助手席のダッシュボードには、警察無線の周波数を力任せにジャミング(電波妨害)するための特製の高出力高周波発信機が据え付けられ、不気味な青いパイロットランプを明滅させていた。

「ハハハ! ざまあみろ、これで拘置所周辺の通信網は完全にマヒしたぜ!」 

ユタカは傍受機から流れる、ノイズだらけになった警察の悲鳴を聴きながら、狂ったように笑った。 

彼が仕掛けたのは、単なる電波妨害ではない。この豪雨の夜、名古屋の街の地下を這う通信回線のバイパスを経由し、スタバのアプリサーバーから拘置所の管理システムに向けて、大量のダミー注文データを逆流させるという、大須のジャンク屋から譲り受けた前代未聞のハッキングを敢行していたのだ。 

主人公の「左神 豊」と、運転手の「ハゲのユタカ」の名前が同じであることを悪用し、捜査本部のアカウント名『ユタカ』の権限を偽装して、拘置所のメインサーバーのメインブレーカーを強制遮断ショートさせる。それが、ユタカが親友のために仕掛けた、命懸けの暴走だった。 

そして、そのタクシーの屋根の上、豪雨が激しく叩きつける暗闇の中に、もう一人の男が影のように佇んでいた。 

衣服を泥と血で汚し、全身から刃物のような殺気を撒き散らしている男――千影ちかげだ。

彼は稲沢の尾西線から執念で生き延び、妹を沈めた神楽坂グループの地下秘密監禁室の残党を、自らの警棒で完膚なきまでに叩き潰してここまで這い上がってきた。

彼の右手には、ハッキングによって拘置所の電子ロックの暗号コードをリアルタイムで強制解除するための、ミリ波解読デバイスが握られていた。

「左神ユタカ。ジャミングの猶予は持ってあと三分だ。それを過ぎれば愛知県警の機動隊がこのエリアを完全包囲する。……探偵のゆたかを、あの檻から引きずり出すぞ」 

千影の声は、剃刀のように鋭く、そして酷く焦燥していた。彼にとっても、左神豊は妹の魂を救うために必要な、最後の『弾丸』だった。 

独房の中、俺はキョウコさんから受け取ったベンティサイズの空の紙コップを床に捨て、ゆっくりと立ち上がった。 

停電の真っ赤な残光の中で、ガチャン、と俺の独房の重厚な鉄扉の電子ロックが、信じられないことに内側から自動で開放される音が響いた。 

冴子が、そして鬼頭刑事が、ユタカと千影の仕掛けたハッキングのノイズに紛れて、あえて「独房の鍵のバックアップラッチ」を合法的かつ意図的に緩めておいてくれたのだ。街の仲間たち、そしてかつての友たちのすべてのお節介が、この暗黒の檻の中で一つに結実していた。「……待たせたな、お嬢ちゃん」

 俺は暗闇に向かって低く呟き、開いた鉄扉を押し開けて、煙の渦巻く廊下へと歩き出した。  

玲那が上海で待っている。あの子が俺の人生をどれほど絶望で汚して笑おうとも、俺はその狂気のすべてを最期の一滴まで愛し、付き合う覚悟を決めていた。 

非常口の真っ赤な光の向こう側、ダクトを破壊して室内に滑り込んできた千影の黒い防水コートの裾が、雨に濡れて鈍く光るのが見えた。探偵と怪物の、世界の果てへと続く本当のラスト・オーダーの引き金が、この拘置所の暗黒の中で、静かに、しかし決定的に引かれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ