三つ巴の死闘、鉄路の鳴動』
豪雨が叩きつける名鉄尾西線の山崎駅ホームは、一瞬にして、剥き出しの鉄と硝煙が咆哮する修羅の場へと変貌した。
線路の砂利を踏み鳴らす無数の足音が、雨音の壁を鋭く切り裂いて迫ってくる。
自動小銃の冷たい銃口を構えた神楽坂グループの掃除屋たちが、コンクリートのプラットホームを取り囲み、その中心で千影が狂気じみた形相で引き金を引こうとしていた。
彼の狙いは、171番コンテナの暗闇の中に座る、あの小さな怪物――玲那だった。
「どけ、左神ぃぃっ! その化け物の息の根を止めて、妹のいる監禁室のコードをすべて吐き出させてやる!」「千影、撃つなら俺を撃て! この子の命は、俺が世界の果てまで逃がすと決めたんだ!」
強くない俺の身体は、長久手での脇腹の傷が悲鳴を上げ、すでに限界を迎えていた。
それでも俺は、考えるよりも先に、自らの身体をコンテナの重厚な鉄扉の前に投げ出し、彼女を遮る頑丈な「盾」となった。
三年前のあの雨の夜に交わした約束。
それが、汚れきった探偵の命を突き動かす唯一の心臓だった。
「――おじさんには、指一本触れさせない!!」
その絶体絶命の死線の真ん中に、赤いレインコートを翻した影が頭上から猛烈な風切り音と共に躍り出た。凛だ。
彼女は、おじさんが死に物狂いで怪物を守ろうとするその哀しい背中を見た瞬間、自らの正義感をすべてかなぐり捨てて、おじさんの「警護人」としての本能を爆発させていた。
凛の放った鋭烈な上段突きが、千影の背後から銃口を向けようとした掃除屋の顎を完璧に捉え、バラスト(砂利)の上へと叩きつける。
衝撃で跳ね上がった自動小銃が、乾いた金属音を立てて暗い線路の溝へと転がっていった。
「何だ、この小娘は……、どけぇ!」 もう一人の掃除屋が、肉薄してきた凛に向けてナイフを突き出す。しかし、凛はフルコンタクト空手の修行で培った圧倒的な体捌きでその刃を紙一重でかわし、男の肘の関節に容赦のない下段蹴りを叩き込んだ。ボキリ、と鈍い音が響き、男は悲鳴を上げて崩れ落ちる。
だが、千影の執念は、その混乱をも利用して俺の胸元へと肉薄していた。
「左神、お前ごと骨を砕いてやる!」
千影のまう黒い防水コートの裾が激しく翻り、手にした特殊警棒が、大気を引き裂く速度で俺の脇腹へと振り下ろされた。
ガキィィィィン!!! 凄まじい衝撃が俺の身体を突き抜け、折れた肋骨が内臓を突き刺すような激痛が走った。俺の口内から、どす黒い鮮血が雨の中にドッと吐き出される。
しかし、俺はその痛みに耐え、狂乱する千影の衣服を、両手で引きちぎらんばかりの力で掴み返した。
「千影……、お前の妹の居場所なら、あいつが次のスタバのレシートに残したはずだ! 殺したら、本当の手がかりが消えるぞ!」
「黙れ! そんな化け物の嘘に、これ以上踊らされてたまるか!」
千影と俺は、激しい雨に打たれながら、バラストの上を泥まみれになって転がり合い、互いの肉体を破壊し合うような泥泥とした乱闘に陥った。
凛もまた、残りの掃除屋たちの銃撃をかわしながら、素手でプロの暗殺者たちを相手に獅子奮迅の死闘を繰り広げている。
ゴトゴトゴトゴト……!!! その凄まじい肉体の激突をかき消すように、保線車両の重厚なブレーキがプシューと解放され、二両編成の列車がゆっくりと、だが確実に前進を始めた。車輪が鉄路を噛む激しい金属音が、稲沢の西の最果てに響き渡る。
「行けぇぇぇぇっ! 玲那ぁぁぁっ!!」
俺は千影の絞め上げる腕を、最期の火事場の馬鹿力で跳ね除け、這うようにして走り出す列車のステップへと手を伸ばした。
コンテナの奥からは、ナイロンジャケットのフードを深く被った玲那が、激しい火花と煙の向こう側から、スマホの画面を光らせたまま、やはり最高に愉しげな大人の笑みを俺に向けていた。
彼女は、自分を逃がすために男たちが血を流し合っているこの凄惨な盤面を、心から美しいと感じているようだった。
俺は吐血しながらも、列車の速度に合わせて必死に走り、171番コンテナの重い鉄扉を外側から両手で力任せに押し閉めた。
バタンッ! と、世界から彼女を完全に消滅させる重厚な閉塞音が響く。
俺は震える指先で、コンテナの特製のカンヌキを差し込み、ボルトのロックを完璧に施錠した。 ガタゴト、ガタゴトと、単線のレールを激しく鳴らしながら、玲那を乗せた臨時貨物列車は、夜霧の立ち込める濃尾平野の暗闇へと加速し、世界の果て――上海へと繋がる港へ向かって、静かに消え去っていった。
俺は、その去り行く列車の赤いテールランプを見つめながら、バラストの上に力なく膝を突き、そのまま崩れ落ちた。
遠くからは、東のJRや中央の本線での囮にようやく気づき、大急ぎで西の最果てへと舵を切ってきた、何十台ものパトカーの激しいサイレンの音が、地鳴りのように地平線の向こうから迫りつつあった。




