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あの日、スタバで消えた君を、俺は今もベンティサイズの孤独の中で待っている  作者: ルツ


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西の最果て、171番の真実

 東の巨大な鉄の迷宮であるJR貨物の車両基地を潰し、中央の名鉄名古屋本線・国府宮駅を派手な囮の炎で灼き尽くしたハゲのユタカの個人タクシーは、稲沢の闇の深淵へと、さらに深く潜り込むように西へ、西へと針路を取っていた。 

ワイパーが激しい雨粒をフロントガラスから跳ね除けるたび、車窓の外からは街灯の数が目に見えて減り、代わりにどこまでも平坦で果てのない濃尾平野の暗い田園地帯が、漆黒の海のようになって広がっていく。 

車内を満たすのは、長久手の傷口がズキズキと痛むたびに俺の肺から漏れる荒い呼吸と、電子機器の放つ微かな駆動音、そしてポケットの奥で冷めきったスタバのブラックコーヒーの匂いだけだった。

「ククク……、サツの無線は完全に国府宮の特急に引っ張られて、名古屋方面へ全速力で走っていやがるぜ。東のJRも中央の本線も、今頃空っぽの檻を囲んで大騒ぎだ」 

ハンドルを握るユタカが、バックミラー越しに爛々と輝く目を俺に向けてきた。

「左神の豊、お前さんが撒いてきた『お節介』の種は、やっぱり最高にへそ曲がりで、最高に頼もしいな。……だがよ、冴子の奴、今頃捜査本部でどんな顔をしてるだろうな。昔からあいつ、お前さんがマニュアルを無視して暴れるたびに、泣きそうな顔をして怒ってただろ」「……フン、あいつの頭にあるのは、俺を手際よく檻にぶち込んで、稲沢署の刑事課長としてのキャリアに完璧な箔をつけることだけさ。今頃、自分のマニュアルが俺に破られたと思って、青筋を立てて怒り狂ってるに決まってる」 

俺は痛む脇腹を片手で押さえながら、苦い声を絞り出した。俺にとって、桐生冴子はどこまでも冷たく無機質な「氷壁」の女だった。中学の頃から、俺が誰かのために泥水を被るたびに、彼女は「規則を乱すな」とその冷徹な正論で俺を弾劾してきたのだ。

彼女が無線で仕掛けた「ユタカの車を追え」という主語の曖昧な誘導も、俺を確実に追い詰めるための包囲網の一環だと信じ込んでいる俺は、あいつの冷たい手錠が俺の首にかかる前に、この怪物を逃がし切るしかなかった。 

二十三時五十五分。

 タクシーは、周囲に民家の灯りすら途絶えた田んぼの真ん中に、ぽつんと佇む小さな無人駅――名鉄尾西びさい線の【山崎駅】のロードサイドへと滑り込んだ。 単線の線路が、夜霧の立ち込める暗闇の中を、どこまでも真っ直ぐに南北へと伸びている。 

昼間でも一時間に数本、二両編成の黄色いローカル列車が静かに往復するだけの、稲沢の西の最果て。

深夜のこの時間、ここには警察の最新鋭の監視カメラも、神楽坂グループの厳重な防犯センサーも、ただの一片すら届いていない。

これこそが、三条の鉄路の盲点、完璧な「合法的な空白地帯」の正体だった。 

そして俺を追う警察も神楽坂も、先ほどまで「JR愛知機関区の171番コンテナから逃げる」という言葉に完全に踊らされていた。

だが、本当の脱出ポイントは、この西端の寂れた単線ローカル線に用意されていたのだ。 

ゴトゴトゴト……と、激しい雨音の向こうから、ヘッドライトを完全に消した夜間の臨時保線・回送用の私設貨物車両が、まるで闇そのものが滑り込んできたかのように静かにホームへと滑り込んできた。

「左神の旦那、待たせたな!」

 運転席の窓から顔を出したのは、かつて尾西線沿いの土地トラブルを俺の「お節介」で解決してやった、地元のローカル貨物のベテラン機関士の男だった。

「海外へ直行する四日市港行きの臨時便だ。サツの目は東に釘付けだろ? ここなら誰も見てねえよ。早く乗りな!」「レナ。行くぞ」 

俺は車のドアを開け、メンズジャケットの大きなフードを被った少女の手を強く引き、車両の『171番コンテナ』の重厚な鉄扉を開け放った。

コンテナの中には、大須で手に入れた本物の偽造パスポートと、数日分の水、そして彼女が快適に過ごせるための僅かな荷物が積み込まれていた。 

彼女はコンテナの暗いスチールの床へと軽やかに滑り込むと、膝の上でスマホの画面をそっと光らせ、俺の目の前に提示してきた。 

液晶の放つ冷たい青白い光の中に表示されていたのは、第三部の舞台となる、日本の外の巨大なサードプレイス――『スターバックス・上海(リザーブ ロースタリー上海)でのモバイルオーダー完了画面』だった。

「おじさん、すごいや。東のJRも、中央の名鉄本線も、全部おじさんの『人情』と、あの警察の女の人の『お節介』で動かして、サツを完璧に煙に巻いちゃうなんて。

……約束通り、世界で一番大きなスタバで、特製の甘いラテを用意して待ってるね。おじさんの大好きな、苦いブラックコーヒーも一緒に」 

レナ――玲那は、自分の描いた完全犯罪(心中偽装)の完成を確信し、フードの庇の下から、世界で一番甘くて、そして世界で一番残酷な怪物の笑顔を浮かべた。

その瞳の奥には、すべてを灰にし、戸籍を抹殺して「透明人間」となった充実感の火の粉が、冷たく、そして爛々と輝いている。

「……待て、神楽坂の化け物ぉぉぉっ!!」 

鉄扉を閉めようとしたその瞬間、夜霧と激しい雨の壁を暴力的にぶち破り、線路の彼方から、地獄の底から響くような執念の咆哮が操車場に轟き渡った。

 千影ちかげだった。 

妹の監禁コードを玲那に握られ、完全に正気を失いかけた組織の猟犬が、衣服を泥と血で汚した凄惨な形相で、尾西線の暗いホームへと姿を現したのだ。彼の背後には、同じく執念で俺たちのルートを割り出してきた、神楽坂グループの完全武装のプロの掃除屋(SP)たちが、自動小銃の銃口をこちらに向けて殺到してくるのが見えた。 

東(JR)を潰し、中央(本線)を灼いた探偵の最後のトリック。だが、怪物の仕掛けた死の秒針は、この西の最果ての単線の上で、本当の地獄のトリガーを引こうとしていた。

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