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あの日、スタバで消えた君を、俺は今もベンティサイズの孤独の中で待っている  作者: ルツ


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国府宮の裸祭りの亡霊(中央の攪乱)

 東の巨大な鉄の迷宮――JR愛知機関区を背にして、ユタカの個人タクシーは稲沢の激しい雨の中、中央へと進路を切り換えていた。 

ワイパーが叩きつける水滴を乱暴に弾き、フロントガラスの向こうには、かつて美しかった日本の地方都市の、色褪せた夜の輪郭が歪んで流れていく。

「ハハハ! 見ただろ左神! サツも神楽坂のプロどもも、東の空コップを抱えて今頃ずぶ濡れで途方に暮れてるぜ!」 

ハンドルを握るハゲのユタカが、ダッシュボードの傍受機から流れるパニック寸前の警察無線を聞きながら、狂ったように笑った。 

だが、俺の心臓は、長久手での脇腹の傷が痛むたびに冷たく縮み上がっていた。 

東の『愛知機関区』を囮に使った第1のハメ手は、桐生冴子の仕掛けた「ユタカの車を追え」という曖昧な無線命令があって初めて成立した奇跡だ。

しかし、彼女の合法的アシストを、俺は未だに「俺の首に手錠をかけるための冷酷なマニュアル」だと誤解したまま、ただ必死に次のチェス盤へと駒を進めるしかなかった。 

二十三時五十分。 

タクシーは稲沢の中心部、名鉄名古屋本線の【国府宮こうのみや駅】のロータリーへと滑り込んだ。

 尾張大国霊神社、通称『国府宮』の参道へと繋がるこの駅は、毎年冬になれば数千人の裸の男たちが揉み合う熱狂の街だ。

だが、この初夏の豪雨の深夜、駅前は死んだように静まり返り、冷たい街灯の光だけがアスファルトを濡らしていた。

「左神さん、待ってたぜ!」 

駅の暗がりの雨宿りの影から、地元の若い労働者や、カスタムカーを乗り回す若者たち数人が一斉に飛び出してきた。

彼らはかつて、国府宮の裸祭りの警備で悪質な半グレ組織とトラブルになり、店や仲間を潰されかけた際、俺が「お節介」で裏のコネを動かして闇から闇へと葬ってやった恩義を忘れていない連中だった。

「すまない、みんな。……凛、例のやつを」「分かっているよ、おじさん」 

後部座席から降り立った凛は、自分の着ていた地味なマウンテンパーカーを、身代わりとして集まってくれた地元の女子高生の少女の肩へと手際よく羽織らせた。

フードを深く被れば、外見からは凛の姿と全く区別がつかない。

「レナ、お前はこっちだ」 

俺は助手席の玲那の手首を掴み、ナイロンジャケットのフードをさらに深く被らせて、若者たちの集団の真ん中へと隠した。 

その時、駅のロータリーの向こう側から、強烈なハイビームを放つ覆面パトカーと、黒塗りのセダンが数台、急ブレーキの音を響かせて滑り込んできた。

愛知機関区の囮を見破り、あるいは冴子のジャミング無線を突破して追ってきた、警察の別働隊と神楽坂の残党たちだ。

「おい、ホシを見つけたぞ! 名鉄の改札へ向かってる!」 

私服警官たちが色めき立ち、銃口を構えて走り出す。

「野郎ども、探偵さんのために一肌脱ぐぞ! 裸祭りの意地を見せろ!」 

地元の若者たちが一斉に叫び、凛のダミーの少女を中央に抱え込んだまま、発車直前の名鉄名古屋本線の特急電車の改札口へと猛烈な勢いでなだれ込んだ。

「何だ何だ! 営業妨害だぞ!」

「サツが一般人をいじめてる!」 

若者たちがわざとらしく駅員ともみ合い、改札口は大混雑のパニックへと陥る。

警察の私服警官たちと組織のSPたちは、「本命は名鉄本線から名古屋方面への逃走か!」と完全に誤認し、ダミーの少女を追って、閉まりかける特急列車の車両へと一斉に飛び乗っていった。 

さらに、稲沢署の捜査本部では、桐生冴子が部下たちの無線報告を聞きながら、冷徹な仮面の下で小さく唇を噛んでいた。

「……名鉄本線、国府宮駅にも囮が走った模様。全班、容疑者追跡の主力を名古屋方面行きの特急に集中させなさい。繰り返す、ホシは旅客線を使ったわ」

 彼女がわざと不完全な、しかし説得力のある命令を無線に割り込ませたことで、警察の連携は完全に四散し、稲沢の中央エリアまでもが完璧な「空白地帯」へと反転していった。

「おじさん、すごいや。みんな、おじさんのために騙されて、お巡りさんたちを遠くへ連れていっちゃう」

 混沌とする国府宮駅のホームの死角、自動販売機の影で、玲那がスマホの画面を光らせながら、クスリとサイコホラー的な笑みを浮かべた。 

液晶の放つ冷たい青白い光の中に、次のモバイルオーダーの完了通知が不気味に浮かび上がっている。

「でもね、おじさん。あの人たちの優しさ、次の『西の最果て』まで、本当に持つかしら?」 

彼女の瞳には、命がけで囮になってくれた地元の若者たちの善意を、ただの使い捨ての駒として楽しむ、底知れない暗黒が宿っていた。

「……行くぞ。豊、西へ出せ」 

俺は彼女の冷え切った指先を強く掴み直し、国府宮駅の裏手へと待機させていたユタカのタクシーへと再び滑り込んだ。

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