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あの日、スタバで消えた君を、俺は今もベンティサイズの孤独の中で待っている  作者: ルツ


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金山(カナヤマ)のターミナル・トラップ3

十五時ちょうど。

金山総合駅の南口広場に、運命の時刻を告げる駅ビルの時計の針が重なった。 

激しい雨脚がアスファルトを白く煙らせる中、スタバのテラス席から立ち上がった千影が、一切の躊躇なくこちらへと歩を進めてきた。

彼のまとう黒い防水コートのポケットからは、鈍い光を放つ特殊警棒の柄が、今にも飛び出さんばかりに覗いている。その眼孔は狂気とも言える焦燥に染まり、妹の命を握る玲那だけを正確に捉えていた。

「そこまでだ、左神。……そして、神楽坂の化け物」 千影の声は、激しい雨音を切り裂いてクリアに響いた。「大須で提示したセーフティコードの残りを吐き出せ。妹はどこにいる。言わなければ、ここでその童顔の頭を叩き割る」

「お兄さん、せっかちね。スタバのコーヒーは、ゆっくり味わうから美味しいのに」 

俺の隣で、ナイロンジャケットのフードを深く被った玲那が、クスクスと鈴を転がすような声で笑った。

彼女は手にしたスマホのアプリをトントンと叩き、千影に見せつける。

「ほら、金山南口店へのチェックインは完了したわ。……でもね、私を傷つけたら、お妹さんのいる地下室の酸素供給が完全にストップする手筈になってるの。あと五分で、あの子の肺は真っ黒な泥水で満たされるわよ?」

「貴様……っ!!」

 千影が激昂し、懐から特殊警棒を強引に引き抜いた。その刹那、俺は玲那の前に一歩踏み出し、自らの身体を盾にして千影の射線を塞いだ。

「待て、千影! こいつの言うことは嘘じゃない。乗せられたフリをするんだ。マサがホームへの裏道を確保してある。列車に乗せるまでは動くな!」

「どけ、左神! 俺はもうこの化け物のゲームには付き合わん!」 

千影の警棒が、俺の肩口を目がけて凄まじい速度で振り下ろされようとした、まさにその瞬間だった。

「――二人とも、そこまでだよっ!」 

後部から躍り出た凛が、フルコンタクト空手の鋭い踏み込みから、千影の警棒を持つ右手首へ向けて、正確無比な手刀打ちを叩き込んだ。 

パシィィン! と激しい乾いた音が響き、千影の警棒の軌道がわずかに逸れて、コンクリートの床を激しく叩く。「凛!?」「千影さん、頭を冷やして! この悪魔の言う通りに動いたら、お妹さんだって本当に助かるか分からない! おじさんも、いい加減にその約束から目を覚ましてよ!」 

凛が制服のスカートを翻し、千影と俺の間に割って入って拳を構える。

強くない俺の後ろで、我が家の最終兵器が、その圧倒的な武力と真っ直ぐな正義感でこの泥濘の対峙をせき止めていた。 

だが、その三者の膠着をあざ笑うように、助手席から引きずり出されてきたはずの小さな怪物が、スマホの画面を優しくタップした。

「あはは、みんな本当に一生懸命。……じゃあ、金山の『ラスト・オーダー』、通しちゃうね」 

ジリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!! 突如として、金山総合駅の全構内に、鼓膜を激しく震わせる非常火災報知器の大音響が鳴り響いた。 

玲那が事前に駅の基幹防災システムに仕掛けていた遠隔ハッキングプログラムが、この瞬間に完全起動したのだ。

それと同時に、各路線の自動改札機が一斉に緊急開放され、天井の防火シャッターがけたたましい金属音を立てて閉まり始める。

『火災発生! 火災発生! 利用客の皆様は、直ちに避難してください!』 

無機質なアナウンスが響き渡り、平和に乗り換えを待っていた数千人の群衆が、一瞬にしてパニックの渦へと叩き落とされた。

「火事だ!?」「おい、改札が開いてるぞ!」「逃げろ!」 

雨傘を放り出し、我先にと南口の広場へと雪崩れ込んでくる人の波。

その圧倒的な群衆の濁流が、俺たち四人の距離を強引に引き裂いていく。

「何だ何だ! 警察だ、道をあけろ!」 構内に潜伏していた私服警官たちも、この未曾有の大混乱に巻き込まれ、波に揉まれる木の葉のように身動きが取れなくなっていた。

さらに、事前に俺が連絡を通していた駅前の豊のタクシー仲間たちが、わざとロータリーの真ん中でクラクションを鳴らし鳴らししてパニックを煽り、警察の連携を完全に麻痺させる。

「おじさん、こっち! マサさんの搬入口はこっちだよ!」 

人混みの隙間を縫って、凛が俺の手を強く引っ張った。 俺はもう片方の手で、玲那の細い手首を壊れるほどの力で掴み、駅事務室の裏手へと続く暗い非常扉へと滑り込んだ。

背後からは、群衆の壁に阻まれながらも、狂ったような目で俺たちを追いかけてくる千影の黒いコートが、一瞬だけ見えた。 

バタン、と重い鉄扉が閉まり、駅の喧騒が遠ざかる。 暗い搬入路の奥、名鉄線のホームへと続く階段の手前で、玲那は息を切らしながらも、フードの庇の下から最高に愉しげな大人の笑みを俺に向けた。

「おじさん、さすがだね。……さあ、名鉄の赤い特急に乗せてよ。次は、世界で一番大きなサードプレイスが、私たちを待っているんだから」 

ハッキングされた金山駅の喧騒の向こうで、常滑線へと続く線路の音が、ゴトゴトと不気味に響いていた。

 俺は偽造パスポートの重みをポケットに感じながら、この怪物を連れて、第二部の最終決戦の地であり、世紀の境界線となる『稲沢の操車場』へと、さらに深く潜っていく覚悟を決めた。

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